第9話 誕生日会 ~前編~
(……えーっと。これはアパートとは言わないわね。)
目の前の建物を見上げて、感嘆のため息しか出ない。
(私の誕生日は誰にも祝ってもらわなくていい……)
そんなことすら考えてしまう圧倒的なセキュリティー。
テレビドラマで出てきそうな――建物のエントランスホール(決して出入り口じゃない)で部屋へインターホンがつながるやつだ。
(良いとこの娘が、住むとこだ。)
ハンマーでぶん殴られたような衝撃に眩暈がする。
そんな衝撃の中にいる私をよそに、何気ない動作でキーを操作する佳奈。
水咲さんも意外だったようで「へぇー」とか「おっ」とか言ってる。
「ここに一人暮らし?」
「はい。そうですよ。」
水咲さんの半ば意を決したような質問にも、ですけど?と返している佳奈。
「結構するでしょ?家賃。」
パスコードを入力し終わると、開いた扉へ『どうぞ』と促しながら佳奈が、水咲さんの質問に答える。
「大体、月15~20万ほどで貸してるみたいです。」
佳奈の脇をすり抜けながら水咲さんが肩をすくめる。
私はその後を黙って付いて行く。
三人はエレベーターに乗り、佳奈が押した行き先階は“5F”。
それ以上の階を示すボタンがないということは、それが最上階と言うこと?
三人は特に会話も交わさず、黙って変わっていくデジタル表示を見つめていた。
(静かだ……)私の純粋な感想。
エレベーターはゆっくりと停止すると、小さく到着を知らせる音が鳴ってから静かにドアが開く。
「こちらです。どうぞ。」
エレベーターを降りると佳奈は自然と左に曲がって一つしかない扉に向かう。
私は二人に付いて行きながら、ふと後ろを振り返ると、そこにも扉が一つある以外ほかはない。
(すごい。)
佳奈はカバンから携帯を取り出し、扉にかざすように差し出すと、どこかでピッと言う音が鳴ってガチャリと解錠音が聞こえる。
そのままドアを開けると戸を押さえながら「中へどうぞ」と二人を招き入れる。
言われるまま中に入った二人は、照明が自動で立ち上がるのも目にし、何かを探るように壁に手を沿わしていた水咲さんは思わず手を引っ込める。
「そこらのソファにでも腰掛けてもらって、ゆっくりしていてください。」
私達の顔は知らない間に強張っていたのかもしれない。
佳奈は満面の笑みで続ける。
「早速ですが何か飲みますか?」
「何があるの?」
驚きからか、のどの渇きを覚えていた私は、とりあえず聞いてみる。
「そうねぇ。」
佳奈は冷蔵庫を開けながら、中身を確認すると、
「ちょっと早いけど、もうあける?」
その声に反応したのは水咲さん。
「いいね。ビール?リキュール?」
それを聞いて私は慌てて、首を振る。
「いえ、今はソフトドリンクで」
「なら、アップルとりんごがあるけど?」
にっこり笑いながら、そう答える佳奈だけど、私はちゃんと聞いてたぞ。
「じゃあ、グレープで」
「あ、じゃあ、私もそれで――」
水咲さんも、結局一杯目はソフトドリンクで納得してくれた様子。
「うん。了解。」
佳奈はそう言って冷蔵庫から瓶を取り出す。パッケージから見て、どう見てもりんご。つまりアップル。
(どうして、それしかなかったって言えないかな?)
ちょっと微笑ましく思いながら、上着を脱いで雑にソファに掛けると、その傍に腰掛ける。
「うわっ、ふっか」
想像以上に沈んでゆくお尻、浮かぶ足。思わず声がでる。
それを見ていた水咲さんはフフッと笑うと、ゆっくりと慎重に腰掛けた上で、私の方へ 『どやっ。』と言葉にせずに笑った目を向け、
「美羽さん。おしとやかにね」って
『はい。』とは答えたけど、絶対私の失敗を見ての学習でしょ?
しばらくすると佳奈が飲み物を持ってくる。
「はい。美羽にはグレープだっけ?どうぞ」
「ありがとう。」
って、どう見てもりんごだよね。これ。
私に笑みを見せてから水咲ささんへと向き直ると、
「はい。美羽と同じで。」
と、テーブルに置くと、残ったグラスを持って、空いたところへと腰掛けた。
「今日は、わざわざお越し下さって、ありがとうございます。」
と丁寧に挨拶をした。
「しかし、外観より中の方がすごいね。それでここ最上階でしょ?」
水咲さんは聞きたくてうずうずしていたのか、さっそく質問を始める。
「はい、そして向かいは家族スペースで私の両親が住んでいます。」
「「え~っ!」」
「……ひょっとして、ここって所有物件?」
私が思ったことを聞くと、水咲さんも『どうなの?』って様子で身を乗り出して。
「はい。両親の、ですけどね。」
「やっぱり。」
佳奈さんはしばらく、じっと私達を見つめていたが、にっこり笑みを浮かべると、
「会社では、言わないでくださいね」
と首を傾げた。
(なんか怖いですって。佳奈さん)
「……言わない。」
「……プライベート、言わないわよ。」
実は・・・佳奈さんって、――でした。いいなぁ・・・




