幻影再び
『ずいぶん王都から遠いところに行ってしまったんだね、ユーゴ。探すのが大変だったよ』
声がした。フミヤの声だ。
俺はいつの間にか、見晴らしのいい丘にいた。ジュゼッタと話をしたあの丘だ。ところどころに咲いた白くて小さな花が、夕焼けに照らされてオレンジ色に光っている。その中心にフミヤがいた。
フミヤの姿はいつも見慣れたものではなかった。目も髪も金色に変化し、見慣れない白のローブを着ている。この姿は以前どこかの夢の中でも見た。
お前は、本当に生きているのか。
生きているなら今どういう状態なんだ。
その見た目はなんなんだ。
問いかけたいことは山ほどあるのに、一つとして声にならない。
『ああ、そうだよね。幻術をかけられている人は声が出せないんだ。理由は知らないけど、夢を見ている状態に近いからかな。寝ている人は喋れないからね。これは僕の術だから安心して。君に悪いようにはしないさ』
喋っているところを見ると尚のこと、こいつはフミヤに間違いなかった。
『僕も君の疑問にきちんと答えてあげたいんだけど、この聖霊術はまだ慣れてないから僕自身も伝えたいことをきちんと喋れないんだよね』
確かに、どうも話が要領を得なくてまさに夢の中といった感じだ。俺の考えもなんだかまとまらない。
『ともかく、僕は大丈夫だから心配しないでくれ。だからユーゴは聖霊廟と戦っちゃダメだ。必ず僕が君を元の世界に帰してあげるから、それまで待っていて』
……俺はそんなことを望んでいない。
俺はフミヤの仇を必ず取るつもりだ。もし、万が一生きているなら必ず助けてやりたい。そのためなら俺が元の世界に帰れるかどうかなんて別にどうでも良いのだ。
もしお前がそんなことの為に危ない橋を渡ろうとしているなら今すぐやめろ。……声を出せないとこんな簡単なことさえ伝えられない。
『もう時間切れみたいだ。ユーゴ、僕はきっとミラーナさんと一緒にメガリディアに行くことになる。君もそこに来てくれ。きっとまた会えるから』
夕陽が傾く。光が次第に強まり、周囲の、フミヤの存在をぼやけさせていく。瞬きをする間に視界は白く染まり、何も見えなくなった。
……また妙な夢を見た。
目を覚ますと、俺はオルドーネ後部の副座席にいた。ラキアを出発してから1日目の夜。俺たちは道中の川辺で野宿をしていた。
俺とリューネは交代で操縦席に座り、周囲を見張っていた。今はリューネが見張りの番だ。これは魔物や盗賊に対する警戒であり、ジュゼッタへの警戒でもあった。そのジュゼッタは俺の隣に座って目を閉じている。寝ているのか起きているのかは分からない。
「眠れませんか」
俺が身じろぎした僅かな物音を聞いてか、リューネが前の操縦席から小さな声で話しかけてくる。
「……少し変な夢を見て目が覚めただけだ」
「王都からここまで大変なことの連続でしたからね。神経が過敏になるのも無理はないことです。……特にあなたは、フミヤ殿のことが気にかかるでしょう」
「それは、リューネも同じだろう」
この国の王……リューネの兄さんは聖霊廟のフェダニスに囚われて、かれこれ2ヶ月以上どういう状況にいるのか分かっていない。少なくともしばらく殺されはしないとリューネは言っていたが、それなら心配ないなんて簡単に割り切れはしないはずだ。
「……そうですが、わたくしは兄は生きていると確信していますし、フェダニスも兄に危害を加えるほど愚かではないでしょうから。……ユーゴ」
「なんだ」
「もしもフミヤ殿が生きていたとしたら、わたくしは必ず彼の救出を手伝いますからね」
リューネは真剣な声色だった。俺は言葉に詰まる。
「リューネは、……あの話を信じられるのか」
「わたくしにはまだ分かりません。ですが昨日も伝えた通り、生きている可能性は確かにあると思いました」
俺は、さっきの夢をまだぼんやりと覚えている。
フミヤは「僕は大丈夫だから聖霊廟とは戦うな」と言っていた。それがフミヤがなんらかの方法で俺にメッセージを伝えたものなのか、それともただの夢なのか、どうにも判別がつかない。
「なあ、リューネ」
「なんですか?」
「もしあんたの兄さんが『自分のことは助けなくていいから聖霊廟と戦うな』と言ってきたら、あんたはどう考える?」
「それは、兄がそんなことを言い出すとは思えませんが……」
「例えばの話で構わない」
リューネはしばらく黙り込んだ。操縦席に座ったリューネの顔は、今の俺には見えない。
「もし仮に兄がそう言ったのだとしたら……聖霊廟と協力関係にあると考えるのが普通でしょうね」
「……そうか」
リューネの答えは俺の想像したものとほとんど同じだった。
もしあれがただの夢ではないとしたら、フミヤは俺に黙って一体なにをやろうとしているのだろう。俺よりも、ミラーナと手を組むことを選んだとでも言うのだろうか。
そうだとしたら、俺のしてきたことは。……
「ユーゴ」
リューネの声が、俺の思考をさえぎった。
「夜中に考え事をしても良いことはありませんよ。核石を手に入れてメガリディアに戻るまでは、小競り合い以外で聖霊廟と本格的に戦うことはないでしょう。大事なことは時間をかけて考えるべきです」
「リューネ……」
「もう少し休みなさい。眠れないなら目を閉じているだけでもいいのです。あなたがわたくしにそう教えてくれたでしょう?」
それは、あの王都近くの宿場町でのことだ。もはや遠い出来事に感じる。
俺はリューネの言う通り目を閉じた。
眠るのは好きじゃない。……嫌なことばかり思い出すし、ロクでもない夢ばかり見る。それでも休まなければ体が動かないのは確かだ。なるべくなにも考えないよう、俺は残りの時間をやり過ごした。




