ローナ平原での戦い
「心の準備はいいですか、ユーゴ」
「もちろんだ」
ダファティに乗り込んだ俺とリューネはそんな会話を交わした。ダファティの目線は地上から大体15メートルくらいのところにある。ほとんど動く物見櫓のようなものなので、戦場の様子がよく見えた。
大砲の音がいっせいに響く。
眼下では戦列を組んだへヴェール杖兵同士の衝突が始まったのが見える。へヴェール杖に仕掛けられた聖霊術はさほど命中精度が高くないらしいが、横一列に並んで撃てばそれなりに命中するものも出てくる。……当たってしまった奴は助かるだろうか。
「大丈夫ですよ。後方には治癒術専門の聖霊術士が控えています。それは双方同じですから、基本的には敵を必要以上に死なせないよう急所以外を狙うのがセオリーなのです」
「……治癒術を使わせないよう一撃で仕留めたほうが戦力を削れるだろうに、なんでそうなるんだ?」
「死んだ人間はそのまま放置できますが、負傷させれば人員を割いて後方に運ばなければなりませんからね。1人殺すよりも負傷者を作るほうが、運搬役も込みで2人か3人多く戦力を削れます」
イヤな算数だ。聞くと、負傷者を捕虜にして身代金をとったりする場合も多いらしい。
「ですが、まったく人が死なないと言うわけではありません。見たくないものを見る覚悟はしておきなさい」
「わかってる」
俺がそう答えたちょうどその時、敵軍の向こうから陽炎のようにゆらめく巨大な聖鎧が見えた。白と金色の装甲が朝日を反射して光る。
「ユーゴ!」
「ああ!」
リューネの声に呼応して、俺はダファティを飛び立たせた。
俺とリューネはこの数日、空いた時間があればこのダファティで空を飛ぶ練習につぎ込んできた。最初こそは滑空しかできなかったが、今は鳥のように自由に飛び上がることができる。
対するフィクシュテもその巨体を大地から浮き上がらせる。
ダファティと違ってフィクシュテの意匠に鳥らしいパーツはなく、ふわりと不思議な力で浮き上がっているように見える。最初は豆粒のような大きさに見えたそれがまさに目前、ダファティの武器であるスフェーンの杖が届く間合いに相まみえる。
「ミラーナ!」
俺はその名を叫ぶ。
スフェーンの杖に聖霊力を込め、光の剣を形づくる。
相対するフィクシュテは僅か数秒の沈黙のあと、か細い声で「……ユーゴ」と発した。ミラーナの声だった。フィクシュテはすぐに俺を攻撃してくるかと思えばそんなことはなく、なぜか戸惑ったように空中で浮かんでいる。
「……フミヤはどこにいる」
俺がたずねると、フィクシュテの腕が、その胸の核石に添えられる。……なるほど、そこか。フィクシュテを動かす聖霊力の源として同乗していることは知っていた。場所さえ分かればもうミラーナと話すことはない。
「覚悟しろ!」
俺は光の剣を振りかざし、フィクシュテの頭部を狙った。人間と違って聖鎧は頭を失ったからといって動きを止めてくれるわけではない。しかし動きに関わる仕掛けの大部分がここにあるのは人間と同じだ。
ダファティの光の剣は、フィクシュテの頸に届く直前で弾かれた。
フィクシュテの前には花のような紋様が盾のように広がっている。これには見覚えがある。フミヤがよく使っていた、防御のための聖霊術だ。
「……フミヤ!」
『させないよ、ユーゴ』
どこからともなく、フミヤの声が響く。
かっと心臓が熱くなる。本当にフミヤは生きていた。このフィクシュテに乗っている。
「邪魔をするなッ!」
……だがフミヤはミラーナをかばった。
俺はふたたび光の剣を振り下ろすが、やはり弾かれる。
『ねえユーゴ。僕は生きているし、復讐なんて望んでいないよ。だから、もうやめよう?』
声が頭の中に語りかけてくる。いつものフミヤの穏やかな声で、まるで言い聞かせるように。
「うるさい!」
頭への攻撃が防がれるなら、次は手足だ。俺は右腕を狙って斬りかかるが、それはフィクシュテにかわされる。
フィクシュテは俺の攻撃を避けた姿勢のまま、左右の手のひらを胸の前で向かい合わせた。これは、ミラーナが聖霊術を使う時の所作だ。
「リューネ!」
「ええ!」
俺がリューネを呼ぶと、彼女はすぐさまダファティを介して聖霊術で炎の壁を作り上げる。フィクシュテの発した光弾はその炎の壁に阻まれ、ダファティは間一髪で直撃を免れた。
