情報収集
聖霊ダファティの神殿を後にし、俺とリューネ、そして案内役の騎士の3人で森の外を目指して聖鎧を走らせた。オルハの話した通り、日が暮れないうちに木々がまばらになり、森の出口が見えてくる。
「では、私はここまでで。王女殿下のご無事をお祈りしております」
騎士は型通りの文句を述べ、元来た方向へ戻っていく。彼らの主君はあくまでメガリディア太守一族だとはいえ、王女を相手にあっさりしたものだ。
俺たちはそれを見送ることもなく、街道を目指して聖鎧を走らせた。
急いだ甲斐があって、俺たちは陽が落ち切る前に街道沿いの宿場へと辿り着くことができた。危険な野宿は回避できそうでなによりだ。
ここは街道を通る商人や旅人が泊まる宿場だ。バライバの王都を出発して最初に立ち寄ったあの宿場町と役割は同じである。どちらにせよ商人も旅人もほぼ全員男なので、例の宿場町と同じく清潔度合いはお察しだ。そのうえ遊女らしき女もちらほらと見られ、どうにもいかがわしい雰囲気。おそらくこちらの方が羽振りのいい商人が多いからだろうが。
俺とリューネは宿場の近くに聖鎧を隠し、身分を伏せて宿場に泊まることにした。
また「家出してきた血のつながらない姉弟」設定の出番である。
「まだ子供だってのに苦労するね。あんた、姉さんをちゃんと守ってあげなよ」
婆さん女中が俺たちに心底同情したように言う。
俺は例の「再婚した両親がどちらもクズ野郎で」から始まる嘘八百のエピソードを語ってみせ、女中や雑用係の小者が寝起きする従業員部屋の片隅に格安で泊めてもらえることになったのだ。いかがわしい宿よりもこっちの方がリューネにとっては安全だろう。
「前回といい、嘘で同情を引くのは気が引けますね」
真面目なリューネは小さな声でそう言う。
「緊急事態には間違いないんだ。あんまり気にするな」
なにせリューネは父を殺され、兄は囚われの身という事情なのだから十分同情に値するだろう。
俺たちはそんな無難な話をしながら従業員部屋の隅に陣取った。部屋の内部はあの王都近くの宿場町よりもずいぶん綺麗だ。
明日以降の話はここではしない方がいいとリューネは言う。遊女や商人は諜報員への情報提供役となることも多い。どこに耳目があるかわからない状況で今後の計画を話し合うのは危険だろうとのことだ。
……それならば、俺たちもこの場所で情報収集が可能なのではないか。
そう思った俺はリューネを従業員部屋に残して母屋となる宿の方を少し探ってみることにした。
ちょうど夕飯どきが終わる頃だったので格安で泊めてくれる礼に片付けを手伝うと申し出てみた。
食堂は宿の中心にある、かなりの大広間だ。
夕食の提供はあらかた終わっていて人はまばら。所々でだらだら酒を飲んでいるオッサンがいる。俺は空いた食器を片付けたり、汚れたテーブルを掃除して回った。
「よお兄さん」
1人の男が声をかけてきた。手元には陶器のマグに注がれた酒がある。顔は見るからに赤く、酔っている。他人に絡みたいタイプの酔っ払いか。
男の年齢は20代なかばくらい。ガタイがよく、皮の防具を着け、武器を下げている。
十中八九、旅の冒険者だろう。
魔物退治や用心棒を請け負ったり、時には傭兵に混じって戦に参加することで生計を立てている人間だ。
聖霊廟が秩序側・体制側の存在だとしたら冒険者はアウトローよりの存在だ。現にこの両者の間には揉め事も多いと聞くし、自前の戦力を持っている聖霊廟が彼らと組む理由はないはずだ。たぶんここから情報が漏れる危険はないだろうと考えることにする。
「こんなところで給仕の真似事なんぞして、宿代でも足りなくなったのかよ」
「まあそんなところだ」
男の軽口に俺はそう答える。どうやら向こうは俺のことを駆け出し冒険者だとでも思っているらしい。俺は男の話につきあうふりをして、例の身の上話(いつもの嘘)を打ち明ける。しかし、いつもの嘘に加えてもうひとつ、欲しい情報を得るために嘘を足すことにした。
「……というわけでナスタシア方面に行きたいんだが、親父が聖霊廟関係者のお偉いさんなんだ。なるべく聖霊廟の連中に目をつけられないようにしたいんだが、どこかいいルートを知らないか」
