フォーシル
「奥から3番目の馬車だ。来い」
「ですが隊長、あれは……」
「構わん。このまま連中に好き勝手荒らされるよりマシだろうが」
背後でアシドとその部下がそんな会話を交わす。そう言っている間にも、建物の壊される音や人々の悲鳴が響く。俺たちはアシドの言う通り奥から3番目の馬車の前にたち、その幌をめくった。
中にあったものが、松明の光を跳ね返してぎらりと光る。
それは人型の見える鎧だ。
黄色く塗装された金属の鎧が、その小さく手足を折りたたんで馬車の中に収まっていた。鎧は縄で馬車に固定されている。
「これは、聖鎧『フォーシル』ですね」
リューネがそう言い「かなり古い型ですが」と付け加える。
「民間向けに払い下げられた型落ち品だ……来たぞ。早く乗れ!」
アシドが声を張り上げるのと同時に、並んだ馬車の合間から聖霊廟の藍色の聖鎧が姿をあらわす。
「いました。こっちです」
その聖鎧から知らない女の声がした。おそらく搭乗者だろう。やはりこの聖鎧は俺かリューネ、もしくは両方を追ってきたのだ。
「わたくしが乗ります! あなた方は縄を切りなさい!」
リューネはひらりと「フォーシル」の上に乗ると、その聖鎧の胸部に手を当てる。キィンと甲高い耳鳴りのような音……聖霊術の発動する時のあの気配がして、胸部がひらく。
コックピットだろうか。内部に座席、その手すりに当たる部分にそれぞれ水晶のようなモノがはめ込まれている。リューネが席につき、その水晶に両手を触れさせると、聖鎧にまるで血が通ったような気配が満ちる。
「ユーゴ! お前も手伝え!」
アシドに呼ばれて、俺は我に帰った。アシドとその部下は縄を切っている。フォーシルと馬車を固定していた縄だ。俺も剣を抜いて縄を切った。
縛を解かれたフォーシルは、リューネの操縦でゆっくりと立ち上がる。
しかし立ち上がった姿は敵の藍色の聖鎧よりも一回り小さい。「古い型」とアシドとリューネも言っていたし、大丈夫なのだろうか。
「リューネ!」
「問題ありません。見ていなさい!」
その言葉を置いて、聖鎧フォーシルは地面を蹴って飛ぶ。その手には斧のような武器。勢いを殺さず、間近に迫っていた藍色の聖鎧の頭を踏み潰した。
「きゃああっ!」
搭乗者らしき女の悲鳴が響く。リューネの駆るフォーシルはそれを振り返ることなく、宿場町の中央に躍り出る。
すぐさま残りの2体が駆けつけてきた。2対1はまずい。俺は建物の影に隠れながら、戦場に向かって走り出した。聖鎧と生身の人間では勝負にならないことは分かっている。だが、せめてどちらか1体の気を逸らすことができれば。「2対1」よりは「1対1を2回」という形にした方がマシなはずだ。
「無謀なことを……!」
アシドの声。どうやら部下ともども俺についてきたようだ。その言い方から意図は察しているらしい。俺たちはどうにか藍色の聖鎧の背後に回り込む。
俺はかろうじて使える弱い雷の聖霊術をそのうち1体に打ち込む。続いて爆発音。見ればアシドがマスケット銃のようなものを構えている。
聖鎧はぐるりと振り返る。アシドが腕を振り上げて俺たちに指示を飛ばした。
「来るぞ。散れ!」
藍色の聖鎧はリューネから注意を逸らし、こちらに襲いかかってくる。
幸いにもあっさり引っかかってくれた。
散開して逃げる俺たちの背中に「待て!」と声がかかる。その声は女か子供のものだ。しかし聖鎧に乗っていては侮れない。というかやられるのはこっちの方だ。
だがその心配はなかった。俺たちがその聖鎧の気をそらさせたその隙に、リューネはあっさりともう1体を倒してしまったのだ。
フォーシルは軽やかに跳び、俺たちと藍色の聖鎧の前に立ち塞がる。
「さあ、殺されたくなければ投降なさい」
リューネがそう迫ると、藍色の聖鎧はひざまずく。
