本当の願い
「目が覚めましたか」
気がついた時、俺は暗いテントの中にいた。
俺はテントの地面に敷いたむしろに寝かされているようだ。目を開いた俺の顔をリューネが覗き込んだ。……気分が悪い。タルマイヤ坑道で治癒術を使いすぎて倒れたあの時と一緒だ。
「ジュゼッタは生きていますよ。あなたの力のおかげです」
リューネはそう言ってテントの一角を視線で示した。
俺は重たい体を起こした。俺と同じようなむしろにジュゼッタが寝かされている。その体にはあちこち包帯が巻かれているが、顔色はさほど悪くなく、きちんと息をしているのがわかった。
……フィクシュテが飛び去った後、俺は壊れたオルドーネの中からジュゼッタを探し出し、ほとんど死にかけていた彼女をありったけの聖霊力を込めた治癒術で回復させた。とはいってもあと数分遅れたら間に合わなかったと感じるほどひどい怪我だった。全てを一瞬で回復させるなんてことは俺でもできなかったのだ。
どうにかすぐには死なない程度まで治し、他の治癒術士がいる後方まで連れて戻った。そこからは俺も記憶がないので、たぶん倒れたのだろう。
疲労感は強く残っているのに、不思議と戦う前よりも頭の中ははっきりしている。なんでジュゼッタを助けるような真似をしてしまったのか、はっきりと結論が出ていた。
「俺は、もうジュゼッタを、ミラーナを殺したいとは思えない……」
前は100回殺しても足りないと思っていた。
だがミラーナの悲鳴を聞き、ジュゼッタの最後の言葉を聞いて「俺がしたかったのはこんなことじゃない」と気づいたのだ。
リューネは「ええ」と否定も肯定もせずただ頷いた。まるでリューネは俺より先に気づいていたとでも言わんばかりだ。
「ですが……ユーゴは腹を立てて当然だとは思いますよ。誰も彼も、あなたの気持ちを無視し過ぎています」
そう言われて、俺はこれまでのことに自分自身がどう感じたかを思い返してみる。
フミヤのたくらみ、ミラーナのやったこと、ジュゼッタの行動、フェダニスたち聖霊廟のやり方。……
どれも思い出すほど苛立って仕方がない。
俺は床を殴って思わず怒鳴った。
「勝手なんだよ! どいつもこいつも!」
ひとつひとつ思い返すうちにだんだんとハラワタが煮えくり返ってくる。
「誰が元の世界に帰りたいだなんて頼んだ! 誰が庇ってくれって頼んだ! 俺は一度もそんなこと頼んでいない!」
膝にかけられていたぼろい毛布を掴んで床に叩きつける。
「何が復讐は望んでいないからやめろだ! 俺を蚊帳の外に置いて勝手なことをしてたくせに、自分ばっかりもっともらしいことを言いやがって!」
俺はフミヤのことを一番の友達だと思っていた。あいつが刺されて死んだと思った時には心の底から絶望した。フミヤには俺のそんな気持ちは分からなかったのだろうか。それとも分かっていながら、俺よりもミラーナと協力し合うことを選んだのか。
「ミラーナは嘘が下手だった。なにか企んでることくらい、俺だって分かってたんだ。……だが、俺は」
「だが、何ですか?」
リューネに言葉の続きを促されて、俺はおぼろげな考えをまとめる。
「だが、……いつか打ち明けてくれるだろうと思って、信じていたんだ。ミラーナが俺たちと話しているときの笑顔が、嘘には見えなかったから」
あの旅の中で、ミラーナは笑っていた。いつ魔物に襲われるかも分からない歩き詰めの長旅で「お友達と冒険できるなんて楽しい」と笑っていたのだ。
ミラーナが何か隠しているのは分かっていた。企み事があるのも気づいていた。俺がミラーナを追求しなかったのは、彼女が俺たちを「お友達」と言うその様子が、とても嘘には思えなかったからだ。
「あなたは友達を失くして、裏切られて悲しかったのですね」
リューネのその一言で腑に落ちた。
そうか。俺はずっと悲しかったのか。
鼻の奥がつんと痛む。目の前が歪んで、生暖かい雫が目からばたばたと落ちる。
気がつくと俺はリューネに抱きしめられていた。硬質な鎧の冷たい感触を頬に感じる。穏やかなリズムで背中を撫でられると、ますます涙がとまらない。
「……っ、すまない」
なんて情けない。俺はリューネを突き放そうとする。しかしリューネはより強い力で俺を引き寄せる。俺は次第にそれを跳ね除けようなんて気力も無くなって、リューネに身を任せた。
⚫︎
それから俺はどうにか落ち着いて、平静を取り戻した。
