聖鎧ダファティ
「これがダファティ神殿か……」
ジュゼッタはまるで観光客のようにきょろきょろと神殿内部を見回していた。聖霊廟の神殿とこの森の中に建てられたダファティ神殿はあまりにも趣が違うからだろう。ここは黒い石で出来た床や壁といい、それに獣の頭を持った騎士の像といい、どうにもおどろおどろしい。聖なる神殿というよりは邪教崇拝の隠れ家である。
ジュゼッタがダファティ神殿の見物をしている間にも、オルハ(とリューネ)はスタスタと聖鎧のもとに歩いていってしまう。俺は早歩きで彼を追いかけた。ジュゼッタも「待ってよ」と小走りでやってくる。
巨大な聖鎧ダファティの周囲には、木で組まれた足場が設置されていた。そういえばオルハ本人もその御付きの騎士たちも、今は庶民の大工や職人と大差ない格好をしている。本当に次期太守御自ら整備を行ったのだろう。御付きの騎士たちが心なしか疲れて見えたのもそういうことか。
俺たちは聖鎧ダファティの前に集まる。しかし、これから一体どうするのだろう。
聖鎧を動かすのには核の存在が肝心なのだとは聞いていたが、あの石をどう加工して取り付けるのだろう。大きさ1メートル弱はあるダファティの胸の空洞。対して核石は拳ひとつ分。リューネは「核石は単なる材料に過ぎないから問題ない」とは言っていたが。
オルハは俺たちを置いて木の足場を黙々と登っていく。その背後を御付きの騎士のうちひとりがついていく。見れば柄の短い装飾過多な杖を持っていて、ダファティの前に立ったオルハにそれを渡した。
「これから行うのは聖鎧にとって肝腎要の仕上げの儀……言わば画竜点睛の儀式……まあなんでもいい。始めよう」
グダグダな説明だ。オルハは左手に核石エシュテイン、右手に杖を持つ。
「これほどの聖鎧に核を嵌め込む術とあらば、聖霊廟の高位神官が三日三晩かけて行うものだが、幸いここには膨大な聖霊力を持つ勇者様とそのお仲間がいる。術は一瞬で成るだろう。……皆のもの、私に聖霊力を送りたまえ」
オルハは杖をかざした。その杖に向かってリューネが片手を掲げたので、俺やジュゼッタ、周囲の騎士たちもそれにならう。オルハはなにか……祝詞のような呪文のような言葉を唱え始めた。
そうすると、オルハのかざした杖を中心に俺たちの放った聖霊力が渦を描いて吸い込まれていく。そうすると杖の先についている大きな玉が眩い光を放ち出した。オルハはその杖を聖鎧ダファティの胸へ向け、そして左手に持った核石を放り投げた。
重力に従って落下するかと思われた核石は、フワリと浮き上がってダファティの胸部分へと向かう。
先ほどまでとは比べ物にならないほど強い光が放たれ、俺は思わず目を瞑る。次に目を開けると、ダファティの胸には1メートルほどのつるりとした石が嵌っていた。赤とも紫ともとれる不思議な色合いは、核石エシュテインと同じ色だ。
猛禽の頭を持つ黒い聖鎧、ダファティ。完成したその姿を眺めていると、オルハが転がるように木組みの足場を降りてきて、ぶるぶる体を震わせながら叫んだ。
「素晴らしいッ!」
神殿中に響き渡る大声に、驚いたジュゼッタが肩をびくりと震わせた。騎士たちは慣れっこなのか生暖かい目で見ている。
「さあユーゴ、これは君が乗るべき聖鎧だ。操縦席に乗り込みたまえ」
オルハはその手でダファティの胸の核を示す。ダファティのコックピットはあそこにあるようだ。
聖鎧ダファティの操縦席は、俺が以前乗っていたヴェルメーヌと同じく複座式だった。
