第十五章 迎撃
10分前。ティムがホワイトとの通話を終わらせた後。
教会では、石にされた人達の頭上に、映像が映し出されていた。ホワイトとトニーはそれを見上げた。後ろでカイル、アーノルド、ヒゲも、遠巻きに見ている。
「この風景は……アメリカです。機体はヘリコプターですね。となりに汎用ヘリが見えるから、これも汎用ヘリかな……」トニーが言った。ホワイトは機体名など頭に入ってなかった。
映像は、操縦席からの視点で、舗装された真っ平らな地平がどこまでも続き、遠くに高いビルが、うっすらと見える。ヘリが浮かび上がり、向きを変えた。遠くに兵士たちが兵舎の周りをランニングしているのが見える。ここは基地のようだ。兵士たちの何人かがヘリに気づき、不思議そうな顔で見つめていた。指をさして、何か言っている兵もいる。
ヘリの視点から、となりのヘリも起動しているのが見て取れた。
「どこに向かっているんですかね?」
「シャイニングが自分の居場所を攻撃させるとは思えません。多分ティムの拠点でしょう。連絡をします」
ホワイトはそう言い、スマホでグリーンに連絡をした。
グリーン達のいる拠点のテレビが、ホワイトの顔に切り替わった。グリーンはまたかと半ばうんざりしたが、その内容には緊急性があり、しょうがないと納得した。
「皆さん、アメリカ軍の基地から、取り憑かれたヘリが飛び立ちました。そちらの拠点を襲う可能性が高いです。迎撃と、万が一のための逃走の準備をお願いします」
それを聞いた途端、全員が「了解」と言い。パドックはコーラをテーブルに置き、ソファーから立ち上がった。メントスはコーヒーを置き、グリーンはウォークインクローゼットの鏡へと向かった。
「俺は屋上で敵を迎え撃つ」パドックはそう言い、ポールハンガーから上着を取って、部屋を出て行った。
「はい、では、私はこちらを見張ります」メントスは、一面ガラス張りの壁から、ベランダへ出た。
グリーンはセカイトメントへつながる扉を開いた後、メントスとは反対側の部屋へと向かった。こちらは一面ガラス張りではないが、ベッドルームにテラス戸があり、ホワイトはそこからベランダへ出た。ベランダはビルを囲むように作られていて、メントスのいる場所と繋がっている。
教会では、さらに操られる人が増えていた。教会の壁側の球体に、映像が映し出されている。トニーはそれを見て、嫌な予感がし、歩み寄った。
その球体の映像を見たトニーは、嫌な予感が当たってしまった事を理解した。その映像は、戦闘機の操縦席視点の映像だった。パイロットが慌てているのが見て取れる。多分訓練飛行中だったのだろう。
戦闘機に付いているミサイルは、人間が視認できるはるか遠くから撃つことが出来、スピードはマッハ三近い。
つまり、戦闘機は魔法使いには視認できないところから攻撃できる。しかもその攻撃は目で捉えられるようなスピードではない。トニーは、拠点からの退却を、ホワイトに進言することにした。
ちょうどホワイトも、トニーの後ろに来て、戦闘機に取り憑かせられている人を確認しているようだ。
「ホワイトさん、この機体なんですけど……」
「カホさん……」ホワイトは映像の主を見つめ、呟いた。
トニーはそこで初めて、映像の主を見た。フロードの妻だった。
「トニー、カホさんが取り憑いている機体はなんですか?」
ホワイトの表情は少し明るかった。戦闘機を破壊すれば、カホの心は解放され、石から元にもどれる。あとは今までのように、戦闘機を破壊すれば良いだけだ。簡単な仕事だと思っている顔だ。
トニーはその感情を読み取り、ホワイトの期待を裏切るようで言いにくかった。
「ホワイトさん、カホさんが取り憑いている機体は、戦闘機です。俺たち魔法使いの射程距離のはるか遠くから攻撃できる機体です。多分、シャイニングがよほど馬鹿じゃない限り、俺たちの射程距離には入らないでしょう」
ホワイトの顔がみるみるうちに曇っていった。
「え? 射程距離? パドックとメントスは位置さえ分かれば、かなりの距離でも誘導弾で当てられますよ。それでもダメなんですか?」
