凱旋式
それから俺と……姫様ことリューネはその小さな家の中にあるもので簡単に支度をした。
俺は完全に丸腰だったのだが、リューネが奥の扉を開くとそこには剣や弓、槍などの基本的な武器が揃っていた。その中から手頃な片手剣を選んで借り受けることにする。
リューネは長い金髪の三つ編みをキャスケット帽子の中に隠し、数ある武器の中から槍を選んで携えた。
「フェダニスは今、城にいるんだな?」
「そうですが、わたくしたちが向かうのは城ではありませんよ」
「……なぜだ? あんたの兄さんが捕まっているんだろう」
あの連中に捕まっているのなら、今にもロクでもない目に合わされてしまうのではないか。リューネは1ヶ月兄と会っていないと言っていたし、もうすでに何かが起こっていても不思議ではない。
「大丈夫です。少なくともいま兄が殺されることはありませんし、その状況はしばらく変わらないでしょうから」
リューネが説明するところによると、フェダニスは先王の姉の子供で、王位継承順位はかなり低い。つまりリューネの兄を殺したとしてもフェダニスに王位は回ってこない。いま摂政として権力を握っているなら、その権力の源であるリューネの兄を殺すことはないということだった。
「それに、今のあなたとわたくしだけではフェダニスを討つことは不可能です」
その言葉に俺はすこし苛立つ。
あんな奴を殺すことなんてわけはない。目の前に現れれば今すぐにだって八つ裂きにしてくれるのに。
……次の瞬間、世界が回っていた。
木目の天井、その間にリューネの綺麗な顔が割り込む。首元を槍の柄で締められて息が詰まる。遅れて、足首と背中に鈍い痛みを感じた。
敵襲か! そう思ったが、部屋にはリューネの気配しかない。
ということは、俺はリューネに襲われたのか?
見上げると、リューネは床に横たわった俺の上に跨って、俺の首を締めている。
「聞いていた通りですね、勇者ユーゴ。聖霊力はずば抜けているけれど、武術は付け焼き刃。魔物は力技で倒せても人間は同じように行きませんよ」
リューネはその姿勢のまま、俺を見下す。
「さあ。この状況からわたくしを倒せますか?」
俺はそう言われて起きあがろうとするが上手くいかない。それに必要な関節が全てリューネに押さえ込まれている。リューネは俺より背が高いから、力技でどうにかしようとしてもうまくいかない。喉が締められていて、特殊な呼吸や発声を必要とする聖霊術も使えない。
リューネは俺が敵わないと悟ったのを見て、そっと立ち上がって服の裾の埃を払う。俺は息を吸い込んで思わず咳き込んだ。
「分かったでしょう? 女のわたくし一人にさえ勝てないのに、多くの騎士が守る王宮でフェダニスの元に辿り着くのは不可能です」
反論したいが言葉が浮かばない。俺はごまかすように問い返した。
「なら、あんたはどうするつもりなんだ。リューネ」
「南の港湾都市メガリディアに向かいます。かの地の太守一族は南方貴族たちの盟主で、わたくしの母の生家でもあります。まずは彼らに助力を求めます」
「それは、勝算があるのか」
「わかりません。ですがわたくしは、わたくしにできることは全てやるつもりです」
リューネの目はまっすぐだった。ヴァイオレットの色をした瞳は星のように輝いている。
「……行きましょう。猶予はあるとはいえ、時間は惜しいですから」
●
準備を整えた俺たちは家を出た。
リューネは迷わずどこかへ進んでいく。俺は黙ってその後をついていく。しばらくすると、人通りの多い大きな道へ出た。人々の話し声、物売りの大声、馬車の行き交う音。
一月ぶりに浴びる雑多な音に、俺は眉をひそめる。人が多くなってきた。気を抜くとリューネとはぐれそうになる。
「おい、リューネ」
「なんですか?」
「俺たちは一応追われているんだろう。こんなに人の多い道を歩いていて大丈夫なのか」
「もちろん追っ手はかかっているでしょうが、コソコソしすぎるのも怪しく見えるものですよ。この王都は近隣諸国の中でももっとも人口の多い都市です。冒険者も多いので、武器を持っていても怪しまれません。それに『閉じ込めていた王女が逃げたから探し出せ』なんて命令、おおっぴらに出せる訳はありませんから」
