回り道
それから俺たちがアルブジエ近郊に到着したのは3日目の夜だった。
もうすでに日没はすぎており、あたりは暗い。野盗や闇に紛れた魔物が這い出してくる時間だ。いつもなら無駄な危険を避けるためにさっさと街に入ってしまうところだが、リューネはそれを渋った。
「なんだか妙ですね。明かりの数が多すぎます」
言われてみれば、アルブジエの街は遠くから見てもかなり明るい。
市街地が夜でも明るいのはまだしも、郊外にまで点々と明かりが灯されている。
「少し近づいて見てくる」
俺が乗る聖鎧ヴェルメーヌは暗い藍色の塗装で、夜ならそれほど目立たず行動できる。
俺は物陰に隠れながらアルブジエの街に近づき、その様子をうかがった。街は市壁や監視塔に囲まれている。見張りが立っており、そこにかがり火があるのはこの世界の街なら普通のことだ。郊外の明かりの正体は近づくと徐々に見えてくる。
おそらく、軍隊の野営地だ。あちこちに旗印が立っている。旗は幾つか種類があるように見えたが、大まかに「ライオンに似た獣の図柄」と「円の中に6つの頂点を持つ星型が入った図柄」の2種に分けられるようだ。聖鎧もあちこちに見受けられる。リューネの乗っているものに似ているので旧式のフォーシルだろうが、数は30機近く揃えている。
ある程度の状況は見えた。これ以上近づくと見つかる危険があると判断して、俺はリューネの元に戻った。
「獣の旗はアルブジエ太守の紋章、星柄の旗はイレルゲード太守のものです」
俺が見た旗の図柄を伝えると、リューネは苦々しい顔をした。前者はまだしも後者は聞き覚えがない。
「イレルゲードは聖霊廟のフェダニスの配下です。おそらく、メガリディア侵攻に備えて軍を集結中なのでしょう。アルブジエとメガリディアは昔から折り合いが悪いですから、この機に聖霊廟と組んでメガリディアを叩くことにしたのでしょうね」
メガリディアの太守イスミルが、王国軍と聖霊廟がリューネの救出という名目でメガリディアへ軍を向ける準備をしていると言っていた。つまりはあの街に陣取っている軍隊は全て俺たちの敵ということだ。
「どうする。戦って強行突破するか?」
一応そう言ってはみたが、無理筋だということは俺にもわかる。
相手方の戦力は聖鎧フォーシルが30機と数多くの歩兵たちだ。いくら個々の戦力で優っていても数で押し負けるし、そもそも市壁がある以上、下手に突っ込めば一方的に攻撃されて死ぬだろう。
「やめておきましょう。ひとまずここは退きますよ。作戦を練り直しましょう」
それから俺たちはアルブジエのほど近く、サプダール山脈ふもとの森に隠れ、一夜を明かした。
明るくなってから改めてアルブジエの街を見てみたが、やはり昨晩攻めずに正解だった。昨日は暗くてわからなかったのだが、市壁にはかなりの数の砲台が見て取れる。うかつに突っ込んでいたら俺たちは市壁を越える前に集中砲火を浴びて粉微塵に吹き飛ばされていただろう。
「ただの街の割にはずいぶん守りが堅いんだな」
「サプダール山脈はかつてバライバと旧メガル王国の国境のひとつでした。アルブジエはこの2国で戦が起これば最前線でしたから、その名残ですね」
リューネと俺は交互にひとつの小型望遠鏡を覗き込みながら話す。
さて、聖鎧は俺たちの世界での戦闘機や戦車みたいなものなので、一般人が乗っているべきものではない。当然だが関所では怪しまれる。
当初の予定ではここを突破する手立ては3つ考えていた。
ひとつは関所の役人に王女やメガリディア太守の権力、あるいは賄賂が通用しそうならそれで押し切る。
しかしこの案は潰れた。戦争の準備をしている場所で通じる手段ではない。
ふたつは関所に見つからないよう郊外を通過する。
これもナシだ。現在アルブジエの郊外にはアルブジエとイレルゲードの軍隊が陣取っていて、これに見つからず通ることは不可能だ。
そして最後の案が実力行使での強行突破だったのだが、この案もいま潰れた。
リューネはもちろん、アルブジエ周辺の人口から関所や守備隊がどれほどの数かは事前に予想を立てていたのだが、軍隊が駐留しているのは予想外だったらしい。
「これほど早く軍を進めているということは、あの少女たちの報告が届いてすぐ兵を集めたということでしょう」
リューネが言っているのは俺たちが立ち寄った宿場町で襲いかかってきた聖霊廟の少年兵だ。
「ずいぶん行動が早いな。まるで最初からメガリディアとやり合いたがっていたみたいだ」
「……まったくです」
権力を握りたいフェダニスからすれば、国王の外戚として政治に口をさしはさんで来そうなメガリディア太守をこの機に黙らせてしまいたいのだろう。日本史の授業で見た展開のような気がする。メガリディアはバライバ王家にとっていわば外様の家臣なわけだし。
……このままリューネの歴史学講義が始まっても困るので、俺は話を本筋に戻す。
「なんにしても、このアルブジエを通らないとナスタシア方面には行けないんだ。聖鎧を置いて俺たちだけで通り抜けるか?」
「それは危険でしょうね。アルブジエはまだしも、イレルゲード領は王都から近いですし、太守とわたくしも顔見知りです。あなたの外見や特徴についてもフェダニスから詳細な情報を得ていると見るべきでしょうから」
聖鎧なしでも正体が割れかねないということか。ただでさえ血のつながらない未成年の男女2人連れはかなり目立つ。関所を無事に通り抜けることも難しいようだ。
「なら……やはりあそこを通るしかないか」
俺は手元に広げていた地図に視線を落とす。アルブジエからサプダール山脈に沿って東に少し進んだところ。そこには「タルマイヤ坑道」と記されている。
「ええ。危険な場所ではありますが、敵陣を突っ切るよりはまだ良いでしょう」
リューネも苦々しい顔で頷く。
そして俺たちは結局あの冒険者の助言通り、タルマイヤ坑道を進むことにした。
タルマイヤ坑道は聖鎧が通れない。つまりその後の旅では聖鎧に乗って進むことができないので、少しでも急ぐ必要がある。俺たちはすぐに支度をととのえ、その場を出発した。
辿り着いたタルマイヤ坑道はまさに廃鉱山といった雰囲気の場所だった。
途中はある程度の人数が行き来できそうな道路があったが、ほぼ雑草に埋もれ、倒木に塞がれている。俺たちは聖鎧を使っていたから難なく通れたが、これでは馬や馬車のたぐいが通るのはかなり難しい。
その周囲にもかつては人里があったのだろうが、今はもう名残しか残っていない。しかし聖鎧を隠すにはちょうどよかった。俺たちは古びた倉庫の中で聖鎧を降り、布を被せて隠した。武器と防具を身につけ、最低限の荷物を持って坑道を目指す。
妙な虫やヒルなんかに噛まれてはたまらないので、いちいち薮を払いながら進まなければならない。とはいえあの冒険者が言った通り、時折ここを通過する誰かが草を切り開いているおかげか、そこまで深く生い茂っているというわけでもないが。
「気をつけろリューネ。うかつに草むらに入ると切り傷やらかぶれができるぞ」
「え、ええ」
お姫様育ちのリューネにとっては慣れない環境だろう。俺が先導して剣で草を切り払う。……聖霊術の得意なフミヤがいたなら、一気にこの草を薙ぎ払ってくれたのだろうが。




