第5話 一夜明けて
一人暮らしは生活が厳しいのです。
でも、この度のお話は、美羽の日常での異様さが少しずつ現れてきます。
ちゅん、ちゅん
窓の外から、おそらく雀だろう。元気に遊んでいるような声も混じりながら、朝のすがすがしさを部屋の中へと届けてくれる。
まだやわらかい日の光を感じながら、美羽は静かにカーテン・窓を開け、まだ暑くなりきらない朝の涼やかな空気を部屋に取り込む。
ゆっくりと両腕を上へと伸ばしながら精一杯の背伸びを終えると、美羽の朝がスタートする。
「自炊をしようとは思ったけどね。」
片付けもせずにベッドに入った、昨晩の後悔の元である部屋着の跡が視界に入り少し憂鬱になる。
「今日の帰りにでも新しいのかってこようっと」
気分を変えるために、少し元気を出して言っては見たが、肝心の財布の中身を思い出し、ため息がでる。
書き置いていたメモを一瞥すると部屋着のことも含めて昨日身に起こった非現実的な現実を突きつけられたようで少し目が泳ぐ。
「うん。質より量かな?どこがいいだろ。しまむらかな、ワークマンとか」
先ずは昨晩の穴埋め分は買っとかないと……といくつかの候補を浮かべながらジョギング姿へと着替えてゆく。
「朝は、おにぎりでいいか。」
急な出費、昨夜準備もしてなかったからやむを得ないと帰りにコンビニにでもよって買ってこようと計画する。
「ちょっと行ってきます。」
誰もいなくなる部屋ではあるが彼女なりのルールとルーティンである。
公園までのワンブロックを、ゆったり大股で歩きながら股関節を温めたり、上体を捻りながらとウォーミングアップを進めながら向かう。
公園に着くとしっかりストレッチに勤しむ。上体から順番に手足の先まで時間をかけて念入りに行う。
「おはようございます。」
声を掛けてきたのはここでよく合う大学2年生の女子。
私と同じショートの髪で私よりはほんの少し背が低い。かわいいタイプの女性で被と辺りがいいのだろう。私にも彼女の方から話しかけてきたのがきっかけで、よく一緒に走っている。淡いグリーン系の服装をしていることが多く、今日も普段とおりの淡いグリーン系で固めている。
彼女の名は三島すず。近くに有る大学の陸上部で最近はどうも私に時間をあわせているのではと勝手に私は思っている。だってほぼ毎日だもん。
いつも一緒に走ってると必然的にお互いよく知れるし、気も合うこともあって2歳先輩の私はいつしか すずちゃん と呼んでいる。
「あ、おはようございます。」
上腕を身体の前に抱き込んで肩回りを伸ばしていたところを、顔だけ向けて挨拶を返す。
「美羽さん。今日はちょっと早く出ました?」
「ううん。ほんの2、3分かな。」
「今日も一緒に走っていいですか?」
「もちろん。すずちゃんさえよければ」
そう返すと、すずちゃんも私の運動に合わせてくる。
それを見て私も同じ運動を2回多く行う。すずちゃんの準備不足でスタートさせるには申し訳ないしね。
「だいじょうぶそう?」
「家でも十分伸ばしてますし。アップは大体終わってますので」
準備万端をアピールするようにすずちゃんから笑顔が返ってくる
時間をかけて二人でしっかりストレッチを終えると、ストップウォッチをスタートさせていつものペースで走り出す。
この公園のコース一周は約1.8kmこれをだいたい3週走るのがいつもの朝練
休日の日などは8周ほどを目安に走っていてこちらへ引っ越してきてから、よほどの悪天候でもなければ毎日行っている日課。
「そう?じゃあ、行くよ。」
「はい。」
ふたりは元気よく走り出した。
「ハァ、ハァ……美羽さん。ハァ、今日、なんか、はやく、ないですか。」
3周目に差し掛かったタイミングですずちゃんが、苦しそうに聞いてくる。
「えっ、そう?」
軽快に進みながら、腕の時計を確認すると確かに早い。
「ごめん。なんかペース上がってたね。」
私は息も切らさず、普段の会話を交わすようにすずちゃんに応えて、少しペースダウンをする。
と、すずちゃんが横に並び掛けてきて
「ハァ、あと一周です。ハァ、このままいきます。ハァ、ハァいい負荷になるんで…ハァ」
と苦しげながらも私の少し前に出る。
「あ、はい。わかった。」
私はペースを戻すとすずちゃんに並んで改めて声を掛ける。
「じゃあ、すずちゃんリードして。私が付いていくよ。」
と告げて一歩あとに下がった。
すずちゃんはそれに応えるように一つ頷くと、ほんの少しペースを上げた。
「きつかったぁ」
3周目を終え、へたり込みそうな中で懸命にクールダウンを行いながら、すずちゃんが声に出しながら肩で息をしている。
私もそんなすずちゃんに注意を払いながら、少しペースを落とす程度でゆっくりと大きくその場を周りながらクールダウンをしている。
「今日、1周5分30秒ちょっとのペースでしたね。いつもは、6分15くらいじゃなかったですか?」
すずちゃんの指摘に改めてストップウォッチを確認すると、確かに16分42となっている。
(確かにかなりの飛ばし過ぎだった。反省。)
「ごめんね。何も言わずにペース上げちゃって、きつかったでしょ。」
それでも彼女も陸上の選手、呼吸を整えつつさわやかに笑顔で、
「いえ、最初はびっくりでしたけど、それより驚きは美羽さんそのペースで余裕じゃないですか。」
(あ、確かに……なんでだろう?)
「ほんとだね。今日たまたま調子よかったかな。」
笑顔で返したけど、すずちゃんからは『信じられない』と言っているような表情で返された。
息すら碌に切らしてなくて、余裕の表情じゃね。調子いいのレベルかな。まぁいいや。
十分にクールダウンを行って、これまた十分なストレッチを念入りに行う。
二人で協力すれば、これがさらに効果的に作用して、良く伸ばせるんだ。
いい具合にすずちゃんの汗も落ち着いたので、
「じゃあね」
「また」
とお互いに手を振って別れたが、コンビニに寄らないといけないことを思い出し、向きを変えるとすぐさますずちゃんを追った。
「すずちゃん待って。コンビニまで一緒に行こう。」
「はい。」
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