決着
俺たちがテントを出た時、外は夕暮れの時刻だった。
俺がジュゼッタを助けて倒れたのは昼前だったので、意識を失っていた時間は思っていたより長くないようだ。
キャンプ地では兵士たちが慌ただしく動き回っている。
本軍はこのまま敵軍の残党を追ってラント砦へと向かうとのこと。
「リュネット、それにユーゴも。これからアレンハームへ向かうのか」
ダファティに乗り込む直前、俺たちは戰装束のオルハに声をかけられた。
「砦を攻めるのは大変だから、できればやりたくない。本物のフェダニスを確保してくれれば降伏を迫る材料にもなる。よろしく頼んだぞ」
「任せておけ」
これ以上フェダニスの起こした戦いで人を死なせるわけにはいかない。そう思って答えると、オルハは目を丸くしてまじまじと俺の顔を見てくる。
「……なんだ」
「いやあ、腹が決まったようだな。いい顔になったじゃないか」
オルハはそう言ってうんうんと勝手に納得している。
「フィクシュテは飛行能力がない他の聖鎧を随伴させて進んでいるから歩みは遅い。ダファティで飛んでいけばアレンハームに着くより前に追いつけるはずだ」
「わかった」
それから俺たちはエルバローナ村のキャンプ地を出発し、ダファティに乗ってアレンハーム方面へと飛び立った。リューネのナビゲートに従ってローナ平原を横断する。夕焼けで黄金色に染まった空は次第に赤に変わり、やがて紫へと近づいていく。
そして遥か地平の彼方、白く巨大な聖鎧フィクシュテの姿が見えた。
フィクシュテは数体のオルドーネを連れて街道沿いを進んでいた。向こうも俺たちの存在に気づいて振り返る。フィクシュテは身振りで周囲のオルドーネに先へ進むよう促し、彼らの進路を背に俺たちの前へ立ちはだかった。
『……もう追いつかれちゃったんだね』
「どうしましょう、フミヤ……!」
『僕が戦うよ、ミラーナさんはさっき聖霊力を使いすぎた』
フィクシュテの中で2人が交わしている言葉は俺たちにも聞こえている。隠す必要もないと思っているのだろう。
『そういうわけだ、ユーゴ。やるなら今度は僕とだ』
フミヤの声がそう言う。
俺はすぐには答えなかった。ダファティの手に持たせたスフェーンの杖を見て意を決し、それから口をひらく。
「俺に提案がある」
『提案……?』
「俺はもう、目的が達成できるならお前たちの命までとろうなんて気はない。それはお前たちもそうだろ」
俺がそう言い切ると、フミヤは「そうだね」と肯定する。
「だが主張がすれ違っている以上、決着はつける必要がある。だからこうしよう。俺たちはこの聖鎧で戦う。聖鎧の核や操縦席には攻撃しない。聖鎧の頭へ先に一撃加えた方が勝ちだ」
フミヤたちはしばらく黙る。目の前のフィクシュテは頭部が半分欠けている。先ほどの戦いで俺が加えた攻撃のためだ。
『……わかったよ。君が望むならそうしよう』
フミヤはそう口にし、言い終わらないうちにフィクシュテの手がダファティの頭部を瞬時に殴りつけようとした!
俺は咄嗟に避ける。一瞬前までダファティの頭部があった場所では爆発が起こっていた。殴るだけでなく同時に聖霊術まで発動させていたらしい。容赦のないやつだ。
俺はスフェーンの杖に力をこめる。俺はジュゼッタの回復に聖霊力を使い果たし、その回復が追いついていないため光の刃は短剣ほどの長さにしかならない。しかしフィクシュテも俺が頭の半分を吹き飛ばしたから、その動きには昼の戦いの時ほどのキレはない。
『やろう、ユーゴ。僕に勝てるつもりでいるのならね』
「ほざくなッ!」
安い挑発だ。だが俺はそれに乗ってフィクシュテを攻撃する。スフェーンの杖で斬りつけるも、間一髪のところで避けられた。すぐさま黒い槍のようなものがダファティの首元すれすれを突き抜けていく。フミヤの聖霊術だ。
「フミヤ!」
次々に飛んでくる聖霊術の大技を避けたり弾いたりしながら、俺はフミヤに呼びかける。
「これだけは言っておく! 俺はお前に助けられてまで元の世界に戻りたいなんて思っていない! 頼んでもいない!」
『そうだね。……君はそう言うと思っていたよ』
「わかっているならどうしてだ」
俺はフィクシュテに急接近し、その右腕をつかんで問いただす。
力はかなり拮抗している。逆にダファティの右腕がフィクシュテに掴まれ、組み合いとなる。
『ユーゴはこの世界で生きていくには向いていないよ。こんな戦いばかりの世界は君に相応しくない。元の世界に帰って、平和に暮らす方が君にはずっと似合ってる』
「それをお前が、勝手に決めるな!」
俺は膠着状態を打破するために、ダファティの足でフィクシュテを思い切り蹴り付けようとする。フミヤはそれを察したのか、わずかにダファティを掴んでいた力が緩んだ。その隙をついて俺は叫ぶ。
「リューネ、頼む!」
「任せなさい!」
