召喚された勇者たち
「ようやく辿り着いたね、ユーゴ」
隣から、少し息を切らせた声が俺に話しかける。
異世界バライバ王国、辺境の黒い森。その丘にたたずむ古びた神殿前でのことである。
その直後、切り裂くような冷たい風が吹き抜けた。長いローブを風に煽られた声の主……フミヤが「わわ」と情けない声をあげてよろめく。
「ようやくも何も、まだ終わってないぞ」
俺がそう返すと「いいじゃないですか」と明るい女の声が響く。
「せっかく4人みんなでここまでやって来れたんですもの。少しくらい喜びましょうよ」
「だよね、ミラーナさん。大変だったけど、ひとりも欠けずに済んだんだし」
少女の言葉にフミヤはにこにこと頷く。のんびりした奴らだと思いつつ、俺はその場に集まった4人……自分以外の3人を見回す。
魔法使いじみた長いローブをまとった聖霊術士、フミヤ。俺の小学生の時からの友達だ。
明るい声の女は聖女ミラーナ。小柄で全体的に色が薄い。ふわふわした長い髪や白い肌は人形のようだが、その見た目に反してお喋りで賑やか。
「……呑気だね。戦いはこれからが本番だっていうのに」
ため息まじりに言ったのは、槍をたずさえた赤毛の女騎士ジュゼッタ。すらりと背が高く、もの静か。見た目も性格もミラーナとは対極的である。
そして俺は、腰に下げた剣の柄に手をかけながら、その神殿を見上げた。
教科書で見たギリシャの神殿に似ているな、と思った。カラリとした空気でがらんどうのギリシャ神殿と比べて、こちらの神殿には湿った植物がまとわりつき、いかにも何かがいるという雰囲気だが。
このバライバ王国はこの神殿に巣食う邪神のせいで滅びの危機にある。これを討つのが俺たち4人の目的だった。
では一国の致命的な危機に対して、なぜ一個軍団ではなく俺たちのような子供4人が向かわされているのかと言えば、それにも経緯がある。
俺、平野優吾と井坂郁弥は日本の中学生だ。
どちらもその名前をインターネットで検索したところで何も出てこないくらい、変わったところのないフツーの中学生である。学校では愛想が悪くてハブられている俺と、マイペースすぎてフミヤという、はぐれ者同士の組み合わせだった。
「ねえユーゴ。明日の朝、水星を見に行こうよ」
フミヤがそんなことを言い出したのは、2年生の冬。3学期が始まってすぐの時期だった。
「……なんで水星なんだ?」
「水星は太陽に近いから、普段は観測が難しいんだ。でもこの時期は太陽と水星の位置が離れるから日の出と日没前後には観測しやすくなる。それで……」
フミヤがペラペラと喋るのを横目に、俺は教科書をまとめてボロいカバンに詰め込む。
フミヤは子供のころ病気でずっと入院していたせいか、元気になった今でもアウトドア好きだ。俺は小学生の頃からザリガニ釣りだのペットボトルロケットだのに付き合わされた。
「……というわけなんだ。どう? いかない?」
「お前の母さんが良いと言ったら付き合う」
「母さんなら、ユーゴが一緒に行ってくれるなら良いって」
俺は最後の砦を壊された気分で重たく息を吐いた。フミヤの親は「ユーゴくんはフミヤと違ってしっかりしてるから」とやけに俺を信頼してくれる。俺としてはしょっちゅう飯をご馳走になっているので頭があがらない。
「……わかった」
次の日。
俺たちは日の出前の早朝から公園にいた。丘の上にある見晴らしのいい公園だ。
息も白くなる寒さの中、遠くの空が群青色に明るくなり始めているのが見える。少しでも高いところに陣取ろうと、俺たちは滑り台の上に登った。この公園の滑り台は古くて木製で、かなり大きいから二人で登ってもかなり余裕がある。
「早く準備しちゃわないと、太陽が昇ってきちゃう」
フミヤはそう言って荷物を広げ始めた。「はい」と水筒を手渡される。中には熱いココアが入っていた。これを飲んで待ってろってことだろう。
俺は滑り台の柵に寄りかかって、そのココアを飲みながらフミヤの様子を観察する。フミヤは手袋をはめた手で望遠鏡を空の低いところに向ける。プラスチックの筒の内側に黒い紙を貼り付けて、虫眼鏡から剥がしたレンズを付けた手作りの望遠鏡だ。
俺は天体観測に興味がないから上の空で今日の授業のことを考えていたのだが、望遠鏡をのぞくフミヤが首を傾げているように見えたので声をかける。
「何かあったのか?」
フミヤにはめずらしく「うーん」と歯切れの悪いリアクションが返ってくる。まあ解説されたところで俺にはわからないとは思うが。
「なんか不思議なんだ。水星の横、変に明るい星がある」
フミヤは望遠鏡を下げ、地平線と空の境目を指差す。
するとその方向に、二つの星があった。ひとつは水星だろうが、もうひとつ……より明るく光る星は何だろう。俺は天体に詳しくないが、あの場所にあんなにまぶしい星があるのはおかしいことくらいは分かる。
「それにあれ、なんだか光が強くなってきてる」
確かに、もう一つの水星は脈打つように点滅し、次第に光は強くなっている。
「逃げたほうがいいのかもしれないな」
「エ、なんでっ」
「ミサイルとかかもしれないだろ」
まあ半分冗談であった。天体観測には少し飽きていたし。
しかし俺がフミヤをせっついている間に、もう一つの水星は太陽ほどの明るさまでふくれあがる。
いくら何でもこれはおかしい。
本当に逃げた方がいいんじゃないか。
次の瞬間。視界が白く光り、体が浮く。
「ワアアっ」
上がった悲鳴がフミヤのものか、俺のものかもわからなかった。




