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旅の終わり



「うわっ、……ユーゴ、一応聞くけど殺してないよね?」

 フミヤは部屋に入ってくるなり、そんなことを聞いてくる。フミヤの目線の先では、フェダニスが白目を剥いて伸びていた。その顔があまりに壮絶なものだから、勘違いするのも無理はない。


「殺してない。こいつが勝手に気絶しただけだ」

 俺は短剣の鞘を拾い、納刀してから机の上に置いた。

 元からリューネにもフミヤにも「聖霊廟側の説得が難しくなるから殺すな」と言われていたし、実際一発ぶん殴って気絶させるだけのつもりだったのだ。それがなにを勘違いしたのか……まあ殺されると思ったのだろう。フェダニスは俺がぶん殴るよりも早く失神してしまったのだ。恨みを買っている自覚はあるようで何よりだ。


 俺たちはあの戦いのあと、揃ってアレンハームへとやってきた。

 フミヤの使う幻術で街から城へと忍びこみ、手分けしてフェダニスの居場所を探したのだ。リューネやミラーナがいるならコソ泥のような真似をせず正面から堂々と入ることもできたのだが、リューネが「時間を稼がれて逃亡されると面倒なので不意打ちでいきましょう」と言ったのでそうなった。


 やがて別の場所を探していたリューネもこちらに合流する。リューネは倒れたフェダニスを一瞥し「よくやってくれました」と一言言って、その指を振り上げた。聖霊術が発動し、フェダニスの胴体と口元が蔦のようなものでぐるぐるに縛り上げられる。容赦がない。

 ……ここからはリューネがこのオッサンを使って、政治的な働きかけで事態を解決していくことになるのだろう。逆賊フェダニスの野望はここに潰えて、リューネと俺の約束も一つ果たされたと言える。


「アレンハーム太守を呼んで、この場の始末をつけましょう。ですがその前に……聖女ミラーナ、なにか思い残したことはありますか」

 リューネはミラーナに向き直って尋ねる。

 まあ、……このままことが進めばフェダニスは政治犯扱いだ。俺にはこのオッサンが今後どのような処分を受けるかはあまり想像がつかないが、少なくともまずは牢屋行きだろう。そうなれば個人的に会うことはかなり難しくなるはずだ。


 ミラーナは静かに涙を流していた。

 リューネに声をかけられて、ようやくうつむいた顔をあげた。そしてその指にはめていたあの指輪をゆっくりと外す。


「……いいえ。もういいんです」

 ミラーナがその指輪を机の上……銀色の短刀の横に置く。

 それを見てフミヤが「それは君の大事なものじゃなかったの?」とミラーナにたずねた。俺にも見覚えがある。ミラーナはこのピンクの石がついた指輪をいつも指にはめていた。


「これはわたしが子供の時、わたしを引き取ってくださったフェダニス様にもらったものだったのです。『この指輪は大昔の王女様の持ち物だ。加護の聖霊術が込められているから、危ない時はきっとミラーナを助けてくれる』と……」

 おそらくはかつてフェダニスに言われたのだろう台詞を、ミラーナはすらすらと口にする。

 フミヤは机の上に置かれた指輪を覗き込んだ。


「僕にはアクセサリーのことはよくわからないけど、あんまり高級品には見えないね。少なくともこのピンクの石は聖霊力を込められる核石ではないと思うけど……お姫様、これは宝石としては本物なのかな?」

 フミヤはリューネの方に聞いた。リューネはフミヤがあまりにデリカシーがないのでやや引いているように見える。しかし言われるがままにリューネもその指輪を眺めた。


「……宝石はおそらくイミテーションですし、台座やリングの部分も貴金属ではないように見えます」

 つまりは安物ということか。フェダニスは王位継承権を持っているくらいの貴族だというし、その気になれば王女の持ち物という設定に相応しい指輪を用意することだってできただろうに。


「わたしだって薄々分かっていました。この指輪が安物だってことも、フェダニス様のお話が嘘なんじゃないかってことも。だってこの石は核石じゃないし、宝石としても綺麗じゃない。わたしはたくさん危ない目にあったけど、加護の聖霊術なんて一度も発動しなかった」


「ずさんな嘘だな……」

 子供の頃のミラーナなら騙せても、成長すれば見破られるに決まっている。

「フェダニスが負けた理由が詰まっていると言えるよね。この指輪は、言ってみればミラーナさんの忠誠を得るための大事な小道具だろ。王女の逸話が嘘にしても、王女に相応しい格の指輪を用意するか、せめてフェダニスがその指輪をあげたことを覚えていたなら、ミラーナさんだってもう少しフェダニスを庇ったかもしれないのに」


 フミヤが肩をすくめる。なんにせよ、ミラーナもフェダニスには愛想が尽きたようだ。結構なことである。

 俺はミラーナが机の上に置いた指輪を拾い、ミラーナに差し出した。


「もらっておけよ。安物なんだろうが、質屋に売ったら小遣いくらいにはなるんじゃないか」

 ミラーナはきょとんとした顔をして、それからおずおずと指輪を受け取る。


「そうですね……そのお金で、みんなで美味しいお茶でも飲みましょうか」

 そういえば、俺たちはこちらの世界で保存食か宿場の粗末な飯くらいしか食っていない。

「落ち着いたらそれもいいかもな」

 とはいえ、……これだけの騒動が落ち着くまでにはどれくらいかかるんだという話だが。



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