うやむやな決断
「あ、……」
俺たちは、気づくと古びた木の匂いが立ち込める部屋の中にいた。背後には重厚な扉が開いたまま、外の空気が吹き込んでいる。
「ボクたち、戻ってきたの……?」
「……そのようですね」
ジュゼッタとリューネの声が、静かな小部屋の中に現実の重みをもって響く。
俺は、気づくとその場に膝をついていた。目眩がする。
いままでの光景……フミヤが見せた幻術。その中で聞いた言葉の全てが、頭の中で繰り返しガンガンと鳴り響いている。
「大丈夫ですかユーゴ。しっかりなさい」
リューネが俺のそばに屈み、背中を撫でてくれる。そのおかげで気が紛れ、少し考える余裕が戻ってきた。
「今のは、本当にフミヤの幻術だったのか?」
「それは間違いないと思う」
俺が思わず口にした疑問に、ジュゼッタが答える。
「さっきのフィクシュテ神殿の幻術は、ボクの過去の記憶と一致している。あの時、あそこにいたのはミラーナとボク、それからフミヤだけ。ボクとミラーナは幻術を使えない。あの光景を幻術で再現できるのは、フミヤしかありえない」
それならこれまで見たあの夢も、……フミヤが決して仇を討とうとするなと言っていたことも本当だったのか。
気分が悪い。だが、いつまでもこうして座り込んでいる訳にはいかない。俺はゆっくりと立ち上がり、裾の埃を払った。
「……核石はどこだ」
その内部は、扉がしっかり閉ざされていたせいか今まで通った屋敷の内部のような荒れた様子はない。窓がないため、入り口からの光だけではよく見えない。俺は光の聖霊術であたりを照らす。
言うなれば博物館のような雰囲気だった。えんじ色のカーペットが敷かれ、古い木の展示台がいくつも並んでいる。古そうな壺や像、書物、いかにも豪華な装飾の剣や鎧、大きな宝石のついたアクセサリーなどが置かれている。
核石エシュテインがどこにあるかはすぐにわかった。
部屋の最奥に近いあたりから、紫色の鈍い光が放たれている。その場所を覗いてみると、つやつやした布のクッションの上に、男の握り拳くらいの鉱石が光を発していた。
「これですね。核石は」
リューネがその鉱石に手をかざす。リューネの手のひらから赤い聖霊力が放たれ、その石に吸い込まれる。すると核石から放たれる光が止まった。「これでもう術は解除されたでしょう」とリューネはその石を両手で持ち上げる。
その石はごつごつとした形状で、宝石として磨かれた感じはない。赤のような紫色のような、角度によっては水色にも見える不思議な色合いの、透き通った石だった。
「……あまり大きくないように思うが」
聖鎧ダファティの胸に開いていた穴は1メートル近くあったはずだ。
「核石はあくまで原料ですから。加工すれば十分に足りますよ」
聖鎧ダファティのことが聖霊廟に漏れると面倒なことになる。ジュゼッタの手前、俺たちはぼやかした会話しかできない。当人のジュゼッタは、もうすでに宝物殿の出口の方に戻って俺たちを見ていた。
「用は済んだみたいだから、早く行こう。メガリディアの太守のもとまで戻るんだ」
ジュゼッタに急かされるのは癪だが、一刻も早く戻りたいのは俺たちもそうだ。俺たちはエシュテインを持ち出し、宝物殿を出た。
「ユーゴは、これからどうするの?」
ナスタシア離宮を出てすぐ、ジュゼッタがそう聞いてきた。
「どうするって、何のことだ」
……俺は質問の意味がわからなかった。しかし、ジュゼッタどころかリューネまで何か心配そうな顔で立ち止まり、俺を見ている。
「フミヤはあなたに『聖霊廟と戦うな』と言っていた。あなたはどうするつもり? フミヤの言う通り、戦いが終わるまで引っ込んでいる?」
「……まさか。ありえない」
フミヤの件がどうであろうと、聖霊廟が……ミラーナたちが俺とフミヤを騙した事実には変わりない。フミヤがこれから死ぬまでフィクシュテの燃料として生き続けるというのも看過できないし、リューネの兄さんの件だってある。
それに聖鎧ダファティはおそらく俺にしか動かせないのだ。ここで俺がフミヤ本人に止められたからといって引き下がれない。
「でも、本当にそれでいいの? あなたはフミヤのために頑張ってきたのかもしれないけど、フミヤはそれを望んでいない」
ジュゼッタの問いかけに、フミヤの言葉がまた脳裏に蘇る。僕が君を元の世界に帰してあげるから、と。……頭が痛い。さっきから深く何かを考えようとすると気分が悪くなる。
「フミヤのやっていることだって、俺が望んだわけじゃない。……」
俺は元の世界に帰して欲しいなんて頼んでない。そのためにフミヤ自身を犠牲にするだなんて、考えたこともない。
「ですが、ユーゴ」
今度はリューネが声を上げた。
「これからもわたくしと共に聖霊廟と戦えば、遠からずフミヤ殿とも対立することになるでしょう。わたくしからも聞きますが、あなたは本当にそれでいいのですか?」
「俺が今さらこの戦いから抜けると言ったら、あんただって困るだろう」
「今はわたくしのことはいいのです」
「……俺は、フミヤを犠牲にしてまで元の世界に帰るつもりはない。あいつがその気なら、俺は戦ってでも止めるつもりだ」
俺がそう言うと、リューネがじっと俺を見据えてくる。居心地が悪いほどの沈黙のあと、リューネは「わかりました」と頷く。
「あなたにその覚悟があるならば、わたくしはこれ以上何も言いません。……さあ、そろそろ行きましょう」
「でも、王女殿下……」
踵を返して歩き出したリューネに対し、ジュゼッタはまだ何か言いたげだ。しかし、俺としてももうこれ以上同じ話を続ける気はない。なにしろ時間がないのだ。
そうして俺たちは、目的を果たしてナスタシア宮殿を後にした。