リューネの放った炎の壁が、フィクシュテとダファティの間を隔てる。ダファティ自身も炎のダメージを負うが、この際仕方がない。
仕切り直しだ。俺は短剣状のスフェーンの杖を振りかぶってフィクシュテの懐に飛び込む。
しかしその切先は、フィクシュテの起こした竜巻のような暴風によって大きくぶれる。その暴風の術はダファティの装甲を深く斬り刻んだ。どうにか頭は無事だ。
俺は杖を握り直し、再びフィクシュテの頭にそれを突きつけようとする。それがフィクシュテの頭部に届く寸前に、今度は防御の聖霊術にそれを阻まれる。けれどその術はかなり弱まっていて、攻撃が弾かれるほどではない。
俺はその聖霊術が作り出した防御壁にスフェーンの杖を突き立てたまま、強引にその壁をぶち破ろうとする。
「ユーゴ、どうして拒むんだ! 僕の覚悟はもうできてる。僕に任せてくれたら、あと少しでうまくいくんだ!」
「お前のやり方じゃ誰も幸せにならない…… 俺も、ミラーナも、ジュゼッタも、この国の人もお前の家族も……それにフミヤ、お前自身もだ!」
その瞬間、フミヤの展開していた防御壁がひび割れて壊れる。
スフェーンの杖が作り出した光の短剣が、フィクシュテの半分残った頭を打ち砕いた。
⚫︎
「……僕の負けだ。ユーゴ」
陽の沈み切った街道に首なしのフィクシュテがゆっくりと着地する。
その胸の中心の核石から、まるで水面から浮かび上がるように、フミヤは姿を現した。金色の髪と瞳、白い衣装を身にまとった彼は、淡い光を放ちながら亡霊のように宙に浮いている。
「お前なのか、フミヤ」
ダファティ越しに見るフミヤは、夢や幻術で見た姿より更にハッキリとしている。
「もちろん僕さ。君の親友のフミヤだよ」
俺はダファティを降ろし、操縦席の扉を開く。
目の前に浮かんだフミヤは俺のすぐ目の前に降り立った。俺がその肩に触れると、……たしかに実体がある。もちろん微かに体温を感じるし、胸に風穴が空いたりはしていない。
「……生きてる」
「ずっとそう言ってるだろ?」
フミヤは顔を横に傾けて笑う。こいつのいつもの仕草だ。
「ミラーナさん、どうやらユーゴはもう怒ってないみたいだ。君も降りてきなよ」
フミヤはフィクシュテの方を振り向き、呑気な声でそう言った。別にもう怒ってないわけじゃないが……まあ、ミラーナを殺してやろうと思っていた当初ほどの怒りはもう失せていることは確かだ。
フミヤの声を受けても、フィクシュテの操縦席の扉は開かない。ミラーナも黙りこくったままだ。
「……ユーゴとお姫様が僕たちを追いかけてきた以上、僕たちがなぜアレンハームに向かっていたのかはバレていると思った方がいい。となれば僕たちがここで勝とうと負けようと関係ない。聖霊廟の負けは遠からず決まるよ。ここからはどううまく負けるかって方向に舵を切った方がいい」
フミヤはずけずけとそんなことを言う。数秒の沈黙の後、フィクシュテの操縦席がゆっくりと開き、そこに座って俯いたままのミラーナの姿があらわになる。長い髪をきつく結んだ勇ましい騎士のような格好だ。……ミラーナの性格を考えると似合っているとは言いがたく、なんだか痛々しいとさえ感じさせる。
「わたしに、……わたしにフェダニス様を裏切れと言うの……?」
陽の落ちた薄闇の中、色素の薄いミラーナの姿がぼんやり浮かんで見える。
「それが一番いい収め方だと思うよ。フェダニスをこのお姫様に差し出して、砦に籠城してる味方には降伏してもらう。それが最もダメージの少ない負け方だ。もちろんフェダニスはただでは済まないだろうけど、もともと彼が始めた戦いだ。それくらいの責任は取ってもらわないとね」
フミヤの言葉に、ミラーナの顔色が青ざめた。彼女が蚊の鳴くようなか細い声で「だめよ」と微かに言ったのが、かろうじて俺の耳にも聞こえた。
俺にはフミヤの言い分が正論のように思える。ミラーナがフェダニスをかばいたがる事情は知らないが、フェダニスにはこれだけの大ごとを引き起こした責任を取らせる必要があるだろう。
「ミラーナ。フェダニスは、あいつにとって一番大事な戦いの指揮を影武者に任せて安全な場所に引っ込んでいるような奴だろ。そんな臆病者が、あんたの忠誠を捧げるに値する男だとは思えない」
俺がそうフミヤの言い分に付け加えるも、ミラーナはうつむいたまま何も言わない。ミラーナがどう言おうともう勝敗は決したし、俺とリューネはフェダニスを捕まえにアレンハームへ向かうだけなのだが。
「まあ、いいさ。ならミラーナさん。ひとつフェダニスを試してみよう」
「……試す?」
また何か、フミヤが妙なことを言い出す気配がする。
「ユーゴの言ったようにフェダニスが君の忠誠に値する主君かどうか試してみるのさ。君がフェダニスをかばうか、それとも彼を売って味方を助けるかは、その結果を見てから決めればいい」




