第2話 黒い全身スーツ
(これは……)
体表で起こっている現象の衝撃に身動きできないまま視線だけはめまぐるしく動く。
バッグに向かって伸ばした腕をそのままに不自然なほどの姿勢のまま視線は腕だけにとどまらず、視界に入る全身を隈なく動き回る。
淡い揺らぎとともに皮膚の表面上に出現してゆく正六角形は形が定まると皮膚に張り付き一体化しつつ指先まで順次固着してゆく。
その現象は腕、足の先へと広がりつつあり、本体はすでに完了しているのか既に黒い。
肘から指先へと順次広がって行ったハニカムは、最後に中指の先を覆う。
足先へと広がって行ったハニカムはふくらはぎの下あたりからどうやら一体型のブーツを生成したようでその形が朧げに浮かび上がるとそれに合わせる様に全身のハニカムがかすかな光を一瞬発して、これもまた体の中央から先に向かって順次黒色化してゆく。
やがて全身の黒色化が終わると今度は一斉に黒から漆黒と呼ぶにふさわしいまでに深みを帯びた色へと変化し、ハニカム同士が少し見た程度では一つ一つの区別が付かなくなるほどきれいに結合した。
息をするのも忘れていた。
全身が黒く覆われたあと美羽はその場に座り込むことしかできなかった。
その様子を目も離せず言葉も発せないまま、自分の理解の外で起きる自身の身体の変化をただ見つめるしかなかったが、
それでも特に体に痛みが生じるわけでもなく、ただ淡い揺らぎを生じながら体の中心から先端へとハニカムが生成されて広がって行く自分の身体を怖いとも感じていなかった。いや、むしろ力の漲りさえ感じていた。
外灯に照らされながら……その体表の変化は美羽の目と記憶にしっかりと焼き付いた。
黒のスーツは、頭部以外の全身を覆い、残酷なまでにボディーラインがくっきり浮かび上がるほどの密着度であるが、締め付けや、圧迫を感じるわけでもなく、足にはふくらはぎの下までブーツ様形状として生成されていて、丁度ミッドカーフブーツ辺りを履いていると思えばよいのだろう。
ただしそのブーツもスーツと一体型なのだが……
これほどの変化を何なのか即座に分かるはずもなく、それ以上考えるのをやめた。
今何か分からないが、全身が覆われていて肌が露出していない事実を喜び、家に帰ることを最優先事項とした。
(とにかく、早く家に帰る。)
気持ちを一旦そうっ決めてしまうと行動は早い。
取り損ねたトートバッグを掴み直し携帯を拾ってバッグに詰め込む。
(捨て置くわけにもいかないわよね。)
周囲に重なるように散らばった布切れを目にして、素早くかき集めてはバッグに放り込んでゆく。
何度か繰り返すとあらかた回収できたようで改めて周囲を見回して取りこぼしのないことを確認する。
とりあえずの回収を終えると幾分か気持ちの余裕も出てきた。
(とりあえず、これで部屋には戻れるんだし。)
明らかに異様とは言え一応着衣はしているし、怪しく恥ずかしい痕跡になりそうな元は服であった布切れも残らず回収できた。そう思うと緊張の糸が緩む。
いや、少し考える余裕も出て来たとも言えるのか。
(とにかく部屋に帰ろう。)
家に向かって全力で駆け出そうとグッと足に力を込めたが、走り出す前に直感的に嫌な予感が頭をかすめた。
(……なんか嫌な予感があるんだよねぇ)
予感に忠実に、急く気持ちを押さえて、今一度全身を覆うスーツに目をやる。
(なんか、力が漲ってるような感じも気になるし……そもそも、こんな格好で全力で走る女なんて、可笑しいですって言ってるようなもんじゃない)
そこまで思われなかったとしても、異様さは十分だろう。
(コスプレイヤーと間違ってくれた方が助かるけどね。)
ならば速足か、せめて軽くジョギングくらいが結果として目立たず良いのかも?
などと考えた結果、軽くジョギング程度に抑えることにし、そのつもりで右足が地面を蹴ったのだが、
バンッ!
思いの外勢いよく――を通り越して文字通り飛び出す結果となった。
「えっ……ちょ、ちょっと!」
予期していなかった衝撃に心臓がヒュンと跳ねる。
周辺の景色が瞬く間に後方に飛び去り、バランスを失った私は体勢を崩しながらもわずかに放物線を描きながら十数メートルの距離を空中で過ごした。
(どうして浮くのぉー……)
気が付けば目の前に地面が迫ってきており、慌てて受け身の体勢を取るべく体を丸め、地面にぶつかる衝撃に備えた。
「と、とっ」
ドサッーーゴロン
「えー、……痛ッたあー……くない。あれ?」
地面に無様に衝突した後、何とか丸めた体の回転である程度の衝撃を逃がせはしたようだ。
とは言え高さこそないものの跳躍の距離と速度を考えるとせっかくのスーツはおろか、怪我の一つや二つは覚悟したよねと、痛みを感じなかったことも忘れて全身を手と目で確認する。
(あれっ、痛いところも……スーツに擦り傷さえない。見えてないだけかなぁ?)
あれだけ地面と擦れたのにと首を傾げるしかなかった。
首を傾げながら立ち上がって、訳の分からないながらも肩から全身のあらかたをはたいて土ぼこりを払う。
「なんなの? 今の……」
美羽は後ろを振り返って驚きを隠せなかった。
体感した通り、踏み出したであろう場所から10m以上は移動していた。
(軽く踏み切っただけで……あれだけで軽く10m越え???)
もっと力強く踏み出していたら――容易に悲惨な結果が予想でき、今起きたばかりの
理解を越えた出来事に立ち尽くした。
美羽にとっては、衝撃的な出来事が連続してゆく未来
変身の様子、上手く描けていましたか?皆さんのイメージしやすかったでしょうか?
全身を覆う身体にぴたりとフィットしたハニカム(六角格子構造)の組み合わさった漆黒のスーツ
夜の闇に溶け込みそうなイメージで製作しています。従って今後の舞台も当初は夜が多くなるのではないでしょうか?




