再出発
遠くで下校のチャイムが鳴っている。
街は夕暮れに染まっている。異世界バライバの白い石の街並みではなく、コンクリートの道に電柱が並び立つ日本の風景だ。俺はくたびれた夏の制服を着て、フミヤと一緒に夕暮れの道を歩いていた。
おかしいな。今は冬だったはずなのに。まあ、あの妙な異世界から帰ってこれたのだから何でもいいか。
「ねえユーゴ、うちで宿題を一緒にやろうよ。古文教えてほしいんだ」
「わかった」
俺は頷く。多分俺はフミヤに数学の課題を教わることになるのだ。こういうとき得意分野が真逆なのは便利でいい。
フミヤの家は学校から十五分ほど歩いたところにある。他と変わり映えのない一軒家だ。
「ただいま〜」
フミヤがそう言いながら家のドアを開ける。「お邪魔します」と俺も挨拶をする。すると奥から「いらっしゃい」とフミヤの母さんの声。
いつもならこの後はフミヤの部屋で一緒に宿題をやる。しばらくするとフミヤの姉さん(大学生だ)や父さんが帰ってきて賑やかな気配が家中に満ちる。夜になればフミヤの母さんが「ご飯食べていきなさい」と声をかけてくれて……。
俺はこの家族が好きだった。夕飯をご馳走になっている時はまるでこの家族の一員になれたみたいで嬉しかった。
だけど、もうフミヤはいない。
「ユーゴ?」
次に目を開けたとき、綺麗な女の子が俺の顔を覗き込んでいた。
顔が痒くて頬を触ると、乾いた砂がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「ユーゴ、どうかしましたか?」
女の子……そうだ、リューネだ。
ここは異世界バライバ王国。メガリディアに向かう山間の宿場町。
そうだ。俺はあの後少し休もうと思って……そのまま眠ってしまったのか。周囲を見回すと、例の埃っぽい安宿。この建物は結局最後まで無事だったので、予定通り夜明けまでここで過ごすことにしたのだった。
「なんでもない。平気だ、リューネ」
俺はどうやら夢を見ていたようだ。そう自覚するとすぐに意識がハッキリとする。俺の答えにリューネは「なら結構ですけれど」と返す。
「外はまだ暗いですが、まもなく夜明けです。そろそろ行きますよ、ユーゴ」
「……ああ」
リューネの後ろについて外に出ると、確かに外はまだ暗かった。空は夜明け前特有の群青色……フミヤと水星を見たあの時と同じ色だ。
外に出てすぐ、二体の聖鎧が目についた。一体は頭部、もう一体は左腕が壊れている。リューネが倒したあの二体だ。それらが俺たちのやってきた道……バライバの王都への道へ向かっている。ロンガとその仲間の少女が乗っているのだろう。
「おう、お前たちもそろそろ出発するか」
背後からアシドの声が聞こえた。振り返ると、そこにはロンガも一緒にいる。
「お前、仲間と一緒に行ったんじゃなかったのか」
「うるせえな、おれだって一緒に行くつもりだったんだけどよ……」
俺が問いかけると、ロンガはふてくされた様子で答えて、足元の砂を蹴っている。
「こいつァ人質だ。あの嬢ちゃんたちが命令通り報告するとは限らないからな」
「だからっ! おれたちだってこんな事やりたくてやってる訳じゃねーんだって! 聖霊廟の命令を止められるなら報告のひとつくらいできるっつってんのに……」
ロンガはぶつくさと文句を言い続ける。
アシドはそれを無視して、ロンガの仲間の少女が向かったのとは逆方向を指差す。
「行くなら今だぜ。もう少しすると人通りが多くなって目につきやすくなるからな」
そう言ってアシドは俺たちを宿場町のはずれに誘導した。少し大きな建物の影に、聖鎧があった。リューネが乗った旧式「フォーシル」と、ロンガが乗っていた藍色の聖鎧。後者を指差してリューネが俺を見る。
「ユーゴはそちらの青い機体に乗りなさい」
「乗れと言われても、俺は操縦の仕方なんて知らないぞ」
乗り物なんて自転車くらいしか運転したことがない。リューネは姫様らしくなく肩をすくめて「簡単ですよ。あなたならすぐできます」と言い、藍色の聖鎧の扉を開く。そのコックピットはリューネが乗ったフォーシルとほぼ同じだった。座席と手すりがある。「乗りなさい」と促されて、俺はそのコックピットに乗り込み、座席に座る。
「その手すりの石に手をおいて、そのまま聖霊力を流し込みなさい」
リューネの言葉にしたがって聖霊力を流し込むと、キンと特有の耳鳴り。それから何というか……「回路が繋がった」とでもいうべき感覚があった。光がふわっと広がり、目の前の視界が揺れる。めまいを感じて目を閉じ、そして次に目を開けた時。目の前はコックピットの中ではなくその外。宿場町の道端だった。
「なんだ?」
手のひらを目の前に掲げると、その手のひらはロボットのアームのようなものになっていた。俺は驚いて「うわあッ」と間抜けな声をあげた。
「どうですか? ユーゴ」
どこかからリューネの声がする。声がした方を見下すと、視界の遥か下にリューネが見えた。彼女はこちらを見上げている。そこで俺は気づいた。俺は乗り込んだ聖鎧に、言うなれば「憑依している」のではないか。
「そのまま歩いてごらんなさい。足元に気をつけて」
下を見ながら、恐る恐る一歩を踏み出す。ロボット……聖鎧の金属の足。聖霊力を流し込むのをやめると、俺の視界は元の通りコックピットの中に戻ってきた。
「……驚いた。リューネのいう通り、確かに俺でも動かせそうだ」
俺はそう言って「練習は必要だが」と付け加える。
「その聖鎧の力は全てユーゴ、あなたの聖霊力を源としています。走ったり激しく動いたりすれば、それだけ多くの聖霊力を消耗し、力が尽きれば当然動けなくなります。気をつけなさい」
つまりこの聖鎧というロボットにおいて、俺はパイロットであり燃料タンクでもあるということだ。
俺が考えをまとめている間に、リューネはもう一体の聖鎧フォーシルに乗り込む。
「さて、もう行きましょう。練習は先に進みながらしますよ」
ちょうどリューネがそう言った頃、いよいよ空が白んでくる。追っ手にはひとまず対応したが、同じところに長居するのは得策ではない。
「急ごう」
俺は操縦席に座り直し、再び聖鎧を起動した。




