第11話 誕生日会 ~後編~
「だから、むしろ泊まっていけって言ったんだ。」
焼きあがったステーキを頬張りながら、佳奈に言ってるのだが
(あ、このステーキ美味しい。)
「まあ、そう言うことね。」
この状況だもんと言いたげに部屋の中を見回して見せる。
「でもお風呂とか、着替えとかいろいろあるしね。何で先に言ってくれなかったのよ。」
「だから、私も知ったのが昼だって言ったでしょ?」
(確かにさっき聞いた。うん。でも何の準備もない泊りはねぇ)
「お風呂とか、着替えとか? お風呂ならわたしの部屋にもあるから自由に使っていいし、着替えもパジャマくらいならこっちに何着か来客用があるはずよ。」
「えっ、そうなの……」
私の基準が、拍子抜けするくらい当てはまらない。
(まだ、始まったばかり、日も完全に沈まない時間だしね。考えるのはあと、あと。)
「まあ、とりあえず食べるわ。ってか、これ美味しいね。」
私がおいしそうに食べるのを見て、佳奈も隣で箸を進める。
二人でお肉を頬張っていると、佳奈のお父さんが声を掛けてきた。
「失礼、佐伯さん。佳奈と話が弾んでいたようだね。」
声を掛けられたのに食事を続けるのは不作法かもしれないけれど、
(今、ナイフで切り分けたお肉、食べちゃっていいよね?)
私のお皿をちらっと見て、尋ねてくる。
「どうかい、料理は気に入ってもらえてるかな?」
「えぇ、とても。こちらのお肉蕩けるようで、とてもおいしいです。」
そう言いながら、口の中に放り込むように一切れ頬張る。
「そうかい、それはなにより。 シェフ!こちらの方にお出ししたのは、どこのかな?」
私の言葉に産地をシェフへと聞いてくれる。
「お出ししたのは、松坂のランプ、もちろんA5です。」
「ん。そうか。」
お父さんは私へと向き直ると、
「お聞きのとおりですね。私も以前いただいたが、間違いないはずだよ。」
お父さんは頷きながらそう言ってくれて、佳奈へも声を掛けてゆく。
「ところで、佳奈。あの話はどうするね?」
その言葉に、佳奈は一瞬私へと目を向けた気がした。
(聞かないほうが良い話?だったら席を外すよ。)
「今年のうちに受かれば、行きます。」
(今、行くって聞こえたような……受かれば?)
「あぁ、それなら大丈夫だろう。頑張りなさい。」
お父さんは佳奈の肩をポンポンと叩くと、私に向かって
「では失礼する……」
と席を立ち離れかけたが、何かを思い出したのか再び腰掛けると
「あ、そうそう。佐伯さん足が速いんだってね。陸上部だったのかい?」
思わず佳奈を見る。
(私、そんな話もしたっけ?)
肩をすくめてちょっと首を傾げておどけてみせる佳奈
『以前に自分で言ってたわよ。忘れたの?』と表情を作る。
佳奈の言いたいことは分かった。
改めてお父さんに向き直って答えた。
「いえ、陸上部へは勧誘はされましたけど、結局入らずじまいで。」
それを聞いて、少し残念そうな表情を浮かべながら
「そうだったのかい?随分早いとのことだったが、タイムぐらいは取ったことはあるだろう。どれくらいだったんだい?」
(女子としては、確かに早かったんだろうけど)
「正式な計測ってやってないんで、分からないですね。」
ふと、今朝のことを思い出すが、あれはたまたまと、記憶の外に放り出しながら、
極力、興味がないように振る舞いながら答える。
(佳奈。これ何のための質問よ?)
声こそ出さないが、あまりに聞いてくるので困惑気味に佳奈へ顔を向ける。
『ごめんね。』と手を合わされても――困るよ。
お父さんのこと何も知らないから、意図も分からなくて、ちょっと怖い気もするし。
その表情などで気付いたのか、お父さんはあっさりと話題を変えた。
「すまないね。私も陸上競技……あ、特に長距離が好きでね。つい、いろいろと聞いてしまったが、気分を害してしまったかな。これは、悪かったね。」
お父さんは丁寧に頭を下げると、きちんと説明と謝罪をくれた。
(でも、それ先に言ってくれないと、何、何?って思うよね。)
「優秀な選手なら、埋もらせてしまうのはもったいないだろ?
芽の出そうな人なら表舞台への機会を用意してあげたくてね。つい熱くなって、すまなかった。」
それからしばらくお父さんの陸上談義は続いた。選手のこと、練習のことそして育成のこと。彼の経験や持論を交えてそれこそ熱く。
(へ―、お父さん陸上選手だったんだ。これは発見ね。)
まあ、肝心の私は陸上にそこまで熱くはなくて、楽しく走れればいいし、おまけにダイエットに良いんで続けているのが本音。
でも、不思議なもので、毎日走ってると、一日でも走らない日があると、何かもぞもぞして気持ち悪いんだよ。それもあって毎日走ってるんだけど。
お父さんが熱量を込めて話すものだから、いつの間にか、水咲さんまでが、お父さんの話の輪に入っている状態になり――ただ、陸上競技に興味の薄い私には、かなり前から苦痛になってきたのも本音。
少し話が途切れたタイミングでうまく挟み込む。
「よほど、お好きなんですね。陸上競技。」
その瞬間、お父さんの表情に光が射したように笑顔が浮かぶのを見逃さなかった。
(あちゃ~、言葉選び間違えちゃった……)
「そうなんだよ――」
「お父さん!」
お父さんが、勢い付きそうになったが、佳奈がうまく割って入る。
「そろそろ時間も遅くなるし、水咲さんも、佳奈も、もちろん私も仕事だからね。」
「あーそうだったな。楽しい時間は早く進んでいかんね。」
そう区切ってお父さんは私田を見回すと
「今日は、佳奈のために集まってくれてありがとう。三浦さん、佐伯さんと言い、娘は良き友人をえたようだ、これからも仲良くお願いしたい。」
私と水咲さんはお父さんとお母さんに向かって
「私達も同じ気持ちです。もちろん佳奈さんとはこれからも――ね。」
水咲さんと私は同じように佳奈へと視線を向ける。
佳奈も「よろしくね」と笑顔を浮かべた。
それから残りの時間に、料理や飲み物を堪能し、夜9時を回る頃には二人して成瀬家を辞した。




