第10話 誕生日会 ~中編~
「落ち着きました?」
私達が飲み物を飲み終えて、一息ついたタイミングで佳奈が声を掛けてくる。
「えぇ、最初はちょっと驚いたけど、もう大丈夫。」
水咲さんが軽く頷きながら、いつもの調子で返す。
「私もです。佳奈さん最初に言ってくれればいいのに。驚きました。」
まあ、それでもいつの間にか“佳奈さん”呼びしている自分がいて、知らぬ間に気後れしてしまっている自分にちょっとがっかり。
しかしそんなことは佳奈にも届いていたようで、
「美羽はいつの間にか、“佳奈さん”って言ってるの気付いてて?」
私は黙って頷く。
(うん。気付いてた。)
「そんな、遠慮だったらいらないからね。友達だし、ちゃんと言っておきたかったからこんな感じになったけど、」
といったん言葉を切ると、チラッと水咲さんへと視線を移してまた私に戻る。
「最初に言ってたら来てくれなかったでしょ?」
そう言って佳奈はじっとわたしを見つめる。
(……そうかもしれない。私きっと気後れして二の足踏んでたかもね。)
「これはただ、私の家がたまたまこうだっただけの話なので――」
「うん。」
私は頷いて返す。
「水咲先輩には、お世話になってますし、美羽にはお世話してますし。」
何気なくぶち込んでくるジョーク?に思わずうなずきそうになって、慌てて首を振る。
「え、私そんなに迷惑かけてた?」
佳奈は、黙ってにっこり微笑むだけ。
「さあ、どうでしょう?」
(絶対ないよ――いや、あるかな?)
若干目が泳ぐのが分かる。
黙って聞いていた水咲さんがゆっくりと話しだす。
「美羽が普段から遠慮がちだから、佳奈がそう言ってるんだよ。もっと堂々とすればいい。」
水咲さんの言葉に『そうなの?』と思わず伺うように佳奈の様子を窺うが依然微笑んだまま。
「そんなつもりはないんだけど……」
間を繕うように言葉を口にしたが、確かに遠慮かな?
「そう?そうならいいんだけど。今まで以上に何でも言ってよね――
それで呼び方。佳奈だからね。佳奈さんじゃないから」
(……念を押された。 うん。だけど友達で居たいのは私も一緒。)
遠慮があると友達じゃないかもね。
「わかってもらえたようなので、じゃあ、移動しますよ。」
って、佳奈は言うけれど、聞いてないよ。今度はどこ行くの?
それは水咲さんも同じだったようで、
「えっ、どこに?ウーバー頼むんじゃないの?」
困惑の表情で佳奈へと向き直る。
『そうだった!』と言う感じで佳奈が手を打つと、
「言い忘れてました。両親にお二人の話をしたら、せっかくだから家で誕生会やりましょうって、あちらの家に準備を――」
佳奈が精一杯申し訳ない表情を浮かべながら、先ほど私がエレベーターを降りた後にちらりと見た、あの扉があった方を指し示しながら、ペロッと舌を出す。
呆気にとられる私達を置き去りにして、佳奈は話続ける。
「実は、両親もひそかに準備してたみたいなの。私の誕生日でしょ。
一人っ子だから、必然と言えば必然なんだけど」
佳奈が言うには、20歳までは毎年、家族で食事に行っていたそうだ。
どことは言わなかったけど、まあ、それなりのお店でしょう。
それが昨年たまたまなのか、両親の仕事の都合でなかったようで、本人も成人したからだと、勝手に思っていたらしい。
と、「まあ、そのような感じで特に確認もせずにいたら、昼に伝言があってね。ふたりとの予定を言ったら、こうなっちゃったのよ。ごめんね。」
手を合わされて言われたら、許すしかなくなるじゃない。
「ということで、移動です。」
四の五の言わずついていくしかない二人は、佳奈のあとについて、向かいの家へと窺うことになった。
「気難しい親じゃないから、普段通りでお願いね。」
廊下で私達に振り返って、にっこりと微笑む佳奈。
「でも、さすがに挨拶はちゃんとするよ。」
と緊張気味に私が言えば、水咲さんが
「あっ、美羽のカーテシーが見れるのか?」
とおどけながら、ありもしないスカートのをひょいと、掴むような動作をしながら、
右足を少し引いて膝を追ってポーズをとる。
「水咲さんたら。」
佳奈が軽く突っ込むが、さすが水咲さん。普段着のパンツスタイルなのに優雅に見える。さすがモデル級は違うわーと感心してしまう。
(言われても私はできませんよ。)
やれとは言われないのは分かっているけど、一応心の中で断っておく。
ふざけながらもすぐに玄関前に着いてしまう。
佳奈がインターホンを押すと、しばらくして「今、開けますね。」と女性の声がして解錠音が鳴る。
「ただいま。友達も一緒」
玄関から少し大きめの声で、佳奈が奥へと声を掛ける。
玄関ホールには、すでに人数分の履物が用意されており、私たちはそれに履き替えると、そのまま廊下を数メートル入った扉を開ける。
佳奈が「ただいま」と声を掛けながら、わたしたちへ「どうぞ」と案内してくれる。
案内に従って部屋に入るとまずその広さに圧倒された。華美に見えない、品のよさそうな調度品がいくつか置かれているが、それでも私の感覚ではだだっ広い。
(私の部屋の5つ分くらい?)
