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フィクシュテ神殿


 それは、数えてみれば1ヶ月ほどの旅だった。

 風の羽ばたく谷間を越え、熱砂の降る荒地を抜ける。そのたび何度も魔物に出会い、俺たちは戦った。


「ユーゴ、危ないッ!」

 闇の森の中でミラーナの声がキンと響く。彼女の放った光の刃が俺の後ろの何かを切り裂く。

 俺は構わず目の前の魔物に剣を突き立てる。イノシシに似たその魔物の脳天に剣の切っ先がめり込んだ。聖霊力をまとった剣は硬い頭蓋骨をアッサリと貫通し、魔物は絶命した。


「こっちも終わったよ」

 ジュゼッタが槍についた紫の液体(多分魔物の血)を振り払い、こちらにやってくる。

 その背後ではフミヤが肩で息をしていた。


「大丈夫? フミヤ」

 ミラーナがフミヤに駆け寄り、その背中をさすってやる。

「平気、イノシシに、追いかけられちゃったけど、ジュゼッタが助けて、くれたから……」

 ぜえはあと息を切らしながらフミヤは答える。ならいいけど、とミラーナが言う。

 なんだかクラスのお節介な女子みたいなヤツだなと俺は思う。フミヤは女子に優しくされてまんざらでもなさそうだが。


「……だんだん魔物が増えてきたね」

 いつの間にかジュゼッタが横にいて、そう話しかけてくる。確かに、と俺は頷いた。

 この黒い森の中央で瘴気を発し続けているフィクシュテ神殿。そこに近づいてきている証拠だ。あと少し。あと少しでこれを終わらせて帰れるのだ。


 そうして旅の末、俺たちはフィクシュテ神殿へと辿り着いた。

 聖霊フィクシュテを祀るこの神殿が邪神に乗っ取られたのは6年ほど前のことだと聞く。

 それまでこの神殿には神官や巫女がいて、周囲も緑あふれる明るい土地だったらしい。しかし今その面影はカケラもない。人々が瘴気や魔物から逃れていったために神殿は荒れ果て、緑豊かな森は瘴気に蝕まれた黒い森となってしまっている。


 背の高い神殿内部への扉が目の前にそびえ立っていた。俺たちは各々顔を見合わせあって、頷く。

 俺は扉を封印するように絡みついたツタや荊を剣で切り払い、満を持して扉を開いた。


 「それ」は、神殿に入った瞬間に姿を現した。

 最初俺は、巨大な黒いカーテンが高い天井から神殿の内装を全て覆い隠しているのだと思った。だが違った。「それ」は無数の黒い触腕だった。その黒い触腕は、俺たちの侵入に気づいたのか、次々と襲いかかってくる。するどい直線の攻撃。俺は咄嗟に飛び退き、それでも間に合わない部分は剣で切り裂く。


