ミラーナの回顧録
それからわたしは、リュネット姫様と一緒にラント砦に向かいました。もちろんユーゴとフミヤも一緒です。わたしたちは首なしフィクシュテとダファティにそれぞれ乗って、その場所まで急いだのです。そうでなければ攻城戦で余計な犠牲が出てしまうかもしれません。
リュネット姫様は政治面から、わたしは聖霊廟の信仰を司る立場から、停戦に向かって動きました。
浄化の聖霊フィクシュテは悪い司祭フェダニスに操られて戦争を煽ることに利用され、それを憂いた戦場の聖霊ダファティが見かねて地上へ降臨し、フィクシュテを助けるためにフェダニスを成敗し……、この辺りの物語はフミヤがうまく作ってくれて、わたしはそれを皆にそれっぽく話すだけでよかったのです。
そうして争いの気配が収まっていくと、わたしは自分でも意外なほどホッとしていました。
そもそも、わたしは孤児だったのです。このまま本格的に内戦が始まってしまえば、親を亡くして路頭に迷う子も出てくるでしょう。その子達がどんな大変な目に遭うか、わたしはよく知っています。
だからといって、フェダニス様がこの混乱を引き起こし、メガリディアに戦争を仕掛けたのも、それによって既にたくさんの死傷者が出たのも無かったことにはなりません。もちろんわたしがそれに加担したという事実もです。
けれどわたしはリュネット姫様や王様から罰せられることはありませんでした。というのも、姫様によるとこうです。
「あなたの処遇はユーゴに一任しています。それがユーゴに力を借りると決めた時の約束でしたから、彼がいいというのならわたくしにあなたを罰する権利はありませんよ」
では当のユーゴはどうかといえば、……。
「落とし前はフェダニスにつけてもらった。フミヤも生きてたことだし、あんたの罰とかは正直もうどうでもいいんだ。リューネと王様が許すって言うんなら、あとは自由に生きたらいいんじゃないか」
……と言いました。
ならばこれからは好きに生きようと割り切ることは、わたしにはできませんでした。
そもそも、わたしには自由に生きるとはどういうことなのかがわからなかったのです。これまでフェダニス様の命令を守ることだけが全てだったのですから。
わたしたちは「ことが落ち着くまでは」とバライバ王都、宮殿の一室に滞在していました。ユーゴとフミヤ、それにジュゼッタもいます。
そう、ジュゼッタは生きていたのです。
わたしがあの時放った聖霊術は、わたしが使える中でもっとも威力が高く、しかもフィクシュテの核石によって力が増幅されていました。わたしはきっとジュゼッタを殺してしまったに違いないと絶望していたのです。
「ユーゴが助けてくれたんだよ。だからもう気にしなくていい」
そう語るジュゼッタの外見には、もうわずかな包帯やガーゼが残るのみです。ユーゴがよほど完璧に治してくれたのでしょう。そうでなければ、わたしはもうジュゼッタと話すことは叶わなかったでしょう。
「ごめんなさい、ジュゼッタ……わたし、あなたに取り返しのつかないことを……」
「ミラーナ、全部終わったことだよ。ボクは生きてるし、もういいじゃない」
お茶でも飲もうよ、とジュゼッタがケトルに手を伸ばし、ティーポットにお湯を注ぎます。ここは宮殿の客室ですが、ティーセットはジュゼッタが用意したものでしょうか。素朴で使うのに気後れしないで済むもののように見えます。
「何にせよ、良かったよ。フェダニスは捕まったみたいだし、これでもうあなたは自由だ」
「自由……」
ジュゼッタもユーゴと同じようなことを言います。
「自由ってどういうことなのかな。わたし、これからどうしたらいいんだろう」
ジュゼッタは答えず、静かにお茶を注ぎます。立ちのぼる香りがわたしの胸を少しだけなだめてくれる気がしました。
「やめちゃおうか。聖霊廟」
「……え?」
「聖霊廟も聖女も、もうやめよう。ミラーナ、これまで生きてきて一番楽しかったことって何?」
「え、えっと……」
急に問いかけられて、わたしはうまく飲み込めないまま考えました。
「ジュゼッタと、ユーゴとフミヤと……みんなで旅をしていたときが一番楽しかった」
今でも夜ベッドに入って、あの頃の冒険を思い出すことがあります。後ろめたいことをたくさん抱えた旅だったけれど、あんなにわくわくする冒険は初めてでした。
「じゃあ、さっさと聖霊廟なんてやめて、ボクと旅に出よう。人数は減っちゃうけど……きっとそれはそれで楽しいと思う」
それは……わたしは思わずその旅を想像してしまいます。見知らぬ場所をジュゼッタとふたりで冒険する……それは確かにとても楽しそうです。
「でも……いいのかな。まだやらなきゃいけないことがたくさんあるのに……」
フェダニス様の起こした混乱はまだ収まったとは言えません。フェダニス様の計画に加担した者として、わたしはこの事態に収拾をつける義務があるように思います。
「いいよ、そんなのは。聖霊廟の爺様方にやらせよう。普段あれだけ偉そうにしてるんだ。こういう時くらい役に立ってもらわなくちゃ」
それにね、とジュゼッタはさらに付け加えます。
「聖霊廟を出たら、サトラの夜の祈祷もやらなくていいし、お肉やお菓子だって好きに食べていいんだ」
……とても魅力的なお誘いでした。わたしは夜遅くまで起きているのは苦手だし、太るからと言って食べさせてもらえなかったけどお肉もお菓子も本当は大好きでした。
「わ、わたし、……陽が出る前に起きてお祈りをするのはもう嫌だわ」
「あなたは朝が弱いからね」
「聖霊学以外の本だってもっと読みたいの」
「いろんな場所の図書館や古本屋を巡ってみるのも面白いかも」
ジュゼッタはお茶を飲み終わると「じゃあ行こうか」と立ち上がります。
「どこへ行くの?」
「実はリュネット殿下から命令を受けてるんだ。ユーゴとフミヤを連れて、フィクシュテ神殿まで聖鎧フィクシュテを運ぶこと……ってね」
そういえば、王都の鍛治職人たちが聖鎧フィクシュテの頭を修理したと聞いていました。フィクシュテの浄化の力を国中に行き届かせるのに一番いいのがあの神殿ですから、これは大切な任務です。わたしもティーカップを置いて立ち上がりました。
「楽しみです。またみんなで旅ができるのね」
「今度はフィクシュテがあるから、すぐ着いてしまうよ」
そうしてわたしたちは聖霊廟には何も告げず、姫様の命令に従って王都を旅立ちました。
手紙の一通くらいは残した方がよかったかしら。
でも、いいですよね。どうせ何を言ったって、止められるに決まっているんですもの。




