戦火の気配
俺たちは核石エシュテインを手に、ふたたびメガリディアまで戻ることになる。
来た時と同じようにジュゼッタの聖鎧オルドーネに3人で乗り込み、同じ道を逆向きに進んだ。
実のところ、俺たちがどういうルートを通ってきたかはジュゼッタに知られている。
彼女が俺たちの行き先を補足できた理由は、やはりメガリディア宮殿に出入りする聖霊廟関係の聖職者や、あちこちで旅をする巡礼者による情報によるものだった。加えて、ジュゼッタは強い聖霊力や瘴気を感知する道具を持っていた。それはざっくりと方角が分かるだけという占い未満の精度で、普通なら実用に耐えるものではない。しかし俺を追うということに関しては、目撃情報と照らし合わせれば十分だったらしい。
「坑道を通って戻るのは時間がかかりすぎる。帰りはアルブジエを通っていこう」
ジュゼッタはそう言った。聞いてみると、俺たちが見た通り、メガリディア侵攻のためにアルブジエには聖霊廟と軍の兵力が集まっているとのこと。そのため街の出入りや通行に関してもかなり制限が設けられていて、やはり俺たちがあの時通るのは難しかったようだ。
「ボクと一緒なら、何とか誤魔化して通行できると思う。行こう」
俺たちとしても、もうあの坑道を通るのはこりごりなのでひとまずジュゼッタを信じてアルブジエに向かった。
結果から言うと、俺たちは無事アルブジエを抜けて南部地方に戻ることができた。ジュゼッタはフェダニスや聖女ミラーナのそばにいる人間として信頼がある。俺たち、特にリューネは外見の特徴を知られているが、ジュゼッタが「我々は聖霊廟の特殊作戦中で、これは影武者だよ」と言い張ると、なんとそれが信じられてしまったのだ。
あからさまな嘘でも堂々としていれば疑われにくいとはよく聞く話だが、こういうことかと思った。
まあ、ジュゼッタがいかにも嘘のつけなさそうな人物であることも一因だろう。
俺はジュゼッタがアルブジエの役人連中とあれこれ話している間、街の中を観察していた。というか、リューネがそうしていたので、それにならっていただけのことだが。以前に見た時よりも
「アルブジエに集めた兵と王都から送り込む兵力をローナ平原で集結させて、そこからメガリディアに攻めいるつもりなのでしょう」
ローナ平原は蝕まれた森とメガリディアの間に位置する平原で、俺たちも通ったことがある。麦畑を見ながら、リューネの社会科講義を聞いた場所だ。
「あの場所が戦場になるのか」
「ええ……」
美しい場所だった。俺でさえあの光景が戦で踏み荒らされることを考えると気が滅入る。リューネにとっては尚更だろう。
「おそらく、メガリディア側でも軍の布陣が進められているでしょう。両軍の衝突まで時間がありません」
……となれば、なるべく急いで聖鎧ダファティを完成させなければ間に合わないようだ。
関所の近くでそんな話をしていると、ジュゼッタが戻ってきた。
俺たちはまずメガリディアに戻ってジュゼッタの願い通り、彼女を太守イスミルに引き渡してからオルハと聖鎧ダファティのもとに核石を届けるつもりだった。ジュゼッタがダファティの情報を聖霊廟に密告し、先んじて対策を打たれては困るからだ。
しかし、こうなってはオルハの元に向かって聖鎧ダファティの完成を優先させるべきだろう。
「どうしたの、2人とも。変な顔をして……」
ジュゼッタは、俺とリューネの視線を浴びて戸惑っていた。
俺たちは目を見合わせる。
「こうなれば、この者のことはいよいよ味方と決め打つほかありません。構いませんね」
「……それしかないだろう」
どのみち、ジュゼッタが今から聖霊廟にダファティのことを報告しても時間がない。できることは限られてくるだろう。
ジュゼッタはぽやんとした雰囲気で「なんの話?」と首を傾げている。
これでスパイをやっているのなら大したものだが、……まあ、おそらくその心配はないだろう。
俺たちはアルブジエを出て、そのままオルドーネに乗り、蝕まれた森のダファティ神殿へと向かった。
タルマイヤ坑道手前に残してきた聖鎧2体を回収する予定もあったが、それもすっ飛ばす。何せ時間が惜しいからだ。俺がオルドーネを飛ばすのが一番早いというのもある。
久方ぶりの蝕まれた森はよりいっそう暗く感じられた。
つぎつぎに湧いて出てくる魔物をオルドーネで蹴散らしながら進む。
そうして俺たちはこの黒い壁のダファティ神殿に再び辿り着いた。入口でオルドーネを停めると、その気配を聞きつけたのかダファティ神殿からオルハが出てきてギラギラとした目で俺たちを出迎えた。御付きの騎士たちも一緒に出てくるが、その様子はなんだか疲れている。
「やあ、リュネットにユーゴ。待ちかねていたぞ! ダファティの整備は出来ている。あとは核石があれば全て完璧だが……そちらのお嬢さんはどなただ?」
相変わらずよく喋る。俺たちはジュゼッタの事とこれまでの事情を簡単に説明したが「そうか。それは結構」とあまり興味がなさそうだった。もはや意識は俺たちの持ってきた核石と聖鎧ダファティを完成させることにしかないのだろう。
リューネが布に包まれた核石エシュテインを差し出すと、オルハはうやうやしい手つきで捧げ持つ。そして「さあ、早く中に入りたまえ」とまるで自分の家のように俺たちを神殿の中へ招き入れた。




