別々の道
事態が落ち着くまでは、およそ1ヶ月以上の時間を要した。
とはいえ、俺はほとんど働いていない。それ以降戦闘がほとんど起こらなかったからだ。
ラント砦で籠城していた影武者のフェダニス率いる軍は、リューネやメガリディア太守の働きかけで降伏した。それからリューネは軍を率いて王都に戻り、フェダニスの手先に囚われていた兄さんを救出した。
このめちゃくちゃな状況から新たな秩序を作り出すのは大変な仕事だ。まあそこはリューネの兄さんの頑張りどころだろう。妹に大変な苦労をかけたのだから、それくらいは働いてもらわねば困る。
そして今、俺とフミヤはあのフィクシュテ神殿にいる。
首なしだったフィクシュテは綺麗に修理され、今は元通りの荘厳な姿を取り戻していた。神殿内部には、他に人影はない。俺とフミヤの足音だけががらんどうの神殿の中に響く。
「ユーゴ、本当にこれでよかったの?」
「くどいな。もう決めたことだろ」
フミヤは「そうだけど」と応えながらもまだ不満そうだ。
「心配だよ。君をこの世界に残して、僕だけ帰るなんてさ」
俺たちは聖鎧フィクシュテの前で立ち止まった。
ひざまずいた姿で鎮座するフィクシュテを前にしているというのはフミヤが殺されたと思ったあの瞬間と同じで、なんとなく気分が良くない。
「じゃあ、お前は帰りたくないのか」
「そりゃあ……帰りたいさ。両親もお姉ちゃんも急に僕がいなくなって悲しんでるだろうし、僕だってあっちでやり残したことがいろいろある」
「だったら、もうこれ以上は言いっこなしだ。だいたいあの時勝ったのは俺だろ。おとなしく言うことを聞け」
「……わかったよ」
フミヤは苦々しい顔のまま頷き、手をフィクシュテの核石に向けて掲げた。
すると、あの時と同じように核石の内部から光輝く剣が現れ、フミヤの手に収まる。
「経験者から忠告しておくけど、結構ちゃんと痛いから歯を食いしばっておいてね」
「いいからさっさとしろ」
「はいはい。……じゃあやるよ」
フミヤは剣を一度引き、勢いをつけて一気に俺の胸を突き刺した。
「ぐっ……!」
熱い痛みと衝撃が襲い掛かる。剣を引き抜かれ、俺はその場に思わず膝をついた。……痛みは一瞬で、波が引くように遠ざかっていく。確かにちゃんと痛い。仕組みを知っていなかったら死んだと思ったかもしれない。
顔を上げると、これまでフミヤがうっすら纏っていた光が弾けて消え、不思議な金色に光っていた髪と瞳が見慣れた黒に戻っていく。
それと同時に俺は奇妙な感覚に襲われていた。
まるで聖鎧に乗っている時のような、聖霊力を常に吸われているような感覚だ。しかしダファティ以上に多くの力を持っていかれる感じがする。
「最初は慣れないよね。浄化の聖霊術の維持のためにだいぶ聖霊力を使わされるんだ。その状態だと聖霊術は普段の半分も使えないから気をつけて」
「……それも経験者からの忠告か?」
「まあね。そのせいで僕は君に負けたようなものだし」
根に持っているらしい。何はともあれ、これでフィクシュテの生贄役は交代完了だ。フミヤが膝をついたままの俺に手を差し伸べてきたので、その手を掴んで立ち上がる。自分の髪をつまんで見てみると、金色に光っていた。
「じゃあ、そろそろお別れだな」
「……うん」
俺はフィクシュテの核石を媒介に、フミヤに習った「帰還の聖霊術」を唱え始める。
「ごめんね、ユーゴ。君の気持ちを聞かないで、勝手なことをした。ミラーナさんやジュゼッタさんを利用するような形になっちゃったし、君の言うとおり、僕が間違ってたと思う」
俺とフミヤの聖霊力が、フィクシュテの核石に増幅されて渦巻く。
「僕はこれが永遠の別れだとは思ってない。いつか僕はまたこの世界に来てみせる。フィクシュテの機構を研究して改善するんだ。きっと君をこのままにはしないって約束する」
「……期待しないで待っておく」
「そこは期待してくれよ」
フミヤがもし本当にフィクシュテのシステムを改良してくれるなら、俺たちのような目に遭う奴はいなくなるし、この世界の人間が邪神や瘴気なんてものに悩まされる必要はなくなる。期待はしていないが、そうなったらいいなとは思った。
「なあ、……フミヤ」
「なんだい」
……本当は、最後に聞こうと思っていたことがあった。だが、フミヤがこれを永遠の別れじゃないと言うのなら、これを聞くのはやめておこう。代わりになんて言うのがいいか考えたが、思いつかない。……まあ、いつも通りでいいか。
「……また遊ぼうな」
「もちろんだ。僕に付き合ってくれるのは君くらいだからね」
「お前はいつも周りのことを考えないで突っ走るから爪弾きにされるんだ。今回身に染みただろ。これに懲りたら人の気持ちをちゃんと考えろ」
「君、最後だと思って言いたい放題だな。僕だって傷つくんだよ」
そんなことを話しているうちに、術が完成してしまう。
渦巻く力がフミヤに降り注ぐ。その姿が、急速に光の渦へと飲み込まれていく。
「またな」
「うん。またね、ユーゴ」
いつもの放課後と同じ別れの挨拶を交わす。
そして一瞬、強い閃光が神殿全体を白く照らし……そして、その光が収まった時、俺は一人でフィクシュテの前にいた。
自分の呼吸音、身じろぎした時の衣擦れの音。そういった音がやけに大きく感じた。
フミヤの姿は跡形もない。あいつの術式は完璧だとミラーナも言っていたし、ちゃんと元の世界に帰れていることだろう。
俺はフィクシュテを見上げる。これから、俺はこいつと共にこの世界が瘴気に呑まれないよう、浄化の力を使い続けることになる。
「フミヤ、俺たちはずっと友達だよな」
フィクシュテは何も答えない。
だが、俺の中にいるフミヤが「当たり前だろ」と答えてくれた気がした。