そんな少し悲しいことを考えつつ、それよりも、驚いたのは夜店が来てる?
(ケータリングとか言ったかな?)
失礼ながら部屋を見回してしまっていた。
しばらく見まわしていたと思う。最後に部屋の少し奥の方で、にこやかに並んで立っている男性と女性が目に入ることで我に返った。きっと御両親だ。
一気に恥ずかしさで赤くなっていくのが分かる。
けど、お父さんの方は、年齢は40代後半?背は少し高めかな。
背筋もピンとしてすごくカッコよく見える立ち姿。
服装はラフな部類なんだろうけど、センスよさそう。
お母さんの方もお父さんよりは若いだろうけど40代よね。
肌も艶があって見た目、すごく若く見える。目元なんて佳奈そっくり。
やっぱりご夫婦そろっておしゃれ。
(えっと‥‥‥)
恐る恐る横を見れば、水咲さんも似たような状態だ。
慌てて、ツンツンと水咲さんを肘でつつくと、ハッと息を呑んで戻ったようだ。
二人が戻ったところを見極めたのか佳奈が声を掛けてきた。
「よろしいかしら?」
佳奈は私達とご両親の間辺りに立って、ずっと待っていてくれたみたい。
「お父さん。お母さん。こちらが会社の先輩の水咲さんと、同僚の美羽さんです。」
手のひらを上に向けて示しながら水咲さんと私を順番に紹介してくれる。
その紹介に合わせるように簡単に会釈する。
(あれ、ここでよかったのだろうか?)
佳奈がそれにニコリと返してくれる。
(まあ、いいのかな?)
「水咲さん。美羽さん。こちらが私の父と母です。」
紹介に合わせてご両親がさらに笑みを深める。
「初めまして、水咲さんに、美羽さん。佳奈と仲良くしてくださっているようで、これからもよろしくお願いします。」
とお父さんの方が代表してなのか、言い終わると深めに頭を下げてくれる。
(あ、そんな、緊張します。恐縮です。)
と心の中で呟いていると、私の横で水咲さんがご両親に応えるようにお辞儀をすると「初めまして、三浦水咲と申します。本日はお招きいただきありがとうございます。」
と言い終えてから再度お辞儀をし終えると、
いつもの調子で話し始めたので帰って驚いた。
「すみません。こんな格好で。佳奈さんのドッキリにやられたようで、非常に驚いてます。」
水咲さんの急な変化に御両親は一瞬驚かれたようだったが、
「それは、佳奈が申し訳なかった。」と豪快に笑って飛ばしてくれた。
(うわ、変わり身早っ。)
と戸惑う間もなく水咲さんの視線が私に飛ぶ。
「え、えっと、初めまして佳奈さんとは、同期入社の佐伯美羽と申します。
ほ、本日はお招きいただきましてありがとうございましゅ。」
(か、噛んだ。2回も噛んだ。)一瞬で顔を赤くなるのが分かった。
言い直すのもなんだし……そのまま深めのお辞儀で切り抜け――られなかった。
頭を上げると、視界に入った佳奈は肩を震わせている。
それを見ないようにして、ご両親へと目を向けると、
「初めまして。こちらこそ急なご招待で申し訳なかった。ごらんのとおり料理も十分に用意してあるし、何ならあちらのシェフに言えば何でも焼いてくれる。」
お父さんはシェフへと目配せをするように振り向くと向き直り
「今日はゆっくりして行ってください。」
と、何事もなかったようににこやかにご挨拶を返してくれた。
(なんて優しいご両親。)
それから、キッとかなの方に目を向けて
(なんて、失礼な佳奈。)
の途端目が合った。
「美羽、シャンパン開けるよ!」
パーティーの始まりである。
お姉さまな、水咲さんにご両親は半ばお任せして、まずは佳奈とステーキでも焼いてもらいに行くかな。
記念すべき第10話 恐るべし佳奈さん家