操縦席らしき部分の扉がひらき、中から手をあげた子供が降りてきた。
数時間後、俺とリューネ、アシドは宿の最も広い部屋(とは言ってもボロ屋だが)の中にいた。
目の前にはさっき投降した子供がいる。
聖鎧に乗っていたのは皆子供だった。最後リューネが投降させた少年(ロンガと名乗った)が最年少の12歳だが、他も俺より年下に見える女子2人だった。
リューネが先に撃破したその2人はケガこそあったものの死んではいなかった。今は意識がなく、リューネが簡単な手当てを施したあと床に寝かせている。
アシドがその2人を人質にしてロンガに事情を聞いた(尋問ともいう)ところ、簡単に口を割った。
「おれとあの2人は聖霊廟で育てられた孤児だ。少し聖霊力が強いってんで、聖鎧に乗る訓練をしてた」
俺たちの世界でいう僧兵みたいなもんだろうか。ロンガは話を続ける。
「あんたと、そこの姉ちゃん」
ロンガは俺とリューネを順番に指差す。
「聖霊廟の重大な、なんかの決まりを破った大罪人なんだってな。司祭様に似顔絵を見せられて、あんたらを捕まえろって命令されたんだよ」
「ということは、よその町でも同じことをしている連中がいるってことか」
俺がたずねると、ロンガはバツが悪そうにうなずく。この行いに罪悪感を持っていそうなところを見ると、こいつらも仕方なしに聖霊廟の命令に従っているだけのようだ。
「どうにかしてやめさせないと……」
リューネが焦ったようにつぶやく。ここには聖鎧があったからまだ取り押さえられたが、他はどうなっているか分からない。
「あんたらがおれと一緒に司祭様のところに来てくれりゃ、みんなを呼び戻せるよ」
ロンガが言うが、そういうわけにはいかない。
リューネは考え込んでいる。たぶん穏当に解決する手段を考えているのだろうが、これ以上まどろっこしい事はごめんだ。俺は床に寝かされていたロンガの仲間2人に近づく。
「お、おいっ! そいつらには近づくなっ!」
ロンガが泡を食って立ちあがろうとするが、アシドが押さえつける。そのアシドも俺に向かって「何をするつもりだ」と問いかけてきた。俺はそれに返事をせず、2人の前に立つ。
「リューネ、この2人の怪我はどんな具合だったんだ?」
リューネは先ほど彼女らの応急手当てをしていたから知っているはずだ。
「え、ええと、包帯をしているところに打撲や裂傷があります。骨には異状ありませんでしたよ」
「そうか」
俺は2人の上に手をかざし、聖霊力を高める。回復の術式を完成させ、2人の上に降り注がせる。包帯の下の打撲から顔の切り傷や擦り傷に至るまで、瞬きの間に治っていく。
「……なっ」
ロンガは言葉を失っていた。さっき俺がアシドの怪我を治した時に察したが、このファンタジーの世界でも民間人にとって怪我を瞬時に治すのは人智を超えた技なのだ。案の定、ロンガは口をポカンと開けて驚いている。
「俺はお前たちの怪我を思うままに治せるし、もちろん逆もできる」
俺はアシドよりも直球で脅すことにしたのだ。目を覚ましたらしい2人が起き上がり、困惑した顔でこちらを見上げている。
「この先に瘴気に蝕まれた森があるな」
俺はアシドに目配せをする。アシドは頷いた。
浄化の聖霊フィクシュテは邪神から解放されたのち王国に満ちていた瘴気と魔物を祓ったというが、その恩恵が行き届いていない場所もある。俺たちが目指すメガリディアへ向かう途中にある森もその一つだ。そこでは元から瘴気の色濃い森として知られ、邪神の顕現前から今に至るまで魔物がうようよしているらしい。もちろん普通なら避けて通るべきルートである。
……俺は視線をロンガに戻し、こう持ちかけた。
「よく聞け。お前たちはこれからご主人様のところに戻ってこう説明するんだ。『王女リュネットとその騎士ユーゴがメガリディア方面の蝕まれた森に向かった』とな」
