ジュゼッタの提案
「……ジュゼッタ」
「久しぶりだね、ユーゴ」
その人物が藍色の外套のフードをおろす。ウェーブした短い銀髪と、表情の乏しい顔。
かつて旅をした仲間のひとり。聖霊廟の女騎士ジュゼッタだった。
……やはりあの蝕まれた森では死んでいなかったらしい。俺は腰に下げた剣の柄に手をかけ、静かに抜き放つ。
「一体何をしにきた」
返答次第ではすぐに殺すつもりで聞く。もちろんどんな返答がきてもタダでは済ませないつもりだが、リューネが言った通り情報を引き出せるならそれに越したことはない。
「あなたたちに頼みがあって来た」
「……俺があんたの頼みを聞くとでも?」
ジュゼッタは俺の問いかけには答えず、その身を覆っていたマントを外す。その下は見慣れた騎士の服装ではなく、俺と同じような旅の軽装だった。武器になるものは何も持っていないように見える。ジュゼッタは俺と同じで遠隔攻撃できる聖霊術はほとんど使えない。今はほぼ攻撃手段を持っていない状態だ。
「ひとまず話をさせてほしい。ボクを殺すのはそれからでもいいはずだよね?」
それは最初からそのつもりだが、向こうから切り出されると何かたくらんでいるのかと身構えてしまう。
「いいでしょう。ただし話はこのまま聞きます。発言には気をつけなさい」
リューネの手にも彼女の武器である槍が握られている。リューネは武術が達者だし、場合によっては俺より早くジュゼッタの首を刈るだろう。
「……ボクはあなたたちと戦った後、王都の聖霊廟に戻った。聖霊廟はユーゴと王女殿下を取り戻せないと分かると、王家を利用してメガリディアとの戦争の準備を始めたんだ。ボクも戦いに加わるようにと命令された」
俺たちは頷いた。実際にあちこちで軍備が進んでいるという噂も聞いているし、実際にアルブジエではこの目で見た。
「……その戦争にミラーナも駆り出される。聖鎧フィクシュテの搭乗者として」
それを聞いて、俺の頭にはリューネに助けられてすぐ、王都で見た凱旋式の光景が思い起こされた。
「ミラーナがこれからも戦争に利用され続けるなんてボクには許せない。ボクはこの戦いを聖霊廟の思う通りにはさせたくないんだ」
「それで、あんたは俺たちの前に出てきて何をしようって言うんだ」
俺が問いかけると、ジュゼッタは口ごもる。
「ボクの持っている聖霊廟の情報をメガリディア太守に渡したい。ボクを太守のところに連れて行ってほしい」
「あなた、聖霊廟を裏切るつもりですか?」
リューネの驚いたような反応に、ジュゼッタはなぜか不思議そうだ。
「もともと、ボクは聖霊廟に忠誠を誓っているつもりはない」
口ではなんとでも言える。到底信用できない。
俺がそう思っていたのが顔にでも出ていたのか、ジュゼッタはおもむろに服の下からペンダントのようなものを取り出し、首から外した。500円玉くらいの平べったい飾りがついたペンダントだ。
「これは聖霊信仰の祈りの道具で、聖霊廟の信徒の証でもある」
ジュゼッタはそう説明しながらペンダントを握り込み、それを遠くに放り投げてしまった。ペンダントは一瞬陽の光を反射してきらりと光り、そのまま遠くの草むらに落ちて見えなくなる。普通に考えたらもう二度と見つからないだろう。
「……それしきで信じるとでも?」
この世界の信仰についての常識を知らない俺にとっては、ただアクセサリーひとつ投げ捨てただけにしか見えない。リューネのほうを横目で見ると、彼女もさほど驚いてはいなかったので大したパフォーマンスではないのだろう。
「もちろん簡単に信じてもらえるとは思ってない。これもあなたたちに預ける」
今度は指輪を外し、それを俺に向けて投げてくる。受け取ったそれを見てみると、女物にしてはゴツい指輪だった。中央には大振りの宝石が埋まっている。その水色の宝石は、指輪を傾けるとまるで水面のように揺れた。この輝きは見たことがある。聖鎧に埋め込まれている核石と同じだ。
「それはボクの乗ってきた聖鎧オルドーネの鍵だよ」
オルドーネといえば、あの蝕まれた森でジュゼッタが俺たちを襲った時に乗っていた聖鎧がそれだ。
普通、聖鎧の起動に鍵は必要ない。俺たちが扱ってきたフォーシルやヴェルメーヌにはないし、おそらくフィクシュテやダファティにも存在しない「鍵」がなぜオルドーネには取り付けられているのか。
ジュゼッタとリューネの説明によると、聖鎧オルドーネは聖霊廟で最新の聖鎧らしい。それもただ「最新」というだけでなく、フィクシュテのような規格外を除けば最強の聖鎧と目されている。
まあその強さに比例して動かすのに必要な聖霊力も桁違いらしく、並の人間では片腕すら上げられないという。ヴェルメーヌと同じく複座式で、基本的には予備の燃料タンク(要は聖霊力の供給要員)を積んで動かすものなのだとか。
そんな風に扱いも難しいがその分強力なので、聖霊廟はこれが他の組織の手に渡ることは良しとしていないようだ。つまりこの鍵を俺たちに渡すのは言い訳の余地がない裏切り行為で、これがバレれば聖霊廟には戻れない。
「それなりの覚悟はあるようですね」
「もちろん」
