フミヤの秘密
……その光がおさまると、俺たちは先ほどまでの教室とは違う場所にいた。
ギリシャ神殿のような白い柱が立ち並ぶ、だだっ広い空間。その最奥には白と金色を基調とした巨大な甲冑がひざまずいている。聖鎧フィクシュテ。ここはあの時のフィクシュテ神殿だ。これは過去の幻か。
俺たち、……俺とフミヤ、それにリューネとジュゼッタはまるで幽霊のようにその空間に浮いていた。その眼下には水晶に閉じ込められた俺がいた。その前にはミラーナとあの時のジュゼッタ。それと胸に剣を突き刺されたフミヤがうずくまっていた。
『本当にこれでよかったのかな』
過去のジュゼッタがそう呟いた。彼女の足元で、フミヤが「うう」とうめく。その胸に突き刺さった剣が光の粒となってかき消えた。その光の粒が瞬間、フミヤを中心に渦となり、……それが止んだ時、フミヤの姿は金髪に金色の瞳の姿へと変わっていた。
『……これで、僕は聖鎧フィクシュテと繋がったってことでいいのかな』
フミヤはゆっくりと立ち上がり、手のひらを握ったり開いたりする。その胸には剣で刺された傷はもう見当たらない。
『はい。今のところ完璧です』
フミヤの言葉をミラーナが肯定する。
『ごめんなさい、フミヤ。あなたをわたしたちの都合に巻き込んでしまって』
『まあ、その点に関してはもういいよ。ミラーナさんにとっても仕方のなかったことだし。僕がもし文句をつけるとしたら、このフィクシュテを最初に作った奴かな』
フミヤが巨大な聖鎧フィクシュテを見上げる。その胸の核は俺が見た時とは違い、鈍い光を放っていた。
『こうやって破綻すること前提のシステムを後世に引き継がせるなんてさ』
……フミヤたちは一体なんの話をしている。なぜ、皆わかった風に会話をしているんだ。
「浄化の聖霊フィクシュテは存在しない。それと同時に、『浄化の聖霊を封じた邪神』というストーリーも、最初から嘘っぱちだったんだ」
俺の隣に浮かぶフミヤが、そう言った。
「ここに存在していたのは、フィクシュテと呼ばれる大きな聖鎧だけ。その巨大な核石によって運用されていた瘴気を浄化する聖霊術のシステムこそが、唯一この地上に顕現した聖霊の正体だったのさ」
俺は思わずジュゼッタの方に目をやる。彼女は小さく頷いた。
「このフィクシュテのシステムはかつて聖霊廟の神官が作り出したものだ。このシステムには欠陥がふたつあった。ひとつは膨大な聖霊力を持つ人間を核に繋がないと運用ができないこと。そしてもうひとつは……」
フミヤの目線の下で、ミラーナが聖鎧フィクシュテの胸の核に両手をかざす。するとその核の表面が揺れ、何かがゆっくりと回転しながらこちらに「排出」された。
それは黒いガイコツだった。頭から順番に、背骨とあばら、腕の骨、骨盤、足の骨……それらが順番に神殿の床にゆっくり落ちてゆく。
『これが、前の勇者?』
過去のフミヤがそれを覗き込みながら訊ねる。ミラーナが「ええ」と返事をしながらひざまずき、その骨に祈りを捧げた。
『約100年前に召喚された勇者様だそうです。今は聖霊力を全て吸い尽くされて、このような姿に』
ミラーナはその黒い骨の一つを持ち上げようとするが、その骨はミラーナの指に触れた瞬間に形が崩れ、ぼろぼろと床にこぼれ落ちてしまう。
「……ふたつ目の欠陥は、核に繋がれた人間の聖霊力が尽きた時、浄化しきれなくなった瘴気が核を中心に溢れ出してしまうことだ。そうして溢れた瘴気から生まれた強大な魔物を、聖霊廟は『邪神』と名付けた」
フミヤが黒い骨を見下ろしながら言った。
それが、俺たちが倒したあの邪神……。
「おそらく前の勇者も、僕たちと同じように召喚されて、邪神を倒すためと言われてここまで来て……そして納得ずくかは知らないけれど、聖鎧の核に繋がれて聖霊力の供給源となったんだ」
『じゃあ次は僕の番だね。約束通り、お勤めは果たさなくちゃ』
今のフミヤの解説を横に、過去のフミヤが聖鎧フィクシュテの前に立つ。
……待ってくれ。もし今までの話の通りなら、フミヤはこれから何十年も死ぬまで力を吸われ続けて、最後には、……あの黒い骨のようになってしまうのではないか。
やめろ!
