タルマイヤ坑道
そしてどうにか坑道の入口に辿り着く。
その見た目は天然の石の洞窟を木の枠組みで補強したもののように見える。足元にはレール。2人で横に並んで歩けるくらいの広さはあり、高さも一般の家屋よりはあるが、確かに聖鎧が通るにはギリギリすぎる。少しでも道が細くなる箇所があれば詰まってしまうだろう。
俺はここに来るまでに拾い集めた枯れ枝を束ねて聖霊術で火をつける。即席の松明だ。その火は洞窟の方向から僅かに揺れている。心なしかボーッと風が通る音もした。どうやら換気の問題は心配しなくてよさそうだ。
「行きましょう」
「ああ」
意を決して坑道の中に踏み入る。湿った土の匂い。道は当然舗装されておらず、足元には所々水たまりがある。酸素が足りなくなったり、あるいはガスか何かに引火したら目も当てられないので、松明は入口ですぐに消し、光の聖霊術に切り替えた。
俺は先を警戒しながら先行して進み、リューネは背後から地図を記しつつ着いてくる。
坑道の中はリューネの入った通りあちこちに枝分かれしており、かなり迷った。ひとまず足元のレールに従って歩いてみるがそれは途中で途切れてしまうし、ひときわ大きい道に沿って歩いたらそこは行き止まりだったりもした。
「ユーゴ、背後から何か来ます!」
リューネの声に振り返ると、坑道の横穴から魔物が複数飛び出してきた。顔から飛び出した巨大な目玉と口、複数の触腕を持った気色の悪いモンスターである。シルエットはタコに似ているだろうか。
愚鈍そうな見た目に反して動きは俊敏だ。
俺は一斉に飛びかかってきたそいつらに向かって、俺は聖霊術を使って強い光を放った。
もちろんこっちの目も少しは眩むが、魔物たちはそれ以上にパニックを起こしたような動きをする。やはり暗闇に順応している魔物だからか強い光には弱いようだ。メチャクチャに暴れるそいつらを俺たちは一体ずつ仕留めていく。
「はぁっ!」
リューネの槍が最後の2体をまとめて突き刺す。
長い槍ではこの狭い通路の中は戦いづらいかと思えば、彼女は柄を短く持って斬り払ったり、逆に棒術のように殴りつけたりと器用に戦っている。そういえば初めて会った時も俺はリューネにあっさり伸されたのだった。武術の腕前ではリューネの方が圧倒的に上だ。
その後もしばしば魔物が飛び出してきて戦う羽目になった。
それぞれは弱いものの、集団で何度も襲ってこられては体力を消耗する。何度目かも忘れてしまった戦闘の後、つい弱音が口をつく。
「いったい、あとどれくらいで出口だろうな」
「サプダール山脈の大きさから考えて、丸一日もあれば外に出られると思いたいものですが……」
ここまでどれくらい歩いただろう。この世界の時計はかさばって持ち運べるものではないので、こういった外が見えない場所では完全に感覚頼りになる。
俺の体感としては今頃夕方なのではないかと思うが、リューネにたずねると彼女はもう日没後なのではないかと考えていたようだ。もうすでに感覚がずれている。
「……少し休もう」
俺はそう提案し、リューネもそれを了承した。
水も食料もさほど多く持ち込めていないから早く脱出するに越したことはないが、疲労がたまって雑魚の魔物に負けてしまっては元も子もない。特にリューネは武術の腕だけでいえば俺より強いが、体力は俺よりも劣る。
幸い、奥行き3メートルほどの横穴があいている場所を見つけた。
ここに入っていれば少なくとも後ろから魔物に襲われることはないだろう。どうやらこの坑道を作った工兵か労働者にとってもここは休憩所だったようで、岩を切り出して作られた長椅子のようなものがあった。
「もう半分ほどは歩いたはずです。明日の朝には外に出られるでしょう」
リューネと2人で長椅子に座る。リューネは膝の上に紙をひろげ、新たに書き込みを加えていく。彼女がここに入った時から記録していた地図だ。
リューネがそれを書き加えている間、俺は武器から手を離さず、あたりを警戒しておく。坑道の中はかなり音が響くので魔物が近寄ってきたらすぐにわかる。しかしその分天井から水が落ちるような環境音までもがよく響くので、どんどん神経がすり減っていく。