人前で泣くなんて物心ついてからは初めてのことだ。激情が過ぎ去ると、とんでもなく恥ずかしい気持ちだけが残る。しかしリューネは何事もなかったかのように振る舞うので、俺もいつも通りに戻ることができた。
「あなたが倒れてからのことを簡単に説明しましょうか」
リューネがそう言ったので、俺は「頼む」と小さく頷く。リューネは空中に指を滑らせ、聖霊力で光の絵をえがいた。ローナ平原とその周辺の地図だ。
「まず、このエルバローナ村での会戦は我が軍の勝利となります。ユーゴ、これはあなたがフィクシュテを撃退してくれたおかげです」
リューネはそう言うが、俺としては実感がない。
「とはいえ、これで完全に決着がついたわけではありません。敵軍の残党は撤退しました。おそらくこのラント砦で王都からの援軍を待ち、体勢を立て直すつもりでしょう」
リューネが地図の中にラント砦とやらの場所と、そこへのルートを書き込む。
「ですが、その途中でフィクシュテと一部の部隊が本体と分かれてラント砦とは別方向に向かいはじめました」
「アレンハームとかいう街の方に向かったんだな」
「おそらくそうでしょうね」
ジュゼッタが言っていたことだ。敵軍の司令官として出陣しているフェダニスは影武者で、本物はアレンハームという街から指図している。
「なら、俺たちはフィクシュテを追おう」
フィクシュテ……ミラーナたちはきっと本物のフェダニスに状況を伝え、指示を仰ぎに行ったのだろう。それを止め、本物のフェダニスを確保することができれば、戦いをより早く終わらせることができるかもしれない。
「あなたは……本当にそれでいいのですね?」
以前も聞かれたことだ。だがあの時と違って、俺の腹はもう決まっている。
「フミヤともミラーナとも、これで決着をつける。……俺の考えを聞いてくれるか」
「ええ。もちろんです」
そして俺は、リューネに俺なりの「決着の付け方」を打ち明けた。
俺が全て話し終わると、リューネは長く細く息を吐く。
「わかりました。それがユーゴの決めたことなら、わたくしはそれを手伝いましょう。フミヤ殿を助けるのも、あなたとの約束の一つです」
「……ありがとう」
俺が望む決着は、俺一人では達成できないだろう。リューネが協力してくれるのは助かる。
「礼を言うべきはわたくしです。あなたのその決断のおかげで、この国は救われるのですから」
リューネは数秒難しい顔で何かを考えて、それから少し困ったように微笑む。
「……本来ならわたくしは王女として、国難を救うあなたに何らかの報酬を約束して然るべきです。けれど、わたくしが用意できるものの中に、あなたが喜びそうなものはないのです」
「そんなものは別にいらない。俺はリューネが協力してくれれば、それでいい」
「そういうわけには参りません。論功行賞をおろそかにしては王族の品格にかかわります」
なんだか面倒くさい話になりそうだ。俺がどう適当に済ませるかを考え始めた時、リューネは打って変わってからりとした雰囲気でこう言った。
「ですからわたくしたち、家族になりましょう」
「……は?」
いきなり何を言い出したのか分からなかった。リューネは俺のそんな様子を見て、「忘れましたか?」と首を横に傾ける。
「あなたに、わたくしの『魂の兄弟』の地位を差し上げたいと思うのです」
俺はしばらく考えて……思い出した。
リューネと旅を始めてすぐの頃だ。俺とフミヤの関係を聞いたリューネが「あなたたちは魂の兄弟だったのですね」と言っていた。このバライバ王国では、魂の兄弟とは血が繋がっていなくても家族のように密接な繋がりのある関係を指し、実際に手続きを踏めば法律上の家族となることもできる。
「どうですか? ユーゴ。あなたにわたくしが差し出せるものの中から、わたくしはこれをあなたに贈りたいのです」
……俺はこちらの世界でも元の世界でも、フミヤがいなければ一人きりだった。だがリューネがいてくれれば、少なくともこちらの世界の俺は孤独じゃなくなる。それは俺がこれからやろうとしていることへの憂いを晴らしてくれるように思えた。
「……俺はずっと、優しい家族がいるフミヤが羨ましかったんだ。だから嬉しい」
「そうですか。ならばあなたに姉上と呼ばれる日を楽しみにしていますよ」
俺の答えに、リューネは冗談めかしてそう言い、満足げに頷いた。
「ではアレンハームへ向かいましょう。わたくしたちの決着をつけるために」