そう伝えると、ロンガは「なんだって?」と驚いていた。
似顔絵を見せられただけで名前すら聞いていなかったようだから、リューネのことも知らないのだろうとは思っていたが。リューネは俺の思惑を察したのか、ため息をついて名乗りをあげる。
「……確かに、わたくしは先代バライバ王が一女であり、当代バライバ王の妹、リュネットです」
彼女はそう言って服の胸元から紋章の入ったメダルのようなものを取り出して見せる。俺にはわからないが、王女の証となるようなものなのだろう。
「あんた、お姫様だったのかよ!」
「おい、口のきき方に気を付けろ」
俺がたしなめるとロンガは「おまえだってタメ口きいてんじゃねーか!」と返される。正論だ。まあ無視するが。
「リューネ。俺たちは隊商と別れて、実際に蝕まれた森経由でメガリディアに向かうのがいいと思うが、どうだろうか」
ロンガに偽の報告をさせて俺たちは別のルートを辿るというのも考えたが、それがバレればまた他所に被害が及ぶかもしれない。どのみち俺たちの行き先がリューネの母方の実家だというのも、事情を知っていれば推測が可能なのだからバレていると思った方がいい。ならばある程度……追いつかれない程度には向こうにこっちの足取りを掴ませておくのも有効だろう。
それに蝕まれた森は一定以上の聖霊力がない人間は瘴気酔いでまともに行動することができない。居場所を掴ませつつ逃げるのにも最適だと思った。
「少しいいか」
アシドが声を上げた。見ればアシドはこの流れにあまり驚いていない。元から俺たちの「姉弟関係」を不審に思っていたようなので納得すらしているのかもしれない。
「ユーゴ、確かにその情報が聖霊廟に届けば各地の捜索隊は一旦引き上げられるだろう。悪くない案だが、少し口を挟ませてもらう。……王女殿下」
アシドはリューネを振り返る。言葉を選んでいるような雰囲気で口籠もっていた。
「わたくしのことは気にせずとも結構です。これまでどおりになさい。礼節も不要です」
「はあ……」
アシドは呆けた声を上げ、しかし気を取り直したように咳払いをしてから話し出す。
「……では殿下。まずは差し支えない範囲でことの次第を教えていただけるか」
「ええ。良いでしょう」
そうしてリューネはこれまでの事情を語り出す。
しかし王族かつ現王の摂政であり、聖霊廟の司祭でもあるフェダニスが国王陛下を監禁し国を思うがままにしているという事情は明かさなかった。政治的にヤバすぎる事実を軽々しく話せないという判断かもしれない。ここの事情は「王からの密命」かつ「聖霊廟は信用できない」という2点でごまかしていた。
「というわけで、わたくしたちは母の生家を頼るため南方のメガリディアを目指しているのです」
リューネが話し終わり、アシドは「ううむ」と顎を指でさする。
「なら、ユーゴ。お前はそこの坊主が乗っていた聖鎧を持っていけ」
「はあ!? あれは俺のだぞ! 勝手なこと言ってんじゃねえよオッサン!」
「あの聖鎧は殿下が無傷で捕らえただろう。徒歩でメガリディアを目指すより早いはずだ。それと、フォーシルも納品先はどうせメガリディアだ。二体まとめて持っていってくれ」
わめくロンガを無視してアシドはそう言った。
「いいのか」
「王女殿下に恩を売れるなら安いもんだ」
なんとなくそれは不遜な物言いなんじゃないかと思ったが、リューネは「ええ。恩にきますよ」とおっとり頷いた。
「おれの聖鎧だぞ!勝手に決めてんじゃねえ!」
「戦って負けるってのはそういうことだぜ、坊主。悔しかったら次は勝つんだな」
だいたいの方針が決まった。ロンガのような聖霊廟の勢力がほかの街を荒らしているかもしれないが、まだ真夜中だ。行動を起こすのは、ひとまず夜明けを待つことになった。