「戦闘機にはミサイルというものがあって、その射程距離は……ものにもよりますが、少なくとも一〇キロメートルは超えます。それに、ミサイルは撃ち落とせるスピードじゃありません……」
「あ……」ホワイトは空いた口が塞がらなかった。一〇キロメートルという射程距離は、想定外だったのだ。
ホワイトは急いで、拠点の全員のスマホに連絡を取った。
拠点の三人はベランダと屋上から周りを見渡しながら、スマホから聞こえてくるホワイトの声を聞いた。
「三人とも、そこから離れて下さい。いえ、もうセカイトメントに帰ってきて下さい! 敵ははるか遠くから、あなたたちを狙えるんです。危険すぎます!」
「またぁ?」グリーンはため息をついた。
「安心して下さいよ。俺はどんな敵も見逃したことが無い!」パドックはわらいとばした。
「……気をひきしめます」メントスはホワイトの忠告を形だけ受け止めた。
みんな、敵を舐めていた。地球人を殺すのが簡単すぎる事に理由があるのだろうが、グリーンに至っては、ホワイトの忠告を聞きたく無いという感情が先に出ているようだった。
「あなたたちが優秀なのはわかってます! でも今回だけは帰ってきて下さい!」
ホワイトがスマホに向かって叫ぶ。
「戦闘に集中したいんで」パドックはそう言い、通信を切った。
「大丈夫ですよ。ここは高いビルに囲まれていますから、近づかざるを得ないはずです。必ず私たちの射程に入ります」メントスはスマホに映るホワイトに向けて礼をし、通信を切った。
グリーンは「大丈夫だから、心の居場所送ってよ」と言って通信を切った。
ホワイトは恐怖に引きつった顔で、助けを求めるようにトニーを見た。
「こ、これって……まずいですかね……」
「メントスさんが言っていたように、ミサイルが使いにくい地形なのは確かです。しかし、シャイニングが“アレ”に気づいたら……」
「あれ?」
トニーは、シャイニングが“アレ”に気づかない事を願い、球体に映る映像を見上げた。
ホワイトは観念して、拠点の三人のスマホに、操られている人の心の場所を送る事にした。スマホに手をかざし、ゆらゆらと動かす。すると、拠点に居る三人のスマホに、地図が映し出され、その地図に赤い点滅が三つ映し出された。
赤い点滅が、心が取り憑いている機体の場所だ。地球人の居場所を発見する魔法と全く同じ原理で、心の波長を見つけ出す魔法である。
バイブレーションがなり、スマホを取り出したパドックは、映し出されたレーダーを見ながら、ニヤリと笑い「どっからでも来やがれ」とあたりを見渡した。
屋上からの視界は悪くなく、近くには拠点より小さいビルばかりだ。目の前にビルの壁がそびえ立つような事は無い。しかし少し離れると、拠点より高いビルがある。高いビル群の隙間から、少しだけ海が見え、太陽はほぼ真上だ。
パドックはビル群の間に目をやった。レーダーによると、その方向からヘリコプターが来る筈だ。
ビルの隙間に黒い点が見えた。そう思った瞬間、何かが迫って来るのが見えた。
「まずい!」パドックは反射的に光弾を2発発射した。一つ目の光弾は100メートルほど飛んだところで、炸裂し、霧状に膜を張った、ヘリから撃ち出されたロケット弾は、その霧に突っ込み、爆発した。付近のビルのガラスが衝撃で割れる。もう一つの光弾は高速でヘリを追尾し、直撃した。ヘリが旋回し、落ちていくのが見えた。
「へへ、どうだ」パドックは得意げに鼻を鳴らした。
レーダーにはかなり近くにヘリが迫っていた。パドックからは視認できないほどの低空飛行だ。メントスはベランダを移動し、レーダーが反応する真正面へ歩いた。
突如、となりのビルの陰から、へりが現れ、銃撃をしてきた。光弾を連撃するメントスの横で、拠点のガラスが次々に破壊され、その破壊がメントスに向かって来る。しかし、銃撃はメントスに届く事一歩手前で止まった。メントスの光弾により、ヘリが破壊されたのだ。
ヘリは旋回しながらとなりのビルに突っ込み、そのビルを転がり、破壊しながら落ちていった。