リューネはいくらかジュゼッタを信用する気になったらしい。一方俺は冷ややかな気分だ。俺にとってはジュゼッタの覚悟のほどなんてものはどうでもいい。こいつはミラーナがフミヤを殺すことに加担した。それだけで話をまともに取り合う気にはなれない。
とはいえ、……こいつが本当に聖霊廟の情報を喋る気があるのなら、それを吐かせてから殺せばいい。
「メガリディアの太守への伝言なら俺が預かっておいてやる。だが、あんたはここで死んでもらう」
「悪いけれどそういう訳にはいかない。ボクの話した情報をあなたたちが正確に伝えてくれるとは限らないし、それにあなたたちが聖霊廟に追われながらたった2人だけでメガリディアまで無事に戻れる保証もないよね」
その物言いはリューネにも不遜なもののように感じられたらしく、姫様は不愉快そうに眉をひそめる。
「ボクを連れていけばきっと役にたつ。魔物とも戦えるし、聖霊廟に見つかってもある程度ごまかしてあげられる。ボクを殺すのはそれからでもいいでしょう」
「仮にあんたの言うことが全部正しいとしても、俺の目的はミラーナを殺すことだ。あんたとは協力できない」
俺の言葉に、ジュゼッタは何かを考え込むようにうつむく。
「……こうなったからには、ユーゴにもひとつ言っておかなきゃいけないことがある」
「なんだ。さっさと言え」
ジュゼッタはもともと口が重い人間だがなんだか言葉をためらっている。
「おそらく、フミヤは殺されていない。生きて、聖鎧フィクシュテを動かすために利用されているはずだ」
なんですって! とリューネが声を上げる。
俺は……気がついた時には剣を振りかざし、ジュゼッタの首元に突きつけていた。
「適当なことを言うなよ。俺はあの時ミラーナの剣がフミヤを刺したのを確かに見た」
「あれは、ただの剣じゃなくてミラーナの聖霊力で作られた剣だよ。あの時のことはフミヤの魂と聖鎧フィクシュテを繋ぐための儀式だったと聞いている」
俺はミラーナがフミヤを刺した後のことは見ていない。その後に何が起こったのかを知らないから、ジュゼッタが嘘をついているのか今のところは本当のことを言っているのかも区別がつかない。だが……
「さっきから聞いていれば『おそらく』だの『聞いている』だのと、ボンヤリしたことばかり言っている。じゃあ聞くが、あんたは生きているフミヤをあれから見たのか?」
「……見ていない。ボクが最後に彼を見たのは、あなたと同じであの日が最後だ」
ほら見ろ、という気分になった。仮に今のジュゼッタが嘘を言っていないとしても、こいつが物事の全体像を把握しているようには思えない。
「待ちなさい、ユーゴ。今のあなたは少し頭に血が上っているように見えますよ」
リューネにそう制されるが、ひどく今更なことを言われている気がする。俺はフミヤが殺されたあの瞬間からずっと頭に血が上っている自覚があった。今でも怒りで自分が何をするか分からない。
「フミヤ殿がなぜ殺されてしまったのか、わたくしとしても疑問に思っていました。この者の言うことがどれほど信用に値するか今は分かりませんが、生きたまま聖鎧フィクシュテの心臓部として利用されているという情報には説得力があります」
リューネはそう言って、俺の手元……聖鎧オルドーネの指輪を見る。
蝕まれた森で俺たちと戦ったあの聖鎧。あれくらいの聖鎧を動かすのにも普通は「燃料タンク」となる人間を乗せねばならないとさっきも聞いた。ジュゼッタがあれを1人で動かせているのは彼女が聖霊力に秀でているからだ。
「あれほどの大きさの聖鎧、フミヤ殿やユーゴのような異世界の勇者の力がなければ動かせません。なぜ聖女ミラーナが、この世界の人間が1人であれを動かせるのか、わたくしにはずっとそれが不思議でした。……聖霊力は生きている人間に宿る力。フミヤ殿がもし死んでいるのだとしたら、彼の力を利用することはできません」
……だから、フミヤは生きているというのだろうか。
もし仮に、ジュゼッタの話が本当だったとしたら俺の疑問も一つ解決する。俺が王都の地下で生きたまま封印されていた理由である。俺はフミヤの予備だったのだ。
もしそうなら、まだ俺は間に合う。俺はフミヤを助けることができる。
だが、そんな都合のいい話があるだろうか。
「ボクの言っていることが本当だとわかったら、すぐにミラーナを殺さなくてもいいよね? 話し合いの余地があるはずだ」
……考えがまとまらない。
ミラーナやジュゼッタたち、聖霊廟が俺たちを騙していたこと自体は変わらない。だが真相を確かめないままでも良いとは思えない。
「……リューネはこいつをイスミルのところまで連れて行くつもりか」
「ええ、そうですね。ひとまずはそれが良いと思います。ユーゴがいれば寝首をかかれる心配もないでしょう」
ずいぶん信頼されている。
……気は進まないが、これからはジュゼッタも同行して進むことになりそうだ。もしこいつの言っていることがホラだと分かったら、その時こそ容赦はしない。
俺は剣を降ろし、再び鞘に納める。
「よろしく、ユーゴ。それに王女殿下も」