そう叫んでいるつもりでも声はでない。
聖鎧の核から金色の光の粒がフミヤに向かって降り注ぐ。フミヤの体がふわりと床から浮き上がり、そして……核の中に吸い込まれていった。
あの時、何もわかっていなかったのは俺だけだったのか。全員、俺に本当のことを隠していた。そして、俺もそれに気づくことができなかった。
いつからだ。いつから、フミヤはこうするつもりだった。
その疑問に応えるように、目の前の風景が切り替わる。
そこはフィクシュテ神殿に辿り着く前に立ち寄った、あの廃墟の村だった。ほのかな明かりが灯された廃屋の中、2人の人影がある。ミラーナとフミヤだった。
『じゃあやっぱり、僕の推測は当たっているんだね。浄化の聖霊というものは存在しない。フィクシュテは人の作ったシステムだったんだ』
さっき俺に解説してくれたようなことを、過去のフミヤがミラーナに問い詰める。ミラーナは力無く「そうです」と頷く。
『邪神を倒しさえすれば、僕とユーゴが元の世界に帰れるというのも嘘だよね? 召喚された勇者が死ぬまでフィクシュテの燃料となり続けるなら、この世界から僕たちの元いた世界に帰るための術は必要ないんだもの』
フミヤの声はそのまま淡々と質問を重ねた。ミラーナはもはや観念しているらしく、取り繕おうという様子もない。
『フミヤのいう通りです。召喚術は大勢の聖霊術師によって膨大な聖霊力を集めて行使されるもの。……わたしがもしあなた方を帰してあげたいと思っても、力が足りないのです……』
『別に、僕はミラーナさんのことを責めるつもりはないよ。ただ……まだ聞きたいことがいくつかある』
『……聞きたいこと?』
フミヤは指先から発した聖霊力の光で、空中にこの世界の文字を書いてみせる。
『聖霊廟で読ませてもらった書物と、そのとき指導してくれた聖霊術士から聞いた話をもとに計算してみた。別の世界に人を送るための術式だ』
『これを……フミヤがひとりで考えたのですか?』
ミラーナは驚いた顔をしている。フミヤは頷き『理論や術式を考えるだけなら簡単だったよ』とあっさり言う。
『問題はミラーナさんの言う通り、この術を行使するには膨大な聖霊力が必要だってことだ。僕とユーゴの力を合わせても、ミラーナさんやジュゼッタさんが協力してくれても無理だ。だけど……』
フミヤは目の前の文字列に対して新たに何かを書き足す。
『フィクシュテのシステムについて、僕なりに考えてみた。実物を見てみないと細かいことは分からないけど……フィクシュテには聖霊力を増幅する仕組みがあるんだと思う。違うかな』
『ええ、フミヤの言う通りです……』
ミラーナが聖鎧に使われている核石の仕組み……人間の聖霊力を増幅したり溜め込んだりする性質について説明した。
『なるほど。その核石とやらの力を使えば、僕の聖霊力だけでも帰還の聖霊術を使えそうだ』
『だけど、この術式だと術者は移動できません。あなたは帰れない』
『そうだね。でも、別の誰かを地球に帰すことはできる。だからミラーナさん。僕たち、取引ができるんじゃないかと思うんだ』
『取引って?』
『フィクシュテに聖霊力を供給する生贄の役割は僕が引き受ける。だから、フィクシュテの核石を僕に使わせて欲しい。僕はユーゴを元の世界に帰してあげたいんだ』
『それは、……わたしの判断では約束できません』
ミラーナはうつむき、服の裾を握る。
『まあ、聖霊廟は『勇者』の予備を確保しておきたいだろうからね。フェダニスが君に何を命令したかくらいはわかるよ』
フミヤはミラーナの雰囲気に構う様子もなく、腰のベルトに差していた短剣を抜いた。そして自身の首元を隠していた服の留め具を乱暴に外し、短剣の切先を自らの喉元に突きつけた!