メントスは、となりのビルに「申し訳ない」と一言言い、周りへの警戒を再開した。
グリーンはレーダーを確認した。ビルの陰にヘリがいると予想し、空に向かって光弾を発射した。光弾は、ビルを飛び越え、急降下し、ビルの陰にいたヘリに直撃した。ビルの向こう側から顔を出したヘリは、道路に墜落した。車が急ブレーキをかけ、次々に追突事故を起こしているのが遠くに見える。
グリーンはレーダーを確認し、敵が後一台だと確認した。
「楽勝じゃん」グリーンはそう言い。周りへの警戒を続けた。ヘリが墜落したせいで、人々の喧騒が聞こえてきた。車のクラクション音が耳につく。
教会では、トニーの嫌な予感が的中していた。戦闘機は猛スピードで上昇し、高度を上げ、雲の上まで来ていた。
「まずい、真上から攻撃する気だ」トニーはカホの頭上に映る映像を見て、推測を立てた。
拠点の位置からして、人間に視認できない距離からミサイルを撃つには、上空から撃つのがいちばんだ。しかも、太陽を背にする事が出来る。
「トニー。これは、迎撃できるんですか?」
「こ、こちらからの攻撃は100%届きません。さっきみたいにミサイルを撃ち墜とそうにも、多分シャイニングは太陽を背にします。しかも、ミサイルは連発出来ます。む、難しいと言わざるをえません。逃げた方がいい!」トニーは緊張に言葉を詰まらせながら言った。
ホワイトは再度、拠点に連絡を取った。
「敵ははるか上空です。撃ち落せません! 早く帰ってきて下さい!」
拠点の三人のスマホからホワイトの声が響く。
「上空? 上からか。よーし……」パドックは両手首をぐるぐる回し、空を見上げる。太陽の眩しさに、顔をしかめた。
「早く帰って来てください! その敵は撃ち落せません。あなたたちの射程には入ってこないんです!」ホワイトの叫びが三人のスマホから響く。
グリーンは「スマホ、部屋に置いてくればよかった」と呟き、ベランダから身を乗り出し、空を見上げた。しかし、ビルに遮られ、ほとんど見えない。あとはパドックに任せ、自分は部屋に戻り、パドックの勝利報告を待つことにした。
メントスのいるベランダからは、太陽が見えた。メントスは興味本位で空を見上げ、スマホを取り出した。
「パドック、敵は太陽を背にする気のようです」メントスがスマホに向かって言う。
「わかってるって、神経研ぎ澄ましてるから大丈夫だ」パドックは自信満々にそう言い、空を見上げ続ける。
戦闘機は急降下を始めた。エンジンの出力に重力を加え、速度は上がっていく。
トニーはそれをカホの心の映像から見ていた。
「まずい、戦闘機のスピードをミサイルのスピードに加える気だ。あれじゃ撃墜できても、パドックは破片でやられる可能性が……」トニーはホワイトになんとかしてくれと言う顔を向けた。
ホワイトは、ハッと思い出した。フロードたちはシャイニングに接近しているはずだ。急いでシャイニングを殺してもらわなくては。
ホワイトがティムのスマホに連絡を取ろうとしていると、カイルが歩み寄って来た。スマホに目を向けるホワイトの横で、カイルは石にされたカホに向かって、手をかざした。
「この人を殺せば、戦闘機は無力化するはずですよね?」カイルは、当然と言う顔でホワイトを見た。拠点に居る三人を救うには、確かに有効な手段だ。
ホワイトはカイルの腕に飛びつき、「ダメです!」と叫んだ。カイルの腕を壁の方向に向け、「これは最後の手段です! まだ手はあります!」
カイルはホワイトの必死すぎる形相に押され、腕を下げた。
ホワイトは、泣きそうだし、怒っているし、慌てているし、感情が制御できていない事が明白だった。ティムがスマホに出ると、
「ティム! 拠点が襲われています! シャイニングはまだ殺せないんですか⁈」と、叫びとともに声を荒げた。
カブリルアイの地下、シャイニングの目の前。シャイニングが時間稼ぎをしていると気づいた直後だった。ホワイトの叫びはフロードにも聞こえていた。
ティムは「わかった。すぐ破壊する!」と言い、シャイニングに手をかざした。
