聖霊廟
とにかくそうして、異世界だったのだ。
光が収まるとそこは高台の公園ではなく、豪華な神殿だった。もちろん知らない場所だから「神殿」と知っていたわけじゃない。だが、やけに細やかな刺繍のタペストリーだとか、長いヴェールを纏った女性の像だとかが飾られているところが、いかにも宗教的だなと思ったのだ。
そんな宗教的空間の、恐らく人々の視線を集めるための場所に一人の男がいた。
歳は俺たちの親世代くらいだろうか。あれこれと飾り気の多い衣装はまさに権力者という雰囲気。その男が、神殿の床に座り込んだ俺とフミヤを一段高いところから見下ろしている。
男の両脇には少女がふたり、それからお仕着せらしき服を着たお付きが10人ほどもいた。
「……まさか二人も喚ばれるとは」
偉そうな雰囲気の男が低い声で発する。
「どうなさいますか。フェダニス様」
「まあいいでしょう。我々に必要なものは変わりません。選ぶ余地ができたと思いましょう」
フェダニスと呼ばれた偉そうな男は、両サイドを囲む少女にぼそぼそと何やら指図をしている。
一方俺は、フミヤと目を見合わせた。フミヤは目を白黒させている。たぶん俺も同じような顔をしている。何が起きたのか飲み込みきれていない。
どう見てもここは俺たちの住んでいた街ではない。そこに並ぶ人間たちも、どう見ても日本人ではない。
滑り台の床に置いていた荷物はなくなっていた。フミヤがストラップで首から下げていたスマホを覗き込んでいるが、マア圏外。周囲の人間は敵意こそないようには見えるが、それが5分後もそうとは限らない。
なんにしても俺は、フミヤの家の母さんからフミヤを頼まれているのだ。この連中が俺たちに危害を加えてくるというのなら、早く逃げなくては。……
そう思って逃げ場を探そうとした時、偉そうな男フェダニスがダンッと杖みたいなもので床を打つ。
「異世界からの客人よ。私は聖霊廟の司祭フェダニス。そなたらの名を聞こう」
俺とフミヤはまた顔を見合わせる。
「どうする?」
「名前くらいは良いんじゃないかな。異世界みたいだし、個人情報を知られたって別に」
俺たちはヒソヒソと話し合って、それからフミヤが先に名乗り、俺もついでみたいに名乗った。
フェダニスは「ふむ」と頷く。やはり偉そうだ。
「さて、フミヤくんと、ユーゴくん?」
「あ、はいっ」
フェダニスに話しかけられて、真面目なフミヤが素直に返事をする。
「いきなりこのような事を言われても飲み込めないだろうが、君たちは聖霊フィクシュテの求めでこの世界に召喚された。我々に協力し、フィクシュテを封じ込めている邪神を討ち果たさないかぎり元の世界には帰れないと思って欲しい」
フミヤが俺を見て、小声で「RPG?」と言った。まさしく同じ感想だった。
「悪いが選択権はない。……とはいえ必要な援助は全て与える用意がある。ひとまずは細かい事情を説明させていただこう」
フェダニスはそう言い、有無を言わせず部下に俺たちを誘導させて、いわゆる応接間みたいなところに通された。
そこで聞いた話を噛み砕くとこうである。
ここはバライバ王国と呼ばれる国だ。
聖霊フィクシュテとやらがおわす聖地を擁する大国とのこと。
その聖霊フィクシュテとやらの何がそんなに偉いのかと言えば、……なにせ異世界。
魔物がいるのである。
フィクシュテという聖霊にはその土地から魔物の発生を封じる力があった。
聖霊とはいわゆる日本の八百万の神みたいなもので、そのフィクシュテ以外にもさまざまな能力をつかさどる聖霊があちこちで信仰されているのだとか。
「そのフィクシュテっていう聖霊? が邪神に封じ込められて、今までいなかった魔物が出てくるようになってきてしまったから困っているってことで、あっていますか?」
フミヤが流れを確認するようにまとめると、司祭フェダニスは「その通り」と腕を組んだまま頷く。
「じゃあ、軍隊にその邪神や魔物を討伐させればいいだろう」
俺は適当に言い捨てる。俺たちみたいな何の取り柄もない中学生が一国を悩ませている邪神だの魔物だのに太刀打ちできるわけがない。
「それがそうもいかないのだ」
フェダニスはさらに話を続ける。
……邪神と封じられたフィクシュテがいる神殿からは瘴気と呼ばれる、よくわからないが、何かとにかくドス黒い毒の空気のようなモノが絶え間なく漏れ出している。それに蝕まれた土地は人の立ち入れないような場所になってしまうらしい。
「そこで君たちだ。異世界の勇者たち」
「つまりどういうことだ」
俺は話を急かした。コイツの話はどうも進め方が仰々しくて良くない。
「聖霊力だよ」
せいれいりょく? と隣でフミヤが明らかにひらがなの発音で復唱して首を横にかたむけた。
「君たちの世界には無い概念かな」
「僕は聞いたことありません」
だよね? とフミヤがこっちを見る。当然俺だって聞いたことはない。
それからフェダニスがその聖霊力とやらについて事細かに説明してくれたが、要は俺たちの世界でいう「魔力」「魔法」の概念とほぼ同じだと理解した。
要はつまり、その「聖霊力」というヤツを高いポテンシャルで持っていなければ、そもそも瘴気の満ちた領域では行動できない。そして聖霊力はこの世界の人間なら誰しも多少は持っているが、瘴気に満ちた空間で行動できるレベルの人間は十万人集めても一人いるかいないかというレベルだということだった。
「だからフィクシュテは君たちを召喚したのだ。異世界の民にはこちらの世界ではあり得ないほど高い聖霊力を持つ人間がいる。それが君たちなのだ」
まるで身に覚えのないことを言われて、俺とフミヤはポカンとする。
「知らぬのなら自覚がなくとも仕方あるまいか。まあ、すぐに分かることになるだろう」
それから、1週間ほど。俺とフミヤはフェダニスのつかわした神官に聖霊力とやらの扱いを学んだ。
最初は半信半疑だった俺たちだが、彼らの言う集中法を学ぶと、確かにその力の存在が感じられるようになった。特殊な瞑想法で集中を高めると、キンと耳鳴りのような音が頭の中に響く。それが、俺は聖霊力を感じられているという印になるらしい。
その後はまた1週間ほどかけて「聖霊術」を学んだ。
これはやはり俺たちみたいな中学生が想像できる魔法そのものだった。
火の壁や氷の刃を作る「いかにも魔法」な聖霊術はフミヤが得意だった。
俺はというと、筋力を強くしたり傷の治癒速度を上げる「回復魔法」めいた聖霊術に適性があるようだった。
この聖霊術の得意・不得意はおおむね才能で決まるらしい。
そうして一通りの「コツ」を教え込まれた俺たちはフェダニスの集めた2人の仲間と共に旅立つことになる。十万人集めて一人いるかいないかの逸材を2人である。
一人はフェダニスの養女ミラーナ。
フミヤと同じ類の聖霊術が得意で、強大な聖霊力を持つことから聖女とよばれているとか。
二人目は聖霊廟の女騎士ジュゼッタ。
俺たちとミラーナの中では最年長の18歳で、槍術の使い手。俺と同じく筋力強化の聖霊術を得意とする。
そうして俺たち4人は、司祭フェダニスと多くの神官たちに見送られて聖霊フィクシュテの神殿を目指して旅立った。