『フミヤ、何を……!』
ミラーナが焦ってフミヤを止めようとするが、それをためらう。
フミヤが持つ短剣の刃は、すでに彼の首の皮膚にうっすら食い込んでいた。少しでも誤った形で衝撃を加えれば、その短剣はフミヤの喉を突き刺してしまうだろう。
『ミラーナさんがこの取引を受け入れてくれないと言うなら、僕は今すぐここで喉を突くよ』
フミヤの目は、恐ろしいほど真剣だった。短剣の刃が薄く皮膚を切り裂き、わずかに滲んだ血が短剣に伝う。
『僕が死んだら、ユーゴは勇者として君たちの望むような働きをするかな。僕はあまりそうは思わない。彼は……とても友達想いだから、僕を死に追いやったこの世界を憎むようになると思う』
俺は少し考えてみて、おそらくフミヤの言う通りになっただろうと思う。俺が邪神討伐に協力していたのは、フミヤとともに元の世界に帰るためだ。フミヤを失ってその目的が果たされなくなったら、聖霊廟を恨んで復讐を企てるくらいはしただろう。
『ミラーナさん。たぶん君はフェダニスの命令と、僕たちを友達と思う気持ちとで板挟みになっている。でも、僕の提案に乗ればどちらかを選ばずに済むよ。核石を使うきっかけさえくれれば、あとは僕が勝手にやる。ミラーナさんが責められるような展開にはしない。君はフェダニスの命令を成し遂げて、僕はユーゴを安全な元の世界に帰すことができる。……どうかな?』
フミヤは己の喉元に剣を突きつけているとは思えないほど、いつも通り朗らかに笑って見せた。
ミラーナは何度かうつむいたり周りを見回したりと落ち着かない動きを繰り返して、覚悟を決めたようにフミヤと向き合う。
『……わかりました。わたしたち、協力しましょう』
『決まりだね。よろしくミラーナさん』
2人は暗い廃屋の中で手を取り合った。周囲の風景がぼやけ、幻覚が薄れていく。
『そうだ、ミラーナさん。このことは絶対にユーゴにばれないようにしておいてね。僕がやろうとしていることをユーゴに知られたら、きっと物凄い剣幕で怒るから』
……そこで廃屋の幻覚はかき消えて、再びあの教室へと帰ってきた。
フミヤはその教室の中で、バツが悪そうに外を見ている。教室の窓の外には、バライバの風景と聖鎧フィクシュテがあった。
「……あのあと、僕とミラーナさんはフィクシュテを使って各地を浄化して回った。あの日の凱旋式さえ終われば、ようやく君を元の世界に戻してあげられるところだった。それなのに……」
それがあの日、俺がリューネに助けられて脱出した時のことだろう。
フミヤがこちらを見る。俺がよほど怖い顔をしていたのか、フミヤは困ったように笑った。
「ごめんね、ユーゴ。こんなやり方じゃ君を傷つけることになるのは分かっていたんだ。でも……君は納得しないだろうけど、もう一度言うよ。僕が君を元の世界に帰す。だから決して僕の仇を取ろうなんてしないでくれ。君は戦いに関わらないで、安全なところにいて欲しい」
フミヤの言葉と共に、窓から差し込む夕暮れの光が強まる。今までの夢と同じ、幻術が解かれようとしているのだ。
待て! まだ聞きたいことが残っている!
俺は叫びたかったが、声は出ない。
そのまま光は弾けて、俺たちは。……




