魂の兄弟
人並みをかき分けて走り、塔の前にたどり着く。それはもう使われていない鐘楼のようだった。この塔の上からなら。
崩れかけた木の扉を蹴破り、内部の階段を駆け上がる。頂上に辿り着くと鐘楼には鐘がかかっておらず、遠くまで見渡せる。しばらく離れたところにミラーナの乗る聖鎧が見えた。ここからなら、ギリギリ聖霊術で狙い撃てる!
両手を突き出し、集中する。キンと耳鳴りに似た音。高めた力のままに術を発動させようとした時、背中に何かがぶつかってくる。
「おやめなさい!」
リューネだった。後ろから俺の胴に手を回し、口を塞いでいる。これでは聖霊術が使えない。俺は必死にもがいて、どうにかリューネを振りほどく。しかしその時にはすでにミラーナの聖鎧は遥か遠くに飛び去っていた。ここからではとても攻撃は届かない。
「ふう……」
間の抜けたため息をついて、リューネがその場にへたり込む。俺はそれを振り返って見下ろした。
「どうして止めた!」
「横にいる人間が馬鹿げたことをしでかしそうになったら、誰でも止めます!」
「馬鹿げたことだと?」
「ええ。あの距離からいち人間が聖霊術を放ったとて……それがあなたほど強い力の持ち主だとしても、あの大きさの聖鎧を落とすには至りません。無駄なことです。それがわからない訳ではないでしょう」
俺は答えられない。薄々そうとわかっていたからだ。あの聖鎧はビルほどの大きさがあった。ひとりの人間が生身でどうにかできる存在ではない。すべてリューネのいう通りだ。
「だけど、俺は。だとしても……」
それでは、俺は何ひとつあの女に報いられないことになる。そんなことは耐えられない。たとえ敵わないとしても、ミラーナの栄光の裏には汚らしい行いがあるとどうにか知らしめたかった。だけど、それも失敗した。
「そうですよ、ユーゴ。『だとしても』です。わたくしたちはあれを倒す方法を見つけなくては」
リューネはすっと立ち上がり「行きますよ」と俺をうながした。
ミラーナをたたえる歓声は、この塔の上にまで響いていた。
「フミヤ殿はどのような人だったのですか?」
不意に、リューネがそうたずねてきた。
それは馬車の上でのことだった。バライバの王都を出る隊商だ。俺たちはその馬車の後方に乗り、それぞれ剣と槍から手を離さず、周囲を見張っている。隊商の護衛をする代わりに、隣町まで乗せてもらえるよう話を取り付けたのだ。
馬車は乗り心地がいいとは到底言えない。俺は舌を噛んだりしないよう気をつけながら口を開く。
「……変わったやつだった」
どんなやつか、と聞かれて色々と考えたが、そのひと言につきる。
「変わったやつ、ですか」
「ああ。いつも空ばかり見ていて、妙なことをやりたがる。魚釣りとか昆虫採集とか、小さなロケットを作ってそれがどれくらい飛ぶかの実験とか、大昔に使われてた笠がどれくらい涼しいか、炎天下の下で確かめたこともあった」
この世界に来たきっかけの日は水星観測だったが、夏休みの自由研究みたいなことに付き合わされるのはいつものことだった。
……こんなこと一緒にやってくれるのは、ユーゴだけだよ。
それはそうだろう、と俺は過去のフミヤの言葉に答える。
「男の子の遊びは、どこの世界でも変わりませんね」
「変わってたんだ。俺たちの世界では」
少なくとも、中学生になってまでそんな遊びをしているのは、周りでは俺たちくらいのものだった。
お互いしか友達のいない俺たちにできるスポーツはバドミントン程度だし、そもそもフミヤは運動神経が鈍い。俺はスマホもゲーム機も何一つ持っていなかったし、フミヤは「そういうのは病院のベッドでもう一生分やったよ」と興味がないようだった。
「だけど、……あいつとなら楽しかったんだ。不思議と」
本人に言ったことはなかったが、いまは素直にそう思えた。これからも、せめて学校を卒業するまではそうして過ごせると思っていた。それを、あの女が……。
「あなたとフミヤ殿は、魂の兄弟だったのですね」
「なんだ、それは」
恥ずかしい響きだが、それを口にしたリューネの顔はあくまでも真剣だった。
「あなたの世界にはないものですか?」
「言葉のあやとしては言わなくもないんだろうが、たぶんリューネの思ってる意味ではないと思う」
そうなのですね、とリューネはうなずいて、遠くを見る。
「魂の兄弟というのは文字通り、お互い血がつながっていなくても魂が結ばれた存在であるということです。この国バライバでは手続きを踏めば実際に兄弟となり、家族と同等の権利を得られます。赤の他人が家族となる方法としては結婚するか養子縁組をするか、それともこの魂の兄弟となるか。この3つですね」
俺は黙ってリューネの「講義」を聞いていた。別に俺とフミヤはそんな大層なもんじゃない。ただの……ただの腐れ縁だ。




