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ラキアの街



 目を開けると、古びた灰色の壁。そしてその壁面を這う緑の蔦があった。壊れた木製の窓からは木漏れ日。俺はどうやらどこかの廃屋の中に寝かされていたらしい。

 ……なんだか夢を見ていたような気がする。というか俺は、いったい何でこんなところで寝ていたんだったか。


「目が覚めましたか、ユーゴ」

 リューネの声がした。ゆっくり起き上がると、そこにはやはり彼女がいる。俺は廃屋の床、古びた布を敷いた上に寝かされていた。


「ここまで運んでくれたのか」

 思い返してみるも、あのコウモリの大群を仕留めたあたりから記憶が曖昧だ。

「覚えていませんか? 確かにわたくしは肩を貸しましたが、あなたはここまで自分の足で歩いて来ましたよ」

 ……まるで覚えていない。聖霊力の枯渇で意識が混濁していたようだ。


「……済んだことをあまりとやかくは言いたくありませんし、あなたのおかげで坑道を抜けられたのも事実なのですが……次からはあのような戦い方は控えてくださいね」

 リューネの怒り方がいつになく優しい。まあ自分でも無茶苦茶な戦法だったと思う。


「確かに、今回はたまたま次の敵が来なかったからいいが、そうじゃなかったら危なかった。次は倒れないようなやり方にする」

 一応真面目に反省しているからそう言ったのだが、リューネは困った顔をする。


「それもありますが、そうではなくて……」

 まるで物分かりの悪い生徒に苦心する教師みたいだ。俺はそう思ったが言わないでおく。


「ユーゴの聖霊力ならば負った傷をすぐ回復することは容易いでしょうが、それでも怪我をすれば痛いことには変わりがないでしょう。次からはなるべく怪我自体を避けるように立ち回りなさい。わたくしもいるのですから、ひとりで全てなんとかしようとは思わないことです」


 俺はその言葉に虚をつかれた気持ちになった。

 まさか、治した怪我の話をされているとは思わなかったのだ。実際、怪我を負った瞬間は痛いが、それこそ「済んだこと」なのに。


「あのように自分をかえりみないやり方は心配なのです。次からは控えるように。いいですね?」

 俺が返事をしないことに痺れを切らしたのだろう。リューネがお姫様の口調で念を押してくる。俺は勢いに押されて「ああ、わかった」と頷く。リューネは「よろしい」とやはりかしこまった口調。



 それから、俺たちは手持ちの保存食で飯にした。例の硬いパンと干し肉だ。調理ができる道具は聖鎧に積んだままなのでこれを食べるにも一苦労だ。

 今の時刻は正確には分からないが、日差しの傾きからして正午すぎのようだ。


「俺は一体どれくらい眠っていたんだ?」

「一刻もたっていないと思いますよ。あなたが寝ている間に大体の現在地を割り出しました。ここです」

 リューネが地図を広げ、ある一点を指差した。リューネの持っていた地図にはタルマイヤ坑道の入口は書いているが出口の位置は表記がなかった。まあ実際に通ってみて「普通はこんなルートを選択肢にはいれない」というリューネの言葉に心底納得したので表記がないのは然もありなんだ。


「今いるのは坑道を出てすぐの物置小屋のようなところですね。わたくしたちが入って来た方面には人里の跡がありましたが、こちらは目立った建物はこの小屋だけでした」

 つまり宿をとったり食料の補給ができる場所ではないということだ。


「一番近いのは、……この宿場町か」

 俺たちのいる坑道の出口からしばらく歩くと街道にぶつかる。それをナスタシア方面に北上すると、途中に宿場を示す記号があった。


「そうですね。今日はひとまずここを目指しましょう。着くのは深夜になってしまうでしょうが……」

 それでも屋根があるところで眠れてまともな飯も調達できるのだから野宿よりマシだった。

 俺たちはどうにか味気のない飯を詰め込んで、さっさと出発することにした。


 坑道周辺から街道に出るまでの道はやはり普段は人の通行がないのだろう。俺たちが入ってきたほうと同じく薮で阻まれていた。リューネの炎術で焼き払ったり剣で切ったりしてどうにか進むと、街道がすぐ見えてきた。


