蝕まれた森
『アニメとか特撮で巨大ロボットが出てくるやつがあるだろ? あれって、現実だったら歩いたり走ったりした衝撃でパイロットは死んじゃうらしいよ』
昔、フミヤが特撮ロボットのおもちゃを店頭で見ながら言った事だ。その話をリューネにしたところ、「その聖鎧には衝撃緩和の聖霊術がかかっていなかったのですね」と言われた。
俺が乗っている藍色の聖鎧はヴェルメーヌという名前らしい。
リューネの乗っているフォーシルに比べればマシだが、これも中々の旧式とのこと。
俺はそのヴェルメーヌに乗り込み、地面を蹴って飛び上がった。もちろん多少の衝撃は感じるが、せいぜい車に乗っている時くらいのものだ。
ここはメガリディアに向かう蝕まれた森。
眼下には黒い幹と葉をもつ木々が広がる。俺……ヴェルメーヌは自分の全高よりも遥かに高く飛び上がることができるらしい。俺は落下に身を任せながら、遥か彼方を見渡した。蝕まれた森の黒い木々は地平線の先まで続いている。陽はすでにその木々の向こうに沈もうとしていた。
早朝に宿場町を出てから既に半日、俺とリューネはそれぞれの聖鎧に乗ってここまで進んできた。聖鎧はさすが人間よりも遥かに大きいだけあって、進める距離も桁違いだ。
森の中に着地すると、そこには聖鎧フォーシルとすでにコックピットから降りたリューネが待っていた。
「どうでしたか、ユーゴ?」
「あんたの持ってた地図の通り、ここから家や人里らしいものは見えないな」
蝕まれた森は邪神の顕現する前から瘴気と魔物に溢れ、フィクシュテの浄化もここには行き届いていないという。普通の人間はこんな場所を通れないし、ましてや住んだりしない。つまり民家どころか道もない森を俺たちは進んでいくのだ。
「仕方ありませんね。野宿できる場所を探しましょう」
リューネは再びフォーシルのハッチを開いた。彼女が内部に乗り込むと、聖鎧の宝石のような眼がぎらりと光って起動する。
森の中を移動しながら、リューネが俺に話しかけてきた。どういうわけか聖鎧の機体越しでも会話が成り立つ。知らんが聖鎧にはそういう術も仕掛けられているのだろう。
「それにしてもユーゴには驚きました。聖霊力が高いのはわかっていましたが、初めてでこれほど聖鎧を乗りこなすとは思いませんでした」
「……そういうものなのか?」
俺は俺以外の例を知らないからよくわからない。最初はやはり自分の手足で歩く感覚とは違うからかなり戸惑った。転んだことも一度や二度ではない。
「普通は一日であれほど飛んだりできませんし、そもそも半刻ほども動かしていれば聖霊力が尽きてしまうものですよ。初めのうちは効率の良い動かし方がわかりませんからね」
それでいうなら、俺たちを召喚した聖霊廟の連中いわく俺とフミヤはこちらの人間に比べて聖霊力が桁違いらしいから、多少非効率な動かし方をしても平気だったのかもしれない。
そんな話をしながら進んだのち、リューネの乗るフォーシルの腕が木の狭間にある大きな岩を指差す。
「あそこの岩陰で一休みして朝を待ちましょう」
「わかった」
俺たちはその岩陰で立ち止まり、聖鎧をひざまずかせてコックピットから降りる。
ところで俺は森の中で野宿に適した場所の見分け方なんか知らないし、お姫様のリューネもそうだろう。要するに俺たちはこの選択が適当かどうか、どちらも分かっていないことになる。
「交代で見張りをしよう」
「そうですね。それがいいでしょう」
リューネも頷く。姫様の騎士としては俺が夜を明かして番をすると言うべきだろうが、それで明日まともに行動できるとは思えない。悪いが姫様にも見張りを引き受けてもらうことにした。
俺たちは野宿の準備を始める。
リューネがロンガたちからある程度の食料を買い取って聖鎧に積んでいたので、飯はある。俺は落ちた木の枝を拾い集めて聖霊術で火をつけた。俺はマッチやライターなしに火を起こす方法なんて知らないから、異世界は便利で助かる。
