第十六章 エネルギー革命
フロードの視界は、破壊されたシャイニングから、拠点のオフィスに切り替わった。辺りを見回しても誰もいない。
「誰もいないぞ」フロードが心配そうに声を出した。
「パドックは屋上です。グリーンは……」
後ろから声がした。メントスだ。破壊されたガラス張りの壁の向こうから、こちらを見ている。ガラス張りの壁はほとんど破壊されいて、通り抜けられるのに、メントスはわざわざ扉を開けて入ってきた。
「グリーンは……」
「トイレでした」そう言いながら、トイレからグリーンが出てきた。トイレの水が流れる音が聞こえる。
グリーンは少し不満そうな顔で「トイレで勝利報告聞いちゃったよ」と言い、その顔のままキッチンに向かった。
「なんだぁ? 俺たちがシャイニングと戦ってる時に、グリーンも強敵と戦っていたってわけか?」ティムがからかう。
「一週間に渡る長期戦だったんだから!」キッチンからグリーンが声を上げた。
フロードはグリーンの変貌に驚いた。自分には丁寧な話し方をしていたのに、ティムに対しては、ふつうに下ネタを返している。こいつら、いつもこんな感じなのかと思い、頭を抱えた。
ふと、メントスの方を見ると、彼は肩をすくめて両手を広げ、フロードに笑顔を向けた。なるほど、いつもこんな感じなんだな。
すると玄関が開く音が響いた。パドックが帰ってきたのだ。笑顔で両腕を広げ、のそのそとフロードに近づき、抱きついた。
「フロードさん! あんた最高だぁ!」背中をポンポン叩きながら言う。
「いや、俺だけじゃない……」フロードは、自分より大きな人間に抱きつかれるのは初めてだった。
「俺もな!」ティムが割り込む。
グリーンがキッチンからシャンパンを持ってきた。両手に一本ずつ持ち、フロード達を見てニヤニヤしている。
「本当は2人が帰ってきた時に、驚かそうと思って用意してたんだけど。姉貴のやつ、フロードさんに先に伝えちゃうんだから……」
「すまんな。わけあって通信中だったんだ」フロードは悪気なく答えた。
どうやらグリーン達は、フロード達が帰ってきた瞬間に、シャンパンを射出するつもりだったらしい。グリーンはどうしようかと、シャンパンをぶらぶらさせている。
「帰ってみんなで飲むのがいいんじゃないか? みんなで戦ったんだからな。特にホワイトは死ぬほど心配してたぞ」
フロードがそう言うと、グリーンはバツが悪そうに苦笑いをした。
「本当……姉さんは心配性で……。怪我はないかだの、死ぬとこだっただの……。トイレで受け答えするこちらの身にもなれって話ですよ。踏ん張りがきかないから、切ってやりましたけどね」
グリーンはそう言いながらも、少し嬉しそうな顔をしていた。フロードに対しては丁寧な言葉を使い続けるつもりらしい。
「まあ、でも。みんなで飲むのは賛成です。まだいっぱいありますから。10本ぐらい」
「十本?」
フロードは耳を疑った。シャンパンは一本いくらなのだろう? かなり高そうに見えるが……。
「そうと決まったらみんな、冷蔵庫のシャンパン持って帰るよ」グリーンが声をあげた。
全員がシャンパンのあるキッチンに向かった。しかし、フロードはグリーンからシャンパンの片方を受け取ったので、キッチンに行く手間が省けた。
メントスは両手にシャンパンを持ち、ティムは使える腕に一本、パドックは片手に二本持って、計四本持っていた。
シャンパンを持った5人は仲良く笑いながら、ウォークインクローゼットに入っていった。フロードは最後尾からそれを見て、よく考えたら異様な光景だと思った。
グリーンが鏡に魔法をかけ、セカイトメントへの扉を開いた。自分たちを映していた鏡が、教会を映す。
ホワイト、トニー、ヒゲ、アーノルド、カイルがこちらを見た。カホとメリルが遅れて振り返った。
地球側の5人が次々と鏡に向かって歩きだす。誇り高い瞬間だ。最初に行ったのはグリーンだ。鏡を超えた瞬間シャンパンを開け、ホワイトを驚かせた。いや、全員驚いていた。カイルとアーノルドなんて、一瞬身構えたくらいだ。
ホワイトに抱きつかれたグリーン。その後にパドックが続き、彼はトニーやヒゲに、シャンパンを分けた。重かったのだろう。
次にメントスだ。「ではお先に」とフロードとティムに頭を下げ、鏡へ入っていった。律義な男である。彼は、シャンパンを椅子に置き、そこにいる全員に挨拶をしていた。本当に律義だ。
「お前と奥さんが抱き合った瞬間にシャンパン開けてやるよ」ティムはにやけている
「片腕でか? 腕、ホワイトに治してもらえ」
「片手でも開けられるが……じゃあ、俺が治してもらうまで待ってくれるか?」
「そりゃごめんだ」
フロードは言いながら、ティムの背中を押した。ティムは笑いながら鏡を通り抜けた。