 幸いなことに、街道をしばらく歩いた頃に馬車が通りかかった。ナスタシア方面へ復興のための建材を運ぶ馬車だ。野盗にとってはあまり金目のものとは言えないから護衛もあまり多くは雇っていないようだった。リューネがその馬車を呼び止め、交渉ののち俺たちはナスタシア地方の中心都市ラキアまで護衛のかわりに乗せてもらえることになった。




 数日後、俺たちはナスタシアにほど近い街ラキアまで辿り着き、馬車隊と別れた。

 道中は多少魔物が襲ってきたりはしたが、あの坑道の中に比べれば平和なものであった。あの時点で馬車に出会えて本当に運が良かった。おかげでずいぶん早くここまでやってくることができた。


「なかなかいいですよ。似合っています」

 そして俺は今、ラキアの古着屋にいる。

 というのも、これまで着ていた服は坑道でコウモリの魔物と戦った際にあちこち破れ、血もべっとりとついてしまった。ある程度は洗い落としたが、もう街中を歩ける服ではなくなったので買い換えることにしたのだ。


 店の鏡を見てみると、いかにも駆け出しの冒険者か見習い兵士と言った感じ。厚手の布の服と皮の胸当てと手甲だ。

 ……フミヤとやったRPGでは布や皮の装備は冒険序盤の弱い装備だったが、実際にそんな状況に放り込まれるとそう馬鹿にしたものではないと分かる。

 皮の装備は弱い魔物の斬撃くらいなら完全に防いでしまうし、何より軽いのがいい。

 RPGの勇者が身に付けている金属の甲冑なんて、俺が着たらすぐに疲れて身動きが鈍ってしまうだろう。


 俺たちはその服と皮の装備を買い、古着屋を出た。

 あとは保存食を買い足し、この街で宿をとって明日出発する予定だが、……その前にひとつ、解決しなければいけない問題が残っていた。


「……まだいるな」

「ええ。やはりわたくしたちを尾行していますね」

 そうだ。このラキアの街に入る少し前から、俺たちは何者かに後をつけられていた。とは言っても最初から確信が合ったわけじゃない。始めは馬車に乗っている途中、なんだか視界の端にコソコソしているのがチラつくなというレベルだった。しかし、ちゃんとその人物を視界の中央におさめようとすると隠れたり逃げたりしてしまうので、正体がつかめなかったのだ。


 その気配はラキアの街に入ってきてからもついてきた。それまでは馬車と俺たちどちらを追っているのか分からなかったが、ここで狙いがこちらだと分かった訳である。

 まあ一応勘違いの可能性を考えて古着屋で時間を潰したのだが、やはりまだ俺たちを待ち構えていた。

 濃い藍色の外套を羽織った人物が、物陰から俺たちをうかがっている。


「聖霊廟の差し金か?」

 濃い藍色は聖霊廟がよく用いる色である。俺がロンガ少年から奪った聖鎧ヴェルメーヌも藍色だ。

「断定はできませんが、おそらくそうでしょうね」


 その追っ手の方を見ると、やはり物陰に隠れてしまう。

 ……人数はおそらく1人。上背は俺たち2人よりやや高いくらいだろう。男か女かは外套で体格がわかりづらいので不明。だが細身だ。極端に筋肉質だったり太っていたりはしないように見える。


「どこまで追ってくるつもりか知らないが、街の外までおびき出すか」

 向こうがなんのつもりかは知らないが、このままコソコソついてこられるのは鬱陶しい。だがもし向こうが手荒な手段に出るつもりなら、こちらとしても街の中は少々やりづらいのだ。


「そうですね……もしうまく捕えることができれば何か情報を引き出すことが出来るかもしれません。やってみましょう」

 俺とリューネはひそかにそう話し合い、街の外へと向けて踵を返した。


 藍色の人影はやはり俺たちの後についてきているようだ。

 俺たちはそのまま街と外を隔てる市壁を出た。隠れるところのない見晴らしのいい丘までやってくると、俺たちを尾行していたその人物は観念したのか姿をあらわす。



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