キャンプ地へ
そして俺たちは聖鎧ダファティに乗り、塩の街道を行軍中という「南部バライバ同盟軍」に追いつくため空を駆けていた。
そう、この聖鎧ダファティの猛禽に似た頭部はただの見せかけではなく、実際に鳥のように空を飛ぶことができる。狭い神殿の中では分からなかったが、ダファティの背にはその威容にふさわしい巨大な翼があったのだ。
……聖鎧は自分の体を動かすように念じて操縦する。だから、本来は人間の体に存在しない翼というパーツを動かすイメージはなかなか掴みにくい。ひとまず今は大きくジャンプして滑空することから始めたところだ。
この「滑空」、スピードはさほど出ないが、空中を移動することで地形や障害物を全て無視して一直線に進むことができる。崖やら谷やらをいちいち迂回しなくていいし、地上の魔物と戦わなくて済むのでかなり時間の短縮になる。
「これなら同盟軍にかなり早く合流できそうですね」
リューネが弾んだ声で言った。
そういえば……俺は気になっていたことをふと聞いてみる。
「メガリディアの太守はダファティを完成させられたら協力すると言っていたが、もう軍の準備を進めているんだな」
どのみちメガリディアが軍を出すつもりだったなら、俺たちは骨を折らされただけと言えるんじゃないか。
「太守は最初から戦うつもりではあったでしょう。なにしろ聖霊廟はメガリディアに軍を向けているのですから、太守としてはどうあってもこれを迎え撃つ必要があります。太守が考えたかったのは、その軍をどういう名目で戦わせるかだと思います」
リューネの説明としてはこうである。
もしもリューネ(と俺)が核石エシュテインを手に入れることができなければ、バライバ南部の力添えを受ける資格はなしと見なされただろう。太守イスミルは南部の盟主、もしくは旧メガル王国の血を受け継ぐ支配者として軍を率いる。場合によっては「逆賊に陥れられる失態を演じたバライバ王家に支配者の資格なし」と王座を分捕ることまでやりかねなかった。
逆に核石を手に入れダファティを完成させられれば、太守イスミルは王妹リュネットの外戚として逆賊討伐に協力する。その場合、軍の司令官はリューネだ。太守イスミルを盟主とする南部領主たちは臣下の義務としてそれに従うということになる。
「……なんだか面倒くさいんだな、王侯貴族は」
やることは結局同じだろうに、ごちゃごちゃと理屈が絡んでくる。リューネは苦笑いし「その面倒くさいことが我々の仕事でもありますから」と言った。
「メガリディア太守にとっても、ダファティが完成するかしないかは大問題だったと思うよ。単純な兵士の数や練度ならメガリディア側が勝っているけど、聖鎧の性能や数では負けているし、何しろフィクシュテがあったから。ダファティが使えるか使えないかでかなり作戦が変わってくるもの」
これはジュゼッタが言った。
「……で、なんでお前まで乗っているんだ」
ヴェルメーヌの操縦席を流用したこのコックピットはオルドーネほど広くない。ジュゼッタは座席ではなく、リューネの足元に無理やり座っている。
「ボクはメガリディア太守に会って戦争を有利にする情報を渡さなきゃいけないんだ。この方が早く着くだろう?」
まあ、最初からそういう約束ではあったし……目の届かないところで余計なことをされるくらいなら連れていった方がマシだろう。
さて、しばらくダファティを飛ばすと、山あいに整備された道路が見えた。これが「塩の街道」だ。
この街道は名前通り、海沿いの都市であるメガリディアから、その近辺で採った塩や魚、海上交易で得た品を運ぶための道だ。大昔から使われている主要な街道なので、広くてしっかりと整備されている。
メガリディア太守イスミルはこの街道の先にいる本軍を指揮しているとのこと。
偉い奴は後ろからふんぞりかえって命令だけしているとかと思えばそうではなく、さすがに南部全体の連合軍ともなれば本家の当主が総大将を務めなければ示しがつかないものらしい。
塩の街道を北上すると、街道上にポツポツと兵士の列や馬車、それに聖鎧の姿が見え始める。陣地に向かう兵士たちだ。その隊列を追い抜いて遥か先、広い畑に囲まれた村があった。
その村の周囲には数多くのテントが建てられていた。軍のキャンプ地のようだ。テントの周囲には馬が繋がれていて、聖鎧の姿もある。あちこちに建てられた旗はメガリディア陣営であることを示す旗だろう。緑の布地に三日月のようなマーク。オルハの護衛騎士のヴェルメーヌにも同じ模様があった。
俺はリューネの指示で聖鎧ダファティをそのキャンプ地の近くに着陸させる。
そうすると向こうからは複数の聖鎧が飛び出してきた。敵襲だと思われたのだろう。ダファティは聖霊廟最大の戦力であるフィクシュテとほぼ同じ大きさだ。もちろん色や意匠はまったく似ていないが、この世界には写真も動画もない。兵士たちはフィクシュテのことをその大きさくらいでしか認識していないのだ。
「止まれ!」
6機飛び出してきたうちの真ん中の1機に乗っている奴がそう叫んだ。機体の頭に他と違う房飾りのようなものがついている。たぶん指揮官だろう。俺は言われた通り止まる。
とはいえ白いフィクシュテと黒のダファティ。いくらなんでも聞いていた姿と違いすぎると思ったのか、それとも俺が言われた通りにダファティを止まらせたことに驚いたのか、メガリディアの聖鎧はそれから混乱して固まってしまった。
加えて言えば俺たちは陣営の背後、メガリディアの街がある方面から来たのだ。聖霊廟のフィクシュテなら逆方向から来るはずだからおかしいと気づいたのかもしれない。
「皆のもの、聞きなさい!」
リューネが聖鎧の中から声を張り上げた。おそらく向こう側にも聞こえているはずだ。
「バライバ王の妹であり先代メガリディア太守の孫娘たるこのリュネットが、戦場の聖霊ダファティと共に参りました! さあ、太守イスミルの元へ案内なさい!」