そう言われてみればそうだ。逆賊はフェダニスどもの方なのだから。フェダニスはよほど信頼のおける部下にしか俺たちの捜索を命じられないだろう。
リューネは露天の売り物を二つ買ってひとつ俺に手渡す。それは潰して焼いたサンドイッチみたいな料理だった。ありがたく受け取って一口食べてみると、中身はひき肉とコメだった。パンの中にコメ。なんだか不思議な気持ちになる。
その不思議なサンドイッチを食いながら歩いていると、さらに周囲は賑やかになっていく。……いくら人の多い首都だとはいえ、その賑わいはなんだか浮き足立っていた。
「なんだ。祭りでもやってるのか」
「凱旋式ですよ。……聖女ミラーナの」
いやな名前を聞いて、キンと耳鳴りがした。
楽しげに見えた風景が一瞬で色あせる。
「凱旋式はこの国ではよくある催しです。魔物や敵国との戦いで武功をあげた英雄を皆でたたえるのですよ」
リューネの説明に、胃の底から吐き気が込み上げてくる。
「……すみません、無神経でしたね」
俺の顔色が変わったのを見てとったのか、リューネは俺の背中をそっと撫でた。
「民は知らないのです。彼女があなたの大切な人に何をしたのか」
そうだろう。そうでなければあの女のことを英雄などと呼んで呑気に喜べるわけがない。
「ですが、これはまたとない好機です。凱旋式の人だかりなら簡単に王都を出られますから。ついでに仇敵の姿を目に焼き付けておきなさい」
人にものを命じるのに慣れた口調。本当に「姫様」なのだろうなと今更ながら腑に落ちた感覚があった。
……リューネは、父親を殺されたと言っていた。実の親が殺されることがどれくらいつらいのか、俺には分からない。王様とお姫様の親子関係も想像がつかない。でも、事情を話した時の口ぶりから大切なひとだった事はわかった。それに、リューネの兄さんは今もフェダニスにとらわれていて何をされているかわからない状況だ。
リューネはどうして俺のことまで気にかけていられるのだろう。
「ほら、ご覧なさいユーゴ。あれが聖霊廟の隊列ですよ」
リューネに呼ばれて顔を上げる。
なにかパレードのようなものが遠くからやってくる気配を感じた。
そこは広い道だ。車だったら3車線ほどは行き交えそうな道だ。そこで大きな何かが列をなして歩いている。
「あれはなんだ……?」
それは人間よりもずっと大きな甲冑だった。フィクシュテ神殿で見たものよりはずっと小さいが、日本の民家くらいの高さがあるので、6〜7メートルくらいだろうか。それくらい大きな藍色の鎧が何十体と連なって行進している。
「あれは聖鎧です。あなたの国にはありませんか?」
俺は首を横に振った。あるわけがない。まるでアニメの巨大ロボットだ。
「人が乗って動かしているのか? あの鎧は」
「ええ。ですが動かすには一定以上の聖霊力が必要です。あなたなら問題なく動かせるでしょうが」
もちろんわたくしも、とリューネは付け加える。
勇ましく行進するその聖鎧とやらに、民衆が道端から歓声を送り、花を投げる。
「来ますよ、ユーゴ」
リューネが声をひそめて言う。彼方の空、リューネが示す目線の先に、それはいた。
あいつだ。
フィクシュテ神殿で見た、あの巨大な白と金色の甲冑だ。列をなす藍色の鎧よりもずっと大きい。ひざまずいた姿でも巨大だったそれが、手足を伸ばして空を駆けている。
あれに乗っているのは、きっと。……
「聖女ミラーナさま!」
「ミラーナさまの聖鎧だ!」
わーっと歓声があがる。
ありがとう、ありがとう。この国を救ってくれて、暗い時代を終わらせてくれて、希望を灯してくれて。
集まった人々が口々にそう声を上げる。俺は……俺は思わず空を飛ぶ鎧に向かって手を伸ばした。とてもじゃないが届かない。
あたりを見回すと、ぼろい石の塔が目に入る。あそこなら。
「あっ、ユーゴ!」
リューネの声が背中に聞こえる。俺は気づけばその塔に向かって駆け出していた。俺は全力で走った。そうしているうちにもどんどんあの鎧は遠ざかっていく。




