伝説の勇者
「……そろそろ日が暮れますね」
リューネは遠くを見たまま言った。彼女の視線の先では、山の向こうに日が暮れていく。しばらくすると木々に囲まれていた道が少しひらけて、その先にぼろい建物の集まりが見える。
「ついたぞ!」
隊列の先頭の方で誰かが声を張り上げた。
「宿場町ですね。今日はここに泊まることになります」
馬車は次々宿場町とやらに入っていく。馬車を停め、馬をその専用の場所につなぐ。俺も隊商の男たちに習いながらそれを手伝う。とはいえやったことがないので手間取っていると、背後から舌打ちが聞こえた。
「なんだお前、下手くそめ。貸せ」
「慣れていなくてすまない。やり方を見せてくれ」
背後の男はまたしても舌打ちで応えたが、縄の繋ぎ方を見せてくれた。それを見て、俺もなんとか苦労しながら縄を結ぶ。
「助かる。ありがとう」
振り返って礼を言う。男は多分30代くらいだろうか。身の丈はリューネより少し高いくらいだが、かなり筋肉があり、体の厚みはまるで違う。隊商が雇っている正式な護衛だろうか。疑問に思っていると、男は「傭兵隊長のアシドだ」と名乗った。俺とリューネもそれぞれ名乗る。
「明日の朝まで交代で荷を見張る。お前らも当番に入れ」
「……姉貴は免除してくれないか。その分俺がやる」
俺がそう答えるとリューネが「えっ」と驚いた声を上げる。アシドもいぶかしそうに首を傾げた。
「お前ら姉弟だったのか? にしちゃあ似てないが」
「姉貴は親父の後妻の連れ子だ。うちは両親そろってロクでもないんで逃げてきたんだよ」
俺があまりにツラツラと嘘をつくからか、リューネは口をぱくぱくとさせている。アシドは不審そうな顔をしていたが一応納得してくれたようで「ガキだってのに苦労してるな」と勝手な感想を述べた。
「心意気は買うが、宿場町は野郎ばっかりだからな。お前らは2人1組で当番に入れ。なるべく姉さんのそばにいてやるんだな」
そう言うとアシドは傭兵や人足数名と俺たちを集めて、改めて当番について通達した。
俺とリューネは若いからという理由で最初の番に回してもらえた。それからは夕食の時間だったのでリューネと固いパンと干し肉を分けあって食べた。
それからの見張りの時間は退屈なものだった。荷馬車の周りに寄ってくる盗賊や獣がいないか見張る訳だが、まあ何も来なければ集中力を保つのもむずかしい。どうやら荷物は食料品などでもなさそうで、虫すらほとんど寄ってこなかった。
「交代だ。さっさと寝ちまえ」
夜が更け、宿全体の明かりが落ち始めたころ、アシドがやってきた。槍を携え、背後には若い部下を従えている。
「ずいぶん早くありませんか?」
「半人前どもに夜中の見張りを任せられるか」
「だそうだ。行こうリューネ」
アシドはずいぶん甘い男だなと思うが、休ませてもらえるなら都合がいい。俺はリューネを促して宿に向かう。宿とは言ってもほとんど最下層のあばら屋だ。壁と屋根があるだけ外よりはマシという程度の場所である。無造作に転がって雑魚寝している男たちを跨いだり蹴飛ばしたりして、俺は一番奥の壁際に座る。床は埃っぽい。上着を脱いで床に敷いた。
「リューネはここに」
「ですが、ユーゴ、あなたの服が……」
「別にいい」
大した服ではないし。俺が少し強く言うと、リューネはおずおずと腰をおろす。
「……あんたはこんな場所じゃ気が休まらないかもしれないが、目を閉じておくだけでも少しは回復すると思う」
そう言って俺は自分の言葉通り目を閉じた。隣からリューネの困惑した雰囲気が伝わってくる。
「なんだ?」
なにか言いたいことがあるのかと思って目を開き、リューネを見る。彼女は立てた膝を抱えて言った通り目を閉じていた。
「ユーゴは慣れているのですか。その、こういう……」
「こういう汚いところに?」
リューネが言い淀んでいたことを俺がはっきり口にすると、気まずそうに「うう」とうめく。
「あなたのいた世界が、この世界より高度な文明を持っていたことは何となくわかります。それと、あなたはとても綺麗好きみたいなのに」
「なのに、この環境が平気そうだから気になったと」
「それは、まあ、……はい」
素直なやつだ。こういうところは「お姫様」だなと感心した気持ちになる。
「別に、あんたの耳に入れるようなことじゃないよ、『姫様』。ロクな家で育ってないってだけだ」
「もう、その呼び方は……」
リューネが俺を咎めようとした言葉を止めて、目をひらく。俺もそれを感じて腰を浮かせた。例えるなら地震がくる一瞬前のような、何かの「気配」だった。
次の瞬間、大きな揺れと轟音があばら屋を揺らす。
「なんだ!」
「まさか魔物かっ」
雑魚寝していた男どもが次々飛び起きる。一気にざわめく室内。それに紛れて誰かが叫ぶ声が遠くに聞こえた。
「……アシド隊長! しっかりしてください!」
若い男の声だ。建物の外。この声はさっきアシドと一緒にいたやつか。
俺とリューネは顔を見合わせ、外に飛び出す。
「アシド!」
リューネが叫んだ。血だまりに倒れ込み、足があらぬ方向に曲がっているアシド。その脇に座り込んだ部下の男。その前には藍色の聖鎧がいた。あのパレードで見た鎧と似ている。数を数える。全部で3体。あの白くて巨大な鎧はいない。……ミラーナではない。
藍色の聖鎧はバラバラに動き始める。まるで何かを探しているみたいだった。
「隊長! アシド隊長! ……だれか手当を頼む!」
鎧どもの気がそれたのを見計らって、部下の男がアシドを宿の方まで引きずってくる。
俺とリューネは怯えて動かない人々を押しのけてアシドに駆け寄った。
「傷を診ます。ユーゴ、あなたは回復術の準備を」
「ああ」
リューネはアシドの体に触れ、怪我の様子を見る。
「足の骨が複雑に折れています。あとは……肩から胸を切られていますが臓腑には至っていないようです。……ユーゴ、足から治しなさい。胸の傷は通常の手当で何とかなります」
「わかった」
俺はアシドに手をかざし、止めていた呼吸を吹き込むように回復術を注いだ。ゆっくりとその骨がもどっていくのが感覚でわかる。ぱちりとジグソーのピースがはまっていくような心地。その最後のピースをはめ終えた手応えを得てから、俺は伸ばした手を引いた。
「お前ら、一体何者なんだ……?」
アシドの部下が震えた声で言う。その目には少しの怯えがあった。俺はなぜそんな目で見られるのか分からなかった。困惑していると、リューネが俺の肩に手を置く。
「普通、あれだけの怪我を数秒で治すなんてことは、聖霊廟の熟練の術師にも不可能です。それこそ、……」
「……伝説に伝わる勇者でもなければ」
リューネの言葉を引き継いだのは、正気を取り戻したアシドだ。
「とにかく早いとこコイツらを追っ払わないと、町と荷がめちゃくちゃにされちまう」
アシドは言うが早いか起き上がると「こっちへ来い」と俺たちをどこかへ誘導する。歩き回る聖鎧の視線を逃れ、辿り着いたのは俺たちが最初に馬車を止めたあの場所だった。