魔物は火を始めとする「人の気配」に寄ってくる習性があるから本来あまり良いことではないが、今は俺とリューネで結界の聖霊術を発動させているから小物は寄ってこない。それに魔物もやはり獣なので、自分より明らかに大きくて見るからに強そうな聖鎧にケンカを売ってはこないようだ。俺たちはここまで一体の魔物とも対峙せずにここまで来た。
俺はヴェルメーヌのすぐ足元を腰を下ろした。聖霊力切れこそ起こしていないものの、一日中集中して聖鎧を操縦してそれなりに疲れた。
「食事にしましょうか」
リューネが茶色い布の袋を持ってフォーシルから降りてくる。彼女は焚き火のそばにわざわざボロ布を敷き、その上に座った。「ユーゴも食べなさい」とその袋の中身を渡してくる。平べったくて四角い手のひら大の乾パンと、干し肉。
「そのまま食うのか?」
「仕方ないでしょう?」
俺が聞くと、戸惑ったリューネに聞き返された。ミラーナたちとの4人の旅の中で俺は散々これを食ったが、乾パンは歯が欠けそうなほど硬いし、干し肉は恐ろしく塩辛い。どちらもそのまま食うにはかなりつらい。
「……少し見せてくれ」
俺はリューネからその袋を借りた。中身を見てみると、油紙に包まれた干し肉と乾パン、ニンニクみたいな野菜、岩塩らしきものが入った小瓶。そしてその下に小さな鍋と木の食器が入っていた。
リューネに「少し待っていろ」といい、俺はここに来る途中で見えていた沢で水を汲んで戻った。
「料理をするのですか?」
「そんな大層なものじゃない」
水を入れた鍋を火にかけ、干し肉と乾パン、ついでにニンニクみたいな野菜もナイフで刻んで入れた。あとは適当に煮て乾パンがふやけた頃に食えばいい。美味くもないがウンザリせずに食べられる程度にはなる。
鍋と一緒に入っていた器にその雑炊を注いでやり、曲がった木のスプーンと一緒にリューネに渡した。
「こんな食べ方もあったのですね」
「ミラーナが考えたんだ」
あの四人の旅の中で、なんとかマシな食い方を模索する中で結局たどりついたのがコレだったのだ。リューネはそれを聞いて「そうですか」とだけ返した。
あれは………まだ旅の始まりの頃だった。こんな風に暗い森の中を歩いて進んでいた。聖鎧はなかったから、生身で大型の魔物とも戦った。
「……そういえば」
「どうかしたのですか?」
「いや、聖霊廟は俺たちにどうして聖鎧じゃなく生身で旅をさせたんだろうと思った」
あの旅は決して短くなかった。戦いの途中で死ぬかもしれないと思ったこともあったし、逃げるしかない事態もいくつもあった。聖鎧があれば奴らももう少し楽に目標を達成できたと思うのだが。
「それは、あなた方に聖鎧を与えて御しきれなくなるのを恐れたのではないでしょうか。わたくしはフミヤ殿に会ったことはありませんが、あなたと同じくらいの力の持ち主なのでしょうから、騙そうとする側からすれば大きな力を持たせるのは恐ろしいことです」
リューネにそう言われて俺は納得した。
それにフミヤは聖霊術を習っていた時にも指導役の神官を質問攻めにして、そいつをノイローゼ寸前に追い込んでいたくらいだ。聖鎧なんてものを見せたら面倒くさいことになるのは明らかだ。あいつは機械を触るのも動かすのも好きだから、夢中になっていじり回したかもしれない。
……でも、そんな「もしも」は起こらなかった。フミヤはミラーナに殺された。
あのフィクシュテ神殿の巨大な聖鎧の前で、確かに心臓を貫かれて……。
しばらく黙り込んだまま、俺たちは夕食のスープをただただ口に運んだ。道具を片付けた頃になると、陽はすっかり沈んでいた。
「俺がまずは見張りをする。しばらくしたら起こすから代わってくれ」
「わかりました。よろしく頼みます」
屋根も壁もない場所では気が休まらないから、お互いが乗ってきた聖鎧のコックピットにそれぞれ乗り込んだ。聖鎧を起動させると、俺の感覚は大きく広がる。森は静かだが、そこかしこで魔物の息遣いを感じた。幸い襲ってくる気配はない。俺は跪いた姿の聖鎧の中でただ周囲の気配に気を配りながら、夜が過ぎるのを待った。




