無茶な戦い
俺の投げた石は出口付近に落ち、静かな洞窟の中に大きな音を響かせる。コウモリの魔物は一斉に羽ばたき、その音がした方に向かって威嚇した。
俺は身体強化の聖霊術を自らにかけ、その魔物たちの背後から斬りかかる。まずは数体まとめて仕留めた。しかし魔物たちもすぐに石が囮だと気づいて反撃してくる。
このコウモリ型の魔物の攻撃パターンは噛みつき・鋭い爪での引っ掻き、そしてかまいたちのような術を放ってくることだ。大群がそれぞれの方法で俺めがけていっせいに攻撃をしてくる。
「ぐっ……!」
あちこちに鋭い痛みが走るが、どれも俺の動きを止めるほどではない。俺は治癒術でそれらの傷を瞬時に回復させ、また剣を振るう。視界の端でリューネが放ったのであろう炎の聖霊術がコウモリを焼き払っていった。
「ユーゴ! 大丈夫ですか!」
リューネの高い声に反応してコウモリたちがそちらに向かおうとする。
「下がっていろ!」
リューネは俺と同じような無茶な戦い方はできない。俺はリューネの方に向かおうとしたコウモリを剣で突き刺していく。背中にコウモリの攻撃が集中する。あまりの痛みに一瞬意識が遠のきそうになるが、すぐにまた治癒術を使い、振り向きざまに剣を振るった。
俺が魔物の攻撃を全て受け、回復しながら戦い魔物の注意を引く。その隙をリューネに聖霊術で攻撃してもらう。コウモリの魔物は目があまり良くないので、俺が引き付けてさえいればリューネはあまり狙われずに済む。
さっき俺が言った作戦とはこういうことだったが、リューネは他人思いの性格だから、言えば反対されることは目に見えていた。
かなり早いペースで消費の大きい治癒術を何度も使いつづけているので、ときどき気が遠くなる。
大きく剣を振るって目の前のコウモリを薙ぎ払った。……次の攻撃がこない。遠くから人間の足音がこちらに向かって駆け寄ってくる。
「ユーゴ、あなたという人はなんて無謀なことを……!」
「……全部倒せたようだな」
「ええ……とにかく早く外に出ましょう」
俺は頷く。ここでいつまでも立ち止まっていると、物音を聞きつけた洞窟内の魔物までもが集まりかねない。
一歩踏み出そうとして、膝ががくりと折れる。気づけば視界も暗く狭まっていた。
リューネの声が遠くから聞こえるが、何を言っているのかが分からない。誰かが……リューネが俺に肩を貸す。俺はまるで引きずられるように歩いた。少しすると周りが一気に明るくなる。俺たちは無事、坑道の外に出られたのだ。
『ミラーナ、こんなことはもうやめようよ』
ジュゼッタの声だ。邪神を倒すために旅をした仲間のうちのひとり。あまり口数の多いタイプではなく、俺も必要なこと以外はあまり話さなかったから、彼女のことはよく知らない。けれど、ミラーナとは旅を始める前からの親友だったらしい。
そのジュゼッタが、ミラーナのことを何か問い詰めている。
俺もミラーナには聞きたいことが山ほどある。しかし、口を開こうとしても動かない。それ以前に周囲のものが何も見えない。……そうか、これは俺の過去の記憶だ。ミラーナに敗れて水晶の中に閉じ込められている間、俺はこの2人が何か話しているのを聞いたのだ。
『あなたが聖霊廟の代表としてフィクシュテに乗って凱旋式に出ると聞いた』
ジュゼッタがそう話すと、ミラーナが「うん」と相槌をうつ。
『……それでは、フェダニスが言っていたことは話が違う。ボクたちはフィクシュテを鎮めて、勇者の魂を捧げた。これであなたの聖女としての使命は終わりだったはずじゃないか!』
ジュゼッタの声はほとんど叫び声のようだった。ミラーナは何も答えない。ジュゼッタは止まらずに話し続ける。
『凱旋式に出るだけで終わるならそれでいい。でも、きっとそうはならない。聖霊廟はきっと死ぬまであなたを利用しつづける』
ミラーナはやはり何も答えることはなかった。
ジュゼッタはただ畳みかけるようにミラーナに声をかける。
『ねえミラーナ。もうボクたちはやるべきことをやったんだ。後のことなんか聖霊廟や王家が勝手にすればいい。……一緒に逃げよう。ボクが絶対に守るから、どこでも好きなところに行こう』
ジュゼッタがそう言った時、ミラーナは「ダメだよ」とようやく声をあげた。
『……わたし、まだここでやらなくちゃいけないことがあるの。それに、自分にできることを放り出して自分だけ逃げるなんて、わたしにはできないよ』
『ミラーナ、でも……』
『もちろんジュゼッタが聖霊廟を離れたいなら、わたしはいくらでも協力する。だけどわたしは行けない』
それ以上の説得を拒むような、硬い声色だった。ジュゼッタはしばらく押し黙ったのち「……わかった」と答える。
『だけど考えておいて。大事なのはフェダニスの命令とか、あなたが聖女として何をやるべきかとかじゃなくて、あなた自身がどうしたいかってことだと思うから』
じゃあね、とジュゼッタが言い残し、足音が一つ遠ざかった。
静まった部屋でミラーナのため息だけが微かに聞こえる。
『わかってるわ。……わかってるわよ』
その言葉は弱々しく、まるで自分に言い聞かせているようだった。