ティムが、鏡の向こうから手招きしている。その後ろで、カホがフロードを見つめていた。娘の肩に手を置き、大事そうに身を寄せている。フロードもカホから目を離す事なく鏡を通り抜けた。
教会の床を踏む。木製の床が足音を響かせる。シャンパンを開ける音が響いた。ヒゲがパドックにシャンパンを注いでもらっている。さっきまでコーラが入っていた紙コップだ。
ティムはホワイトに、折れた腕を指差しながら話しかけている。トニーはメントスに渡されたシャンパンの銘柄を確認し、驚いた。
カホがメリルを連れ、笑顔で歩いてくる。2人が石にされてから、一週間も経っていない事が信じられない。かなり長く感じた。やっと終わったのだ。フロードは両手を広げ、それを迎え入れようとした。
その時、大きな音を立て、教会の扉が開いた。全員がそれに注目した。セカイトメントは夜中のはずなのに、扉の向こうから光が溢れだした。その光の中から、人間らしきものが姿を現した。その人間は、全身が輝いており、光が人型を形作っていた。その人型は、光を増し、直接見ることができないほど輝きだした。
フロードはカホから視線を光に移した。しかし、目が潰れそうなほど眩しく、何も見えない。腕で光をさえぎろうとすると、一瞬ティムの顔が見え、フロードは後ろにつき飛ばされた。
フロードは背中から床に倒れ、すぐに上半身だけを起こし、周りを見渡した。ここはウォークインクローゼットの中だ。床に倒れた自分が鏡に映っている。
「あれは……」シャイニングだ。と直感した。
何故だ。シャイニングは本体を破壊した筈。セカイトメントに現れるわけがない。
フロードは鏡に手を当て、セカイトメントに行けないか試した。もちろん行けず、フロードの手の跡がつくだけだ。ゲートキーパーのグリーンに何かあったのだろう。いや、教会にいる全員が危険にさらされている。なんとかして、セカイトメントに行かなくては。ほかの拠点に行くか? しかし、ほかの拠点は行ったことが無いため、テレポートが使えず、交通機関に頼らなくてはならない。時間がかかる。
フロードはとりあえず、連絡手段を確保しようと、スマホを探すことにした。拠点には必ず、予備のスマホが置いてある筈だ。ウォークインクローゼットを抜け、部屋を歩きだした。すると、何処からかスマホが鳴る音が聞こえる。その音の鳴る方へ、フロードは歩きだした。
スマホがあったのは、玄関の前の靴箱だった。靴箱の中に黒いプラスチックケースがあり、その中にスマホの予備がいくつかあった。地球での契約はしていないため、地球でいうところの普通の使い方はできない物だ。しかし、改良されているので、魔法が使える者との通話は可能だ。
フロードは音を出しているスマホを手に取った。ビデオ通話の相手はホワイトだ。ホワイトは無事だったのかと、ひとまず安堵し、フロードは通話ボタンを押した。
「やあ、君はフロード君だね?」
スマホの画面に映ったのはホワイトではなかった。映っているのは、教会に現れた全身が光で形成された人型だった。今は光が抑えられ、顔の形が分かる。その顔は金属のマネキンのようで、口は無く、目だけが青白く輝き、瞳は見えなかった。
「ホワイトと言ったかな? 彼女のスマートフォンを借りて話しているんだ」
「お前、何者だ。ホワイトに何をした⁈」フロードの心臓が高鳴った。
「話すより、見せた方が早いだろう」
そう言い、人型はスマホのカメラで周辺を映した。フロードのスマホに映されたのは、石にされた仲間たちだった。さっきまで教会にいた面々は、1人残らず石にされていた。
フロードの心臓は胸を突き破りそうなほど暴れ出した。
「お前、まさか……」
「ああ、君たちがシャイニングと呼んでいた者だ。私が完成品だがね」シャイニングの口調に感情はない。
「完成品だと?」
「そう、君たちが破壊したものはプロトタイプだ。いわゆる試作品だ」
「試作品?」
「そうだ。君たちを襲っていたのは、試作品だ。最初にセカイトメントに具現化したのも彼だ。私はセカイトメントに具現化した時、彼と記録の共有をしあった。進化するたび、魔法を覚えるたび、心を共有しあったのだ。つまり、彼と同じ魔法を使えるし、目的も同じだ。わかっていただけるかな?」
「何を分かれと言うんだ!」
「おっと、試作品の話は最後まで聞かなかったのだったな。私の存在理由は人類を幸せにする事だ。その人類に君たちは含まれていない」
「俺たちを皆殺しにして地球人の心を満たすって事か⁈」
フロードの心臓は怒りに震え、シャイニングを殴り殺そうと暴れている。しかし、脳は、心臓とは別に、冷静になっていった。
「そこまでは聞いたようだな。しかし、そのあとは聞いていないようだ。どうせ話しても止める事は不可能なのだから教えてやろう。私たちの求めるものはエネルギーだ」
「エネルギー?」