それからフィクシュテとダファティは幾度となく切り結ぶ。
フィクシュテの攻撃はまさしくフミヤとミラーナの戦い方そのものだった。高い聖霊力にものを言わせた強力な聖霊術の連打と相手の意表をつく搦め手。俺はどちらもよく知っている。
『どうしてユーゴは戦うの?僕は君を元の世界に戻すために頑張ったんだ。だからこのまま僕に任せてよ』
「……そんなことできるかぁっ!」
俺はひどく苛ついて、スフェーンの杖に思い切り聖霊力を込めた。光の剣は長くしなる鞭のように形を変え、俺はそれを力任せにフィクシュテに叩きつける。
スフェーンの杖から生じたその光の鞭はフィクシュテを強く打ち据えた。フィクシュテは咄嗟に防御の姿勢をとったが、その手甲のようなパーツが大きく砕ける。ようやくだ。ようやくフィクシュテに一撃を与えられた。
「喰らえ!」
俺は再度杖を振り上げてフィクシュテに打ち付けようとする。しかし攻撃を見切ったフミヤがまたもや防御の聖霊術でそれを弾く。
だが俺は覚えている。フミヤの防御の術は強力だが、それを使っている間は別の術の発動ができない。
俺は絶え間なくフィクシュテにスフェーンの杖を振るい続ける。フミヤの術はそれらを全て防ぐ。
こうなれば根比べだ。フミヤの聖霊力か集中が切れるまで攻撃し続ければいい!
『残念だけど、そうはいかないよ!』
フミヤの声が響く。
フィクシュテが俺の攻撃を振り払って空高く舞い上がった。俺はダファティを飛ばしてそれを追う。
「ユーゴ! 迂闊に追ってはなりません!」
リューネの警告も、その時の俺には聞こえていなかった。
フィクシュテのいる高度に追いつこうかという時、俺はダファティ越しに強い重力を感じる。周囲を見回すと、ダファティは紫の魔法陣のようなものに取り囲まれていた。
「……くっ!」
まるで見えない腕で押さえつけられているかのようにダファティは落下し、地面へ叩きつけられる。
一方フィクシュテは地面に縫い付けられたダファティを見下ろして、その右腕を振り上げた。
「わたしだって、ここで負けるわけにはいかないのよ……!」
まるで悲鳴のようなミラーナの声に呼応して、フィクシュテから強い力が放たれ、空中で無数の光刃を生み出した。刃はいっせいにダファティめがけて降り注ぐ。あれを全て浴びればタダでは済まない。
「ダメだ、ミラーナ!」
ジュゼッタの声。落雷のような轟音。ほとばしる光。
その全てがおさまった後、ガシャンと金属が崩れ落ちるような音が響く。
「なっ……!」
「ジュゼッタ! いやあぁぁああっ!」
目の前にはジュゼッタの乗っていた聖鎧オルドーネの残骸があった。手足のパーツは砕け潰れて、胴体には穴があき、黒い煙を発している。
「ミラーナ……」
そう呼んだジュゼッタの声はひどく濁っていた。大怪我を、命に関わるような傷を負っているとその声だけでわかってしまう。
「ミラーナ、だめだよ……あなたが本当にしたいのは、こんなことじゃないはずだ……」
「いやっ、ジュゼッタ、わたし、わたしは……」
フィクシュテが崩れたオルドーネへと無防備に手を伸ばす。
俺は咄嗟にスフェーンの杖をフィクシュテに向かって突き出した。杖から伸びた光の剣はフィクシュテの頭部をつらぬく。
「きゃああぁっ!」
ミラーナの悲鳴が上がる。フィクシュテは大きく体勢を崩すが、それでも倒れない。
『ミラーナさん、ここは退こう』
「でも、ジュゼッタが!」
『彼女なら大丈夫だ。それに、味方の軍が押されてる。このままじゃ敵陣の中で孤立してしまうよ。そうなったらフェダニスのところには戻れないかもしれない』
フミヤの説得に、フィクシュテがフラつきながら飛びあがる。俺はそれを追おうとして、……眼下の大破したオルドーネを見る。ジュゼッタはあれから一言も喋らない。危ない状態なのは明らかだ。
俺はずっとミラーナだけでなくジュゼッタをも恨んでいた。蝕まれた森で対峙した時は殺すつもりだった。だが、状況は変わって……ジュゼッタは俺とリューネを庇って倒れた。
どうするべきだろう。俺はいったい、なにをするべきだろうか。
見失いかけたその時、ジュゼッタが先ほどミラーナに投げかけた言葉が思い起こされる。
……何をするべきかじゃない。俺が本当にしたいことは、……。