というのも、この大昔に聖霊召喚のために作られた聖鎧にはもともと操縦席がなかったらしい。これは戦場の聖霊ダファティの依代として作られており、人間が乗るという前提ではなかったからだ。
そのためオルハは作業時間を短縮するために、自分の護衛の騎士が乗っていたヴェルメーヌを1体解体し、その操縦席を丸ごとダファティに移し替えたのだ。
「どうですか、ユーゴ」
俺は聖鎧ダファティの操縦席に乗り込み、後部の席にはリューネが座った。
リューネは俺の指示係である。俺はバライバ王国の地理に詳しくなければ、軍事や戦術学を修めてもいない。そして他の聖鎧よりも圧倒的に巨大なダファティと並走できる聖鎧は存在しない。もちろん聖鎧にはナビやコンピューターはついていないので、そう言った役割をこなせる人間が乗る必要があるだろうとオルハが提案したのだ。
「オルドーネよりも重いな」
俺はリューネの問いかけに正直な感想を述べた。
オルドーネもヴェルメーヌやフォーシルより負荷のかかる聖鎧だという気がしていたが、このダファティは明確に「重い」と感じた。他の聖鎧では丸1日走ることも苦にならなかったが、このダファティでそれをやるのは無理だろう。せいぜい半日動くのが限界だ。
俺たちは今、漆黒のダファティ神殿入口を抜け出してすぐ、蝕まれた森の中にいる。
ダファティは周りの木々よりも視界が高く、森の果てまでも見渡せた。
「どうだユーゴ! 問題なく動かせそうか!」
「かなり重いが、どうにかなりそうだ」
足元のヴェルメーヌからオルハの声が聞こえる。リューネと同じようなことを聞かれたので、同じように返した。
「オルハ殿、わたくしたちはこのままダファティと共に戦場へ向かいますが、構いませんね?」
「構わんが、少し待ちたまえ」
オルハを乗せたヴェルメーヌが一度神殿の中に戻る。3分と待たずにヴェルメーヌは何か大きな棒状のものを抱えて出てきた。ヴェルメーヌの高さとほぼ同じくらいの長さだ。
「これを持っていけ」
オルハの声がそう言うので、俺はダファティを屈ませてその棒を受け取る。ヴェルメーヌにとっては全高にも等しい長さの棒だが、ダファティにとっては己の腕全体よりもやや短いくらいの長さだった。
その棒はダファティと同じような黒い素材でできている。握るのにちょうどいい太さで、全体の意匠は刀の柄に似ている。ただし刃はついていない。
「それはこの聖鎧ダファティのために作った武装……名付けてスフェーンの杖だ」
オルハいわく、スフェーンというのはメガリディアに古くから伝わる狩猟の聖霊の名からとっているらしい。まあそれはどうでもいいのだが、ダファティは他の聖鎧の3倍近く大きいため、普通の聖鎧の武装が使えない。そのため、オルハが急ごしらえで作った武器がこれだという。
「剣や槍を作ろうにも材料の鋼が足りなくて困っていたのだが……その杖を上に向けて聖霊力をこめてみろ」
オルハの指示通り、俺はその棒……スフェーンの杖を松明のように持ち、言われた通りダファティの操縦席越しに聖霊力をこめる。
すると、スフェーンの杖の先端から赤紫の光が放たれた。その光はまるで剣の刃のように見える。まるで光の剣だ。フミヤの家で見た映画でこんなのが出てきた記憶があった。
力をこめるのを止めると、光の刃はかき消えて柄だけが残る。
「よし、流石は勇者殿。問題なく使えそうだな」
オルハの満足そうな声が聞こえる。次にヴェルメーヌは神殿を挟んで後方をその腕で示す。
「我らが『バライバ南部同盟軍』はここから西方に横たわる『塩の街道』を進軍中だ。ぜひとも南部の戦士たちに戦場の聖霊ダファティの勇姿を見せてやってくれ」