 一瞬のうちの猛攻撃に皆を見失う。

 フミヤは。それに、ジュゼッタとミラーナは。


 俺は周囲を見渡す。

 ジュゼッタは体勢を低くし、その槍を器用に振るってやり過ごしている。

 ミラーナは聖霊術でとっさにバリアみたいなモノを作って弾いたようだ。

 そしてフミヤは……


「フミヤっ!」

 俺ははるか上空に向かって声を放った。

 思った通りそこには黒い触腕に足をつかまれたフミヤがいた。


「そいつを切れ!」

 フミヤのほうに駆け出しながら俺は叫ぶ。

 フミヤはすぐさま杖を振るい、かまいたちの聖霊術で自分の足を掴む触腕を切る。


 当然フミヤの身体は落下するが、俺が下で受け止める。普通、人ひとり落ちてくる衝撃を食らったら俺もタダで済む訳はないが、そこは聖霊術の強化がある。


「ありがとう!」

 放り投げるようにして立たせると、フミヤは杖の先でダンッと床を叩く。花のような紋章が床に広がり、光の柱が立ちのぼる。

 フミヤが得意とする結界の術で、魔物はこの光の中に入ってこようとするとかなりの苦痛が伴うらしい。現に、その場の黒い触腕は攻撃の勢いを落としている。


「行くぞジュゼッタ!」

「うん」

 俺はジュゼッタに声をかけ、息を合わせて剣と槍を構える。


 ……それからは長い戦いだった。

 俺とジュゼッタはそれぞれ剣と槍を振るって戦い、フミヤとミラーナは背後から聖霊術でカバーする。


「あれが本体だ!」

 フミヤが指さす。黒い触腕の根元、天井にほど近いところ。

 3メートルほどはあろうか。いびつに膨れたタコの頭みたいな化け物がいる。アレが「本体」か。


 触腕の攻撃を弾きながら周囲を見渡すと、床に根を張って動かず攻撃に使われていない触腕がいくつかあることに気づく。剣に聖霊力を込め、柱の役割を果たしているその触腕を両断する。俺の狙いに「本体」が気付いたのか、触腕の攻撃が俺に集中する。


「背後はボクに任せて!」

 ジュゼッタの声が背後に響く。剣より間合いの広い槍が、俺に迫る触腕をまとめて薙ぎ払う。

 フミヤとミラーナの聖霊術も俺の行く先を開いてくれる。


 柱の役割を果たす最後の足を切り倒した時「本体」が傾き、こちらに崩れ落ちてくる。

 黒い触腕が「本体」を護るように俺に襲いかかってくるが、構わず突撃した。腕が、足が切り裂かれる。けれどそれを治癒の聖霊術で強引につなぎとめながら「本体」の元へと走り抜き、その中心に剣を突き刺し、引き裂いた。

 金切り声みたいな悲鳴が上がる。

 俺はトドメを刺そうと何度も剣を突き刺す。

 段々と悲鳴は途切れて「本体」と数多の触腕は乾いた土のようにボロボロと崩れ、神殿の床に散らばってぴくりとも動かなくなった。





 倒した。……浄化の聖霊フィクシュテを封じていた邪神。それをいま、俺たちの手で打ち倒すことができたのだ。


「ユーゴ、大丈夫?」

 ゼエゼエと荒くなった息を整えていると、フミヤの手が俺の背中に添えられた。不器用な治癒の聖霊術が俺の細かな傷をゆっくり直していく。フミヤはあまり治癒術が得意ではない。


「……これで、日本に帰れるよ。よかったね」

 俺はフミヤのその言葉にふと違和感を覚えた。なんだか他人事のような響きだ。顔をあげて、目の前の景色を見た。


 黒い触腕が全て崩れ落ち、神殿本来の内装が露わになる。

 するとそこには不思議な光景があった。


「これは……」

 俺はそこにあったものを見上げて息を飲んだ。

 そこにあったのは見上げるほど巨大な甲冑が跪いた姿だった。白と金をベースにした西洋の甲冑。その胸元には一抱えほどある青く透明な鉱石がはめ込まれている。それが静かに俺たちを見下ろしていた。


 フミヤが俺の背中から手を離して立ち上がり、その甲冑に近づく。ミラーナもその後に続いていった。

「おい、危ないぞ」

 そんな得体の知れないモノにほいほいと近づくな。そう忠告しようとしたが、それは言葉にならなかった。フミヤの後を追おうとした俺を、ジュゼッタが槍で制したからだ。


「あなたはここから動かないで」

「……なんのつもりだ、お前」

 俺が問いかけても、ジュゼッタは答えない。

 俺たちが問答している間に、ミラーナとフミヤは巨大な甲冑の前で立ち止まる。

 ミラーナはおもむろに甲冑の胸元に嵌められた鉱石に手を伸ばす。その透明な石は水面のように揺れ、長く鋭い剣を吐き出し、それはミラーナの手に収まる。


 フミヤが剣を握ったミラーナの前に立つ。

 俺は脳の中にザワザワと嫌なノイズが満ちるのを感じていた。すぐに駆けつけなければ、これを止めなければ取り返しのつかないことになる。


「どけっ!」

 俺はついに剣をふるってジュゼッタの拘束を抜けようとする。

 しかし遅かった。

 フミヤがこちらを見て、悲しそうに笑う。


「ごめんね」

 その言葉の直後、固いものを突き破る音。

 フミヤの、その胸元から剣が突き出ている。


「あ、ああ……」

 フミヤの背後、彼に剣を突き刺した張本人。

 その女。ミラーナは。俺を見てやわらかく、笑みを浮かべた。



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