戦いのはじまり
決戦の火蓋はその3日後に切って落とされた。
俺やリューネを含む南部バライバ連合軍は、ブレンローナ村から南へ軍を進め、エルバローナ村へと到着した。
エルバローナ村はブレンローナ村と何ら変わらない一般的な農村だ。広大な農地、その東には大きな川、西には山、南北を塩の街道が貫いていた。
現在の南部連合軍の兵力全てを展開すると、このエルバローナ村東西の山と川の間、軍が通行できるエリアを全て塞ぐことができる。そうやって向こうの軍を迎え打つという作戦らしい。
そうすると、収穫時期をまだ迎えていないこの麦畑は踏み荒らされるだろうし、村はすでに防御陣地を作るために柵が立てられたり穴が掘られたりと散々な有り様だ。しかもその柵の材料は村の家屋をいくつか取り壊して確保したモノである。まったく庶民にとって戦争なんてのはロクなモンじゃないということがよく分かる。
そうしてある日の夕方、フェダニス(影武者だが)の軍がまんまと接近してきたと伝令が知らせた。
それを知り、南部バライバ連合軍の実質上の総大将であるイスミルはすぐさま軍を動かした。そして、伝令からの情報が届いた翌朝、軍は作戦通りにエルバローナ村の東西に布陣を完成させた。
「……聖鎧の数だけ見れば、敵方の戦力の方が優っているように見えるが、所詮は見せかけだ。兵の数や精強さ、将の勇猛さに関して我ら南部に勝るものはない。必ずや逆賊フェダニスの軍を打ち破り、その勝利を我らの聖霊と姫君に献上しようではないか!」
夜が明けて間もない戦場で、イスミルが最後の作戦説明と訓示の後にそう宣言した。各部隊の将は「おお!」と気勢をあげる。
イスミルのいう「姫君」なるところのリューネは白銀の美しい甲冑を身にまとっている。その顔には戦場だというのに化粧がほどこされており、男ばかりの戦場にあってはその身分を差し引いてもまさしく「姫君」といった風格だった。
その姫君が、静かに一歩前に出る。ゆっくりとした瞬き。それが終わる前に、一同はすっと静まり返る。
「……我々は、ここに至るまで数多の苦難を乗り越えてきました」
リューネの言葉に、その場にいる将兵たちはこれまでの行軍のことを思い起こしただろう。しかし俺はこのあの王都の地下からこのエルバローナ村に到達するまでのことを思い出していた。もしもあの時リューネが俺の近くを通らなければ、俺は今頃フミヤのたくらみ通りに元の世界に送り返されていたかもしれない。そんなもしもを思うと身震いしそうになる。
「すべては今日、この日の決戦のため。王国の未来はこの一戦にかかっています。わたくしたちには戦場の聖霊ダファティのご加護があります。必ずや敵を打ち破り、南部の緑の軍旗によって、国王陛下を救いに参りましょう!」
メガリディアの将兵たちから先ほどよりも大きな声が上がる。
リューネがちらりとこちらを見るが、万が一にも話を振られたらたまらないので目をふせる。リューネがかすかに苦笑する気配がした。
「やあユーゴ! その格好も似合っているじゃないか」
俺がその場を去り、聖鎧ダファティの操縦席にでも戻ろうとした時、聞き慣れた騒がしい声に呼び止められた。
オルハだ。彼は例の吟遊詩人じみた格好でも、神殿で聖鎧を直していた時の大工のような格好でもなく、父親の太守イスミルと同じく甲冑に深緑のマントを羽織った姿だ。こうしてみると大貴族の跡取り息子の風格がある。喋ると台無しだが。
オルハの言う「その格好」とは、俺が身につけさせられている黒の鎧のことだ。ダファティと似たデザインで、これはオルハがダファティを整備している間にメガリディアの鍛冶屋に作らせたものらしい。
オルハは俺たちがダファティ神殿から去った後、俺たちが置いていったオルドーネに騎士と共に乗り、この鎧と自分の装備を回収して強行軍でこの本隊に追いついたのだとか。
「俺にまでこんなものを着せなくてもいいだろう」
俺は聖鎧に乗って戦うのだから、別に何を着ていようと関係ない。
「まあまあ、勇者たるもの見てくれは大事だ。君は南部連合軍の将兵の希望なのだからな」
俺とリューネがこの戦いでやるべきことは、敵方にいると思われる聖鎧フィクシュテと戦うことただ1点だ。何しろダファティはあまりに大きいので、地上の歩兵戦や聖鎧同士の戦いに首を突っ込むと敵味方問わず蹴散らしてしまって大変なことになるからだ。
「あんたも戦いに出るのか?」
「私は中央の歩兵大隊の指揮をとることになる。なにせ私は次期太守だからな。箔付けに武勲が欲しいところなのだ」
オルハは聖霊力が低くて自分では聖鎧を操縦できないと言っていた。歩兵の指揮となると次期太守の御曹司がやるには相当危険そうに思えるのだが、オルハは「一番槍こそメガリディアの男の誉れさ」とお気楽そうに笑っていた。肝の太い男である。
「では私はもう配置につくことにしよう。勇者殿の武運を祈る」
オルハはそう言い残し、言葉通りあっさりと去っていった。
俺がその背を見送り、再びダファティのもとに向かおうとすると今度はジュゼッタがやってくる。
「……オルハ殿がいたと思ったんだけど、もう行っちゃった?」
「ああ、何か用事でもあったのか」
「これをね、返してもらったからお礼を言いたかったんだ」
ジュゼッタは手の甲を俺に向ける。その指には聖鎧オルドーネの鍵になるあの指輪がはまっていた。オルドーネはオルハが護衛騎士と共にここまで乗ってきたと聞いたが、律儀にも持ち主にそれを返したらしい。
「ボクは『こっち側』として戦うよ。ミラーナに人を殺させたくない。ユーゴと王女殿下のこともボクが守ってみせる」
「ミラーナのことは勝手にしろ。だが、俺たちについてはお前に守ってもらう筋合いはない」
オルハはこいつのことをある程度信用してオルドーネを返したのだろうし、俺も今更ジュゼッタが聖霊廟に利のある行いをするとは思えない。ただ、こいつは結局はミラーナのために行動しているに過ぎない。俺はその点において、どうしてもジュゼッタに心を許すことはできなかった。
「わかってる。ボクはボクで勝手にやるよ」
ジュゼッタは俺の言葉に怒るでもなく、勝手にそう言い残して身をひるがえし、オルハを追って行ってしまった。
その場に取り残された俺は、……そのまま1人で聖霊ダファティのもとに向かった。縄梯子を登ってダファティの操縦席に乗り込み、意識を集中させる。目の前に、ダファティの見下す遥かなローナ平原の風景が広がった。その遠くには偽のフェダニス率いる軍勢、そして地平線の向こうには白と金色の聖鎧……フミヤとミラーナの操る聖鎧フィクシュテの姿が見えた。




