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王女リューネ



「ここまで来れば、しばらくは大丈夫でしょう」

 彼女は椅子の埃を払って腰掛けた。俺はなんとなく座る気にはなれず、家の柱に背中を預けた。


「申し遅れましたが、わたくしの名はリュネット。この国の第一王女です」

 これには流石に驚いた。

 身分の高そうな人間だとは思っていたが、まさかお姫様とは。


「なんでまた、お姫様が追われてるんだ」

「それはこの後説明しますが、まずはあなたの名前が聞きたいですね」

「……すまない。ユーゴだ。ヒラノユーゴ」

「よろしくお願いしますね、ユーゴ」

 そう言って姫様は手を差し出した。握手しようってことだろうか。王族のわりにフランクだ。俺はその握手に応じた。握り返してきた手は思いのほか力強い。


「なぜお姫様が追われているのかと言いましたね?」

 俺は頷いた。この姫様が信頼に値するのかを考えるためにも、気になることだ。


「それを話す前に確認しなければならないことがあります。あなたは聖霊廟のフェダニスという男を知っていますか」

 思いもよらない名前が出てきて、俺は思わず柱に預けていた背を浮かせた。知らないわけがない。この世界に来て初めて出会った男だ。そしてフミヤを殺したミラーナは、フェダニスの手先だった。間違いなくヤツもフミヤの死に関わっている。

 無意識に表情に力が入ってしまったのか、姫様は俺の様子を見て何かを悟ったようだった。


「知っているようですね。そしてあなたは、あの男の手先ではないと見えます」

「……あんなヤツの手先であるもんか」

「結構です。それならばこの先の話ができますから」

 姫様はその細い指を胸の前で組む。まるで祈るようなしぐさだ。姫様は意を決したように小さく息を吐いてから話し出す。


「わたくしはあの男を討たねばならないのです。必ず」

 ……俺は何も口を挟まず、その話の続きを待った。


「あの男。フェダニスは今、このバライバ王国の摂政として権力を振るっています」

 ですがそれは正当なものではありません、と姫様は続ける。

「ユーゴ、あなたはさっきまで水晶の中に閉じ込められていましたね」

「ああ。あんたのおかげで助かったが」

「……わたくしも実は、ユーゴと同じ術で囚われたのです。城の奥深くでね。向こうはわたくしが解呪の聖霊術を使えるとは知らなかったようです」


 ことは1ヶ月前、聖女ミラーナ一行(つまりは俺たち4人だ)がフィクシュテを封じた邪神を倒したところまで遡る。……つまり、俺はフミヤが殺されてから1ヶ月あの水晶のなかにいた事になるようだ。


「1ヶ月前……先代のバライバ王だったわたくしの父が身罷りました。強く健康で病気一つ持っていなかったはずが、突然に。……それからです。あの男が大きな顔をし始めたのは」

 姫様はきれいな顔を悔しそうに歪める。俺は「それで?」と続きをうながした。


「わたくしの兄が後を継ぎ、王となりました。兄はまだ王となるには若すぎるため、摂政がつきました。それがフェダニスだったのです」

 そう姫様は吐き捨てた。聞けばフェダニスは先王の甥だという。そう言われれば偉そうだったのは納得だ。


「兄が王位を継いでから、わたくしは兄に一度も会えていません。それどころか、公の場にも何かと理由をつけて出てこない始末」

「それはずいぶんと怪しいな」

「ええ。……そしてわたくしは昨夜フェダニスのもとを訪ねました。わたくしの考えが杞憂であるのなら、ひと目兄に会わせて欲しいと頼んだのです。けれど……」

「そこで襲われて、あの石に閉じ込められたんだな」

「……そうです」


 それならば、フェダニスは姫様の疑惑をほとんど肯定したも同じだ。先代の王様の死にはフェダニスが直接あるいは間接的に関わっていて、姫様の兄さんを不当に拘束している可能性が高い。


「そのとき姫様に術をかけたのは、もしかして聖女ミラーナか?」

「そうです。間違いありません」

 なるほど。そうであれば、こちらにも事情が少し見えてくる。


「わたくしは、……フェダニスを討ち、兄を救ってこの国を取り戻します。必ず。……だから」

 姫様は優雅な姿勢で椅子に腰掛けたまま、意思のこもった真っ直ぐな目で俺を見る。

「わたくしの騎士として供をなさい。勇者ユーゴ」

 勇者と、姫様は俺を見てそう呼んだ。その響きはフェダニスたち聖霊廟が俺たちをそう呼んだものと同じだ。姫様には俺の素性がある程度わかっているのだろう。


「……あんた、どこまで知っている?」

 姫様は答えず、穏やかに笑う。

「次はあなたがお話する番ではありませんか?」

 そう言われてしまえば、俺だけ何も事情を明かさないというわけにはいかない。


 俺はフェダニスに召喚されてからのことを包み隠さず話した。

 フミヤのこと。ミラーナとジュゼッタのこと。フィクシュテ神殿の邪神と巨大な甲冑。あの1ヶ月の旅。……その終わりについても。最後の方は怒りを抑えて話せた自信がない。


「目的はだいたい一緒だ。あんたが供をしろというなら手を貸す。……だが、ミラーナは俺にやらせろ。あいつだけは俺が殺す」

「……いいでしょう。目的を果たした後、聖女ミラーナの処遇に関してはあなたに一任します」

「ならば、協力関係成立だな。姫様」

「姫様はおやめなさい。外では目立ちますから。わたくしのことは、そうですね……リューネとだけ呼んでください」

「わかった。リューネ」



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