……そういえば、フミヤやミラーナ、ジュゼッタと旅をしたあの時にも、こういうトンネルのような場所を通ったことがあった。あそこも今みたいに水がポタポタ落ちる音がしていた。もっともあのトンネルはここより広かったし、一本道ですぐに出られた。魔物もここよりは余程少なかったし……。
俺はその時、何か心に引っかかるものを感じた。何かを忘れているような……。
『だったらミラーナさん。それは僕にやらせてくれ。ユーゴよりは僕の方が聖霊術の扱いにも長けてる。適任だと思うけど』
そうだ。あの頃フミヤはよくミラーナと何か2人でこそこそと話をしていた。というよりはフミヤが何かミラーナに迫っている雰囲気だった。この時もフミヤがそんなことをミラーナに言ってていたのを俺は聞いたのだ。
『なんの話だ』
俺は当然、気になってそう訊ねた。
『聖霊術の連携の話だよ。君より僕の方が得意だろ?』
フミヤはあっさり言った。ミラーナも頷いていたので、俺はその時さほど気にはしなかった。だが、もっとちゃんと聞いておけば良かったと思った。この時からミラーナは何か企んでいたはずだ。俺がそれに気づいていれば、フミヤがあんな目に遭うことはなかったかもしれないのに。……
「……ユーゴ、ユーゴ」
気がつくと、リューネが俺の顔をのぞき込んでいた。
「……すまない。少しぼーっとしていた」
「大丈夫ですか。もう少し休んでから出発してもいいんですよ」
俺は剣を手に立ち上がった。……体は重くない。
「平気だ。そろそろ行こう」
リューネは少し納得していなさそうだったが「あなたがそう言うなら」と先に進むことになった。
それから先も、俺たちは小休止を挟みながら先に進み続けた。飽きることもなく湧き出てくる魔物と戦い続けていると、ますます時間の感覚が曖昧になってゆく。
そろそろ朝になるだろうか。それともまだ、日付すら変わっていないだろうか。
どちらにしても考えるだけ余計に疲れる。俺はできるだけ何も考えないようにして剣を振るった。しばらくして、頬にふわりと風を感じた。外の気配だ。出口が近づいてきているのだろうか。
「どうやら道はこちらで合っていたようですね」
同じように感じたのかリューネがやはり疲れた声色で言う。少なくともここまでの道のりが無駄骨じゃなかったことに俺も安心した。
そこからさらに歩くと、先がうっすらと明るくなってきた。どうやら本当に出口が近いらしい。しかしホッとする間はなかった。ざわざわと嫌な気配を感じる。俺たちは息を潜め、そっと先に進む。
そして見えてきた光景に俺は思わず舌打ちをする。
「くそ、ずいぶんと大群だ」
出口付近に近づくにつれ通路は上下左右に幅広くなっている。その壁面に、びっしりとコウモリに似た魔物がコロニーを形成していた。コウモリに似ているとは言っても、その大きさは翼を広げれば1メートル以上はある巨大な魔物だ。耳が良い上に好戦的で、俺たちが近くを通れば間違いなく気づいて襲いかかってくるだろう。
俺たちはその魔物たちに気づかれないよう少し後退し、リューネの書いた地図を広げながら話し合った。
「……どうやら、外に出るにはあの道を進むしかないようですね」
リューネは手元を見ながら言う。俺も地図を覗き込むが、この周辺に枝分かれした通路はなかったし、そのほかの道も行き止まりであることを確かめた。出口はあの魔物のコロニーを含む道一本だ。
「なら、さっさと行こう。こうなったら戦うしかない」
俺は剣を鞘から抜き放つ。外はどうやら夜が明けているようだ。あの魔物はコウモリと同じく夜行性だ。今はちょうど眠っている頃合いだから、チャンスとも言える。
「ですがユーゴ、あの大群相手では、何か策を考えなくては」
「作戦ならある。リューネは俺の背後から炎の聖霊術で奴らを攻撃し続けてくれ。あんたの方まで攻撃が行かないよう、俺が止める」
「止めると言っても、何をするつもりですか」
「別に、簡単なことだ」
俺はリューネの返事を待たずに出口の方へ向かって歩き出す。足元に落ちていたそこそこ大きな石を拾い、魔物のコロニーの目前で立ち止まった。手前の魔物はすでに俺たちの気配を察知しているようだ。俺は出口の方向に向けて、拾った石を思いっきり投げた。




