離宮の宝物殿
屋敷を進むごとに、フミヤの幻は絶えず現れる。
『ひどいよ、ユーゴ。いきなり斬りかかるなんて』
先ほどと同じ、ローブの姿。
『本当はこの剣で刺された時も結構痛かったんだよ』
フィクシュテ神殿でミラーナの剣に貫かれた時の、あの姿。
『君のためにと思って耐えたのに、君はメガリディアに行ってしまった』
一緒に学校へ通っていた、楽しかった頃の姿。
『僕がきっと君を元の世界に帰してあげる』
出会ったばかりの、子供の頃の姿。
『だから、聖鎧には乗らないで。聖霊廟やミラーナさんと戦っちゃだめだ。僕とミラーナさんを信じてくれ』
夢の中の、ぼやけた金色の姿。
……俺はそれら全てを剣で叩き斬った。
屋敷を進む限り、幻は無尽蔵にまとわりついてくる。
幻はどれも無抵抗に消える。幻はただの幻でしかなく、それらが攻撃してくることはないし、聖霊術のたぐいを使ってくることもない。だけど、……偽物のフミヤの姿を見てその声を聞きつづけていると、気が狂いそうだった。
『あなたとわたし、なんだか似ているところがあるって思っていました』
忘れもしない、甘ったるい声。ミラーナの白いレースの服がひるがえる。
『わたしたち、結構うまくやれていましたよね? ユーゴも少しはわたしに気を許してくれていると思っていたのに、こんなに憎まれてしまうなんて。わたしがフミヤを殺すわけがないと、なにか事情があるのかもとは少しも信じてはくれなかったのですね』
ミラーナは悲しそうに目をふせる。
……ミラーナにも何か切羽詰まった事情があったのでは、と考えなかったわけではない。だが、ミラーナは俺には結局その事情を話さなかった。何も言わず、俺の大事なものを壊した。
『あの旅は大変でしたけど……実はわたし、ちょっと楽しかったんです。年の近いお友達と冒険ができたんですもの』
深い森の中、道に迷って全員で地図をのぞきこんで頭を抱えたこと、食べづらかった保存食をみんなで調理して食べたこと、見上げるほど大きな魔物を苦労して倒したこと。……
『ねえ、ユーゴ。あなたなら分かってくれますよね』
「黙れっ!」
俺は剣を振り上げ、ミラーナの幻に叩きつける。
あの夢の中のフミヤが言っていたことも、目の前の偽物が吐き続けている言葉も、ぐちゃぐちゃに混ざり合って何が本当かわからない。頭がおかしくなる前に、1秒でも早くこの幻を止めたかった。
「ここです、ユーゴ」
ドロドロに煮詰まった頭の中に、リューネの清浄な声が響く。
ふと気づくと、俺たちは屋敷の外に出ていた。
外に出た瞬間、スイッチを切ったように幻はあらわれなくなる。俺はようやくまともに息ができる気分になった。上を見上げると空は青く、冷たい風がいくらか俺の頭を冷やしてくれる。
少し冷静さを取り戻して、俺は周囲を見渡した。白い壁に囲まれた空間。……離宮の中庭のようだ。表と同じく庭は荒れ果てている。その中心に、一軒家よりは少し大きいくらいの四角い建物があった。
「これが離宮の宝物殿……」
ジュゼッタがその建物を見て呟く。俺も同じように建物全体を眺めてみた。想像よりも地味だ。俺たちから見て正面にある扉は見るからに固く閉ざされている。やはりここまで盗賊は入り込んでいなかったらしい。
俺は扉の前に立ち、その扉に触れてみる。押しても引いても開かない。扉はかなり重厚な作りで、壊して開けるとなるとかなり骨が折れそうだ。
そう思っていたら、リューネが懐から例のメダルのようなものを取り出した。俺がオルハから託されたメガリディア継嗣の徽章とやらと同じあれだ。王女としての徽章だろう。
よく見れば扉には複雑な文様が彫られていて、その中心にはちょうどリューネが持っているメダルと同じ紋章が刻まれていた。リューネがその紋章に合わせるようにメダルをかざすと、ガコンと重たい音がした。鍵が開いたのだろうか。
「行きましょう」
リューネがその重たそうな扉を開こうとしたので、俺も手を貸して一緒に開ける。
どこかの部品が錆びでもしていたのか、扉はギイイと重たい音を立てて開いた。
その扉の向こうは、夕暮れの学校、俺たちが通っていたあの教室だった。
見慣れた机の並び。見慣れた黒板、掲示物、外の風景。窓は開いていて、風にたなびくカーテンが夕日に照らされて橙色に光っている。
俺は振り返って扉の方を見るが、すでにあの重たい扉はなく、教室の引き戸があるだけだった。リューネとジュゼッタは彼女たちにとって見慣れない光景を狼狽えながら見渡している。
俺はなにか言おうとして、そして声が出ないことに気づく。それはリューネとジュゼッタも同じようだった。つまりはここも幻覚だ。しかし、先ほどまでの幻覚とは何かが違う。
ふと幻覚の中に俺たち以外の人影があることに気づく。
風に揺れるカーテン、その窓際に、フミヤが立っていた。
黒髪でも制服でもない。あの淡い白と金色の姿だ。
「やあ、ユーゴ。ずいぶん王都から離れたところに行ったと思ったら、核石を探していたんだね」
フミヤがまっすぐ俺を見て言った。
いつものぼやけた夢とは違う。教室の風景も、目の前のフミヤも、現実としか思えない質感でそこに存在していた。先ほどまでいた屋敷の幻覚とはまるで質が違う。
「けど、おかげでその核石を媒介に僕は君たちに聖霊術を繋げることができた。夢を媒介して繋げる方法じゃ肝心なことをほとんど伝えられなかったから、助かったよ」
フミヤは俺たちの姿を見回す。
「ジュゼッタさんはユーゴたちのところにいたんだね。ミラーナさんが悲しんでいたよ」
フミヤはジュゼッタの方を見て言う。ジュゼッタは何か言いたそうに口を開くが、やはり声が出ないようだ。
「……ユーゴ、僕はいま聖鎧フィクシュテの核と結びついた状態だ。そのおかげでフィクシュテからあまり離れることができない。だからお姫様がユーゴの封印を解いて王都を離れたって知った時はかなり焦ったんだ。君は『あの時』のことを誤解したままだった。君は行動力があるから、僕のためにとんでもないことをしてしまうんじゃないかって」
俺にはフミヤが何を言っているのか分からない。
フミヤは手のひらを上に向けて広げた。手の上には淡い金色の光がともる。フミヤはそれを俺に向けて差し出してきた。
「こうなった以上、君に本当のことを伝えなくちゃいけない。……さあユーゴ、よく見て。あの時、君が気を失った後のことを。ミラーナさんがなぜあんなことをしたのかを」
フミヤの手のひらの上で光が弾ける。目が眩むほどの光だ。




