ナスタシア離宮の亡霊
それからジュゼッタは俺たちを聖鎧オルドーネの隠し場所まで案内した。
ここラキアの街まで乗せてくれた馬車隊とはもう別れた後だし、俺たちが乗ってきた聖鎧はタルマイヤ坑道前の廃墟に置いてきてしまったから、ここからはこれに3人乗りで行動することになる。
俺たちがこれから向かう予定だったのは、ナスタシア離宮だ。同名のナスタシアという街の外れ、かつては眺めのいい丘だった場所に建っている。
フィクシュテ神殿からほど近いこの街は瘴気や魔物の被害を大きく受け、一度ほぼ壊滅状態にまで至ったらしい。今も市壁の再建など復興が進められているが、住民の多くはまだ他の街に避難したままだ。魔物の生き残りもしばしば出るらしいので、人や馬車の往来も他の街に比べて少ない。
「結果的にですが、ジュゼッタが協力を持ちかけてくれて助かりました。ここからナスタシアまでは徒歩だとかなり時間がかかりますし、乗せてくれる馬車を探すにも骨が折れたでしょうから」
白銀色のオルドーネを見上げながらリューネが言う。ここはラキアの市壁の外に残る廃墟のひとつだ。ラキアに限らず、街の全ての建造物が市壁のなかに収まっているわけではない。ジュゼッタはその建物の一つにオルドーネを隠していたようだ。
「操縦はユーゴに任せるのが良さそうですね」
リューネがコックピットを開く。内部はぴったり2人乗りのヴェルメーヌよりもやや広かった。これなら詰めて3人乗れそうだ。それを確認すると、リューネは扉を閉じる。
「ひとまず一度ラキアの街に戻りましょう」
「なぜ? 今すぐナスタシアに出発しないのですか?」
リューネの方針に、ジュゼッタが疑問の声を上げた。
ジュゼッタには聖鎧ダファティの存在など重要なことは明かしていないが、俺たちの目的を軽く共有している。
「人数が増えましたから、食料や水を補充しなければなりません。それにナスタシアについての情報も集めたいですから」
ジュゼッタはリューネの話を聞いて「それもそうか」という顔をした。ジュゼッタはこの雰囲気でけっこう猪突猛進で、あまり知略を働かせられるタイプじゃない。まあ、聖霊廟内でも重要情報に限って知らされていないのはそのせいだろう。現にいま裏切っているわけだし、フェダニスの判断は正しい。
それから俺たちはラキア市内に戻り、一通りの買い出しを済ませてからナスタシアの街についての噂話を集めて回った。
SNSはもちろんテレビもラジオもないこの世界では、その時の最新情報を追おうと思ったら旅人や商人の噂話を聞くのが一番になってしまう。
夕方、俺たちはラキアのなかで比較的お上品なエリアにある酒場に集まっていた。この世界の酒場は宿屋をかねていることが多いので、今日はここで朝を待ち、明朝に出発する予定だ。
……比較的品が良いとは言っても、周囲はむさくるしい冒険者や商人ばかりだ。なんとなく視線を感じるし、適当に食事と情報共有を終えたらさっさと部屋に引っ込むべきだろう。
「俺が聞いた話では、特におかしなものはなかったな。復興が進んできて人の往来もだんだん増えてきているとは聞いたが」
「わたくしの方でも似たようなものです。魔物の生き残りも未だに出るようですが、数は減ってきているようですね」
「ボクの聞いた話もだいたい同じだ。……ただ、与太話だと思うけど少し変わった噂を聞いたよ」
ジュゼッタの話を聞くと、彼女は傭兵や荒っぽい冒険者の多い市壁の門近くの酒場で噂を聞いて回ったらしい。するとその中には治安維持のために盗賊や魔物討伐に駆り出されていた連中がいた。そいつらの間で妙な噂が広がっているらしい。
「なんでもナスタシア離宮に幽霊が出るという話があるらしいんだ」
「幽霊ですって?」
リューネの意外そうな声に、ジュゼッタは頷く。
「邪神の討伐前、ナスタシアは壊滅状態で住民もほとんど避難していた。もちろんナスタシア離宮にも人がいなくなるから、そこに盗賊が盗みに入ることがよくあったらしい」
いわゆる火事場泥棒というやつだ。もちろん魔物はうろついているし、フィクシュテ神殿近くほどではないにしろ瘴気もあって普通の人間はパフォーマンスが落ちる。それでも忍び込むというのだからずいぶん命知らずだ。俺からすればリターンよりリスクが勝るように思えるのだが。
「その盗賊が、……ナスタシア離宮の中で幽霊に会ったと言うんだ。とは言っても証言はまちまちで、死んだ父親に会ったとか、山奥にしかいないクマに襲われたとか、離宮にいるはずのない憲兵団に殴られたとか……いろいろだ」
そのどれにしても「ナスタシア離宮にいるはずのないものを見た」という内容だ。それらの噂話が人々の間を渡るにつれてザックリとした「幽霊が出る」という噂になったのだろう。
「とにかく、そこで出会う幽霊はどれも忍び込んだ人間にとって怖い人物とか恐ろしいものの姿をしているようなんだ。その噂話のおかげでナスタシア地域全体の盗賊が減って、傭兵の食い扶持が少し減っているみたいだよ」
盗賊が減っているなら道中余計な戦いをしなくていいし、なにより俺たちが必要としている核石エシュテインが持ち出されている可能性も低いだろう。
「……問題は、その幽霊に実害があるかどうかだな」
本当にただ実態のない幽霊ならいいが、噂の一つには「憲兵団に殴られた」というものがある。
「おそらく、その幽霊はわたくしの祖母……王太后が仕掛けた聖霊術でしょう」
リューネが気まずそうに言う。なにか心当たりがあるらしい。
「祖母はかつて平和だった頃のナスタシア離宮で暮らしていました。そして、幻を生み出す聖霊術の使い手だったのです。わたくしと兄も昔はさんざん驚かされました」
「それは、……どうも厄介な婆さんだな」
リューネは俺の発言を不敬には思ったらしいが強く否定もできなかったらしく「ええ、まあ……」とらしくもなく歯切れの悪い返答をした。
「とにかく、その祖母が仕掛けた防犯用か何かの聖霊術がまだ効果を発揮しているのだと思います。離宮に保管されている核石エシュテインは聖鎧の重要な部品としての役割もありますが、同時に人間の聖霊力を増幅したり溜め込んだりする性質もあります。祖母が離宮から離れた後もこれだけ大掛かりな術が持続しているのは、多分ですがエシュテインの力によるものでしょう」
なんとも厄介な話だが、おかげで一つ良いことがわかった。
「つまり、その幽霊の噂が本当なら、核石エシュテインは確実にナスタシア離宮にまだあるということだな」
「そうなります」
少なくともここまでの苦労は無駄にならずに済みそうだ。
リューネが言うには、エシュテインに新たに別の人間の聖霊力を注げばそれまでの術は解除されるようなので、持ち帰る時の心配はいらないらしい。
「ここラキアからナスタシアまでは、オルドーネの行軍速度なら約2日といったところ……ユーゴならもう少し早く着けるかもしれませんね。ひとまず今日のところは休みましょう」