フロードは、シャイニングの話が今回も時間稼ぎの可能性を感じた。電話をしながら、シャイニングには見えないように、予備のスマホを取り出した。そして、メリにラインを一言「絶対に喋るな」と送った。
セカイトメントは夜中である。しかし、メリは夜更かしをしていたお陰で、フロードのラインに気づくことが出来た。
宿舎のベッドに寝っ転がりながら漫画を読んでいたメリは、漫画を片手に、フロードのラインを訝しげに見つめた。「どう言う事?」と独り言を言うと、フロードから着信があった。
「絶対に喋るなって、言ってたのに……」電話かよ、とメリは思った。
メリは通話ボタンを押し、とりあえずは黙ってスマホを耳に当てた。そこに聞きなれない声が聞こえてきた。「私たちが求めるものはエネルギーだ」その声に不信感を抱き、メリは黙っていることを決めた。
「エネルギー?」フロードの声も聞こえた。
メリは、フロードがこの会話を自分に聞かせたいのだと理解した。それも、相手には内緒で。
「私はセカイトメントの人間を心を使い、機械を操ってみせたな?」
「ああ、簡単に破壊できたけどな」フロードの声はいつものボヤけた声(メリの個人的な感想)では無く、聞くだけで殺されそうなほど威圧感があった。
「あの実験で私は確信した。セカイトメント人の心は、大気汚染も無く、放射能汚染の心配もない、優秀なエネルギー源だと言うことが証明されたのだ」
「なんだと⁈ お前ら、俺たちを……俺たちの心は資源じゃない」
「いや、資源だ。私はお前たちを管理できる。数が減ったら繁殖させ、増やすこともできる。鶏と同じだ。君たちには家畜になってもらう」
「そんなこと許すと思うか?」
「許さなくて結構だ。許そうが許すまいが、これは実行される。誰にも止めることはできない」
メリは通話を聴きながら、パジャマの上にコートを羽織い、宿舎を出た。
宿舎は警察署の敷地にあり、レンガと漆喰の三回建てで、その一階がメリの部屋だ。そこから勢いよく扉を開け、メリは走り出した。向かうは警察署。走れば3分もかからない。
メリは走りながらフロードの会話を聞いていた。
「誰にも止められないだと? お前1人ぐらい俺に殺せないと思うか?」
「思うね。勘違いしているようだから言うが、試作品のシャイニングは地球人へのダメージを考慮して、手加減していた。もちろん私は手加減しない。
そして、私は機械だ。不便な人間とは違い、頭脳の半分を眠らせ、半分を覚醒しておくことができる。セカイトメントと地球、両方に同時に存在できる。
つまり、地球にいるお前、セカイトメント人、両方一度に対処できるのだ。私の障害になりそうなものは全て破壊させてもらう」
「なんだと⁈」
「今、セカイトメントに具現化してる地球人は1000人以上いる。その全てを操れるのはだれかわかっているな?」
フロードはシャイニングがやろうとしていることが予想できた。だからこそ、恐ろしさと怒りが込み上げてきた。
「安心しろ、標的は戦闘員だけだ。残りのセカイトメント人には石になってもらい、君を殺すためのエネルギーに使わせてもらう。」
シャイニングはそう言うと、笑顔をみせた。いや、表情はない。そんな気がしたのだ。
フロードは通信が切れたスマホを見つめながら、ある事に気付いた。
ヘリコプターの音がする。まずい!
フロードは身体強化の魔法をかけ、走り出した。ガラス張りの壁の外に攻撃ヘリが待ち構えている。ヘリが機関銃を撃ってきた。フロードは機関銃を躱しながらヘリに向かい、ベランダの手すりを踏み台にして、ヘリのフロントガラスを突き破り、操縦席に突っ込んだ。
ヘリは無人だった。フロードはそのヘリを操り、着地しようかと思ったが、見回すと、他にも数え切れないほどヘリがいて、フロードの乗ったヘリに照準を合わせていた。
「くそ!」
フロードはヘリから、近くのビルに向かってジャンプした。ガラスを破り、ビルの中に入る。飛び散ったガラスの破片がフロードの服や肌に食い込んだ。
周りでは、仕事中の会社員が、驚いてフロードに注目している。電話を取り、警察に連絡しようとしているものもいる。
フロードは構わず走り続ける。割れたガラスの向こう側で、ヘリがロケットランチャーを発射した。ロケットランチャーがビルのガラスを突き破り、フロードの背広をかすめ、柱に直撃した。その爆風をもろにくらい、フロードは部屋の壁に叩きつけられた。男女入り混じった叫び声が上がり、ジリリリリという警報が鳴った。
周辺の地球人にも被害が出ているのにも関わらず、銃撃やロケット弾は降り注いだ。その場にいた地球人は、銃弾や爆風をくらい、肉片をまき散らした。
ヘリはビルに向かって、ありったけの兵器を撃ちまくった。柱はえぐれ、ガラスは飛び散り、ビルはジェンガのようにその土台を減らしていった。
しばらくすると、ビル全体が大きな唸り声を上げ、地面に沈んでいった。辺りはビル倒壊の粉塵が広がり、何も見えなくなった。