「話し合いなんてするべきじゃなかったな」フロードはそう言い、シャイニングに向けて光弾を発射した。
2人の光弾の連撃は、シャイニングの柱を確実にえぐり取っていった。柱が砕け、中にある基盤や配線がむき出しになり、弾け飛んでいく。
2人の光弾を受けながら、シャイニングは笑った。
「残念です。なるべく戦力を減らしておきたかったんですが……」
「ウルセェ! とっとと死ね!」ティムはとびきり大きい光弾を発射した。
その光弾は柱を突き抜け、向こう側の壁へと到達した。壁が破壊され、地中の土壁が顔を出した。破壊された柱は、断面から配線がぶら下がり、所々火花が散っている。シャイニングを映していたモニターは暗転した。
「ティム、心の波長は?」
「消えた。シャイニングは死んだ!」ティムはシャイニングの破片を蹴飛ばし、吐き捨てた。「胸糞悪いやつだったぜ」
ホワイトはカホを確認した。石化が解けている。カホは娘を抱きしめた状態でホワイトを見上げていた。なにが起こっているのか分からず、唖然とした表情だ。ホワイトは全身の力が抜け、膝から崩れ落ちた。安堵のため息をつき、
「よかった。石化は解除されました」と言った。その声は、ティムとフロードにも届いていた。
フロードとティムは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。そして歩み寄り、ハイタッチをかました。
「よし、任務完了だな」
ティムがはそう言い、勢いよくフロードの首に腕を回してきた。キスしそうなくらい顔が近い。その手に持ったスマホを、フロードの目の前に出す。「奥さんに挨拶しろよ」
フロードは苦笑いをし、スマホの画面を見た。スマホにはまだホワイトが映っている。ホワイトは、涙を浮かべながら笑っている。
拠点のはるか上空では、操縦権を取り戻したパイロットが、急降下をやめ、自分の基地へと方向転換した。ミサイルのロックオンを解除し、ため息をついた。パイロットが安心するのは着陸してからだろう。彼にとっては、わけのわからないただのとばっちりだ。本当に緊張しただろう。
「ああ、フロード。カホさんが石化から元に戻りましたよ」ホワイトはそう言い、カホにスマホを渡した。
フロードはティムのスマホを見ながら、気恥ずかしそうに笑った。妻と仲がいいのは知られているが、人前でそれをさらけ出すのはいささか抵抗があった。フロードは出来るだけクールに振る舞おうと、スマホに映るカホに話しかけた。
「カホ、問題ないか?」
「問題ないかと言われても、なにがなんだか……」わからないだろう、そりゃそうだ。
「詳しい話はホワイトから聞いてくれ、すぐ帰るから」
フロードは、溢れ出る笑みを抑えていた。ティムが横でニヤニヤしている。
「パパー? 早く帰って来てー」
不意打ちに、娘が画面に割り込んできた。これには流石にフロードも笑みをこらえきれなかった。
「ふふ、すぐ帰るよ」フロードの顔は緩み切った。
ティムはそれを見て吹き出した。フロードはティムの脇腹を小突き、それによってティムはさらに笑い出した。
「折れた腕より、腹がいてぇ」フロードの小突きが痛いわけではない。笑いすぎで腹がよじれたのである。
画面はまたホワイトに変わった。化粧がひどいことになっている。涙を拭ったせいだろう。
「フロード、ティム……帰ってきてください。もうこっちは夜中ですが、署員を叩き起こして祝勝会でもしましょう。なにせ、もう地球人に怯えることはないのですから」
フロードもティムも、自分の感情にとらわれ、忘れていた。シャイニングを倒すという事は、地球人がセカイトメントを襲わなくなる。つまり、セカイトメントに平和をもたらすという事なのだ。まさに、歴史に残る偉業だ。
「おっと、俺たち帰ったら英雄じゃね? いいねぇ!」
「あまり目立ちたくは無いがな」フロードは本心だ。
「ティムの拠点にも伝えておきますね。みんな臨戦態勢のままですから」ホワイトはそういうと、通信を切った。
ティムはフロードの肩に手を回したまま、
「よし、テレポートするぞ」と宣言し、実行した。