こちらの世界ではどこの街にも聖霊廟の聖堂がある。日本でもあちこちに神社や寺があるのと一緒だ。
冒険者の男は赤ら顔で頬杖をつき「うーん」と考え込んだあと、アッと声を上げる。
「それならアレだ。タルマイヤ坑道を通っていけばいい」
男はさも妙案というふうに言った。
俺もその地名には覚えがあった。リューネに見せてもらった地図の片隅にその名前があった気がする。
「なんでそんなところを経由するんだ? 坑道と言ったら、鉱石とか宝石を採るために掘るものだろ」
「いや、経由じゃなくてそこを通って先に行くんだよ。タルマイヤ坑道は今となっては廃鉱だが、そもそも最初は軍事目的で掘られたトンネルだったんだ」
聞いてみれば、そこはメガリディアがかつてメガル王国と呼ばれていた時代、バライバとの戦のために掘ったものらしい。メガルがバライバに併合されて戦争が終わり、そのとき僅かに見つかった鉱脈も採り尽くした。そのうえ暗闇を好む魔物までもが住み着いてしまっているが、関所の通行料を払えない冒険者やお尋ね者などが苦肉の策でそこを通ることがあるようだ。
「まあ無事に通れればの話だがな」
男は完全に他人事のテンションで言う(実際そうだが)。
そして俺へ空になった酒のマグと食器を押し付け「まあせいぜい頑張れよ」とおぼつかない足取りで去っていく。飲み過ぎだ。我ながら酔っ払いの戯言を真面目に聞きすぎたかもしれない。
明朝、俺たちは女中たちが朝食の支度をしているのを横目に、日の出を待ってすぐ出発した。
隠しておいた聖鎧のもとに向かう途中、俺は昨日の冒険者の話をかいつまんでリューネに話しておく。
「なるほど、タルマイヤ坑道ですか……」
リューネはその存在を知っていたようだ。しかしその反応は渋い。
「確かに人目をしのんでナスタシア方面に向かうなら、タルマイヤ坑道を通るのはひとつの手と言えます。ですがそれは最後の手段とするべきでしょう」
リューネの話では、タルマイヤ坑道を通るには難点が多いとのことだ。
ひとつは坑道に魔物が数多く出ること。
また、坑道は狭いため聖鎧が通れない。
坑道を通ってその先に行こうと思えば、聖鎧は置いていかなければならない。
そして最後は坑道内部の詳細な地図がないことだ。
タルマイヤ坑道はもともと軍事用のトンネルとして作られ、その後鉱脈が見つかったために鉱山として採掘が行われた場所だ。そのため出口へつながっていない横穴がいくつも掘られている上、元が軍事目的なら逆に敵に利用されないための工作がされていることすら考えられる。つまり内部で道に迷う可能性が非常に高いのだという。
ちょうどその話の途中で聖鎧を隠していた林に辿り着いた。
目隠しとして被せていた布をはがし、リューネがコックピットを開けて荷物一式を取り出して、その中から地図を広げる。
「今わたくしたちがいるのはここ、メガリディアの北部です」
リューネは地図上の一点を示す。そしてその指先をさらに左上へ滑らせた。
「メガリディアとナスタシア方面の間には、このサプダール山脈があります。タルマイヤ坑道が通っているのもこの山です」
「坑道を通らないということは、山越えでもするのか?」
「いいえ、サプダール山脈の地形はかなり過酷で、素人がまともな訓練も無しに越えられるものではありません。大昔の戦争でも軍が奇襲を目論んでここを越えたという記録が残っていますが、半数近くが壊滅しています」
ぞっとしない話だ。だがそれを聞けば俺たち2人でその山脈を越えるのが現実的な案ではないことは分かった。
「わたくしたちがここからナスタシアに向かうにあたっては、山脈を迂回してこの街を通るのがもっとも無難ですね」
リューネの指が海沿いの一点を指した。東西へ伸びるサプダール山脈の西端の裾野、海沿いの街だ。
街の名は「アルブジエ」と記されている。
「アルブジエは関所を設けていて高い通行税を徴収していることで有名ですが、この際致し方ありません」
参考までにいくらほどの額を取るのか聞いてみたが、まあ俺たちの手持ちで払えない額ではない。山脈の西端アルブジエの反対側、東端まで迂回するにしてもそちらは遠すぎる。
「ではひとまずアルブジエに向かおう」
地図で見たところ、ここからは聖鎧を使って3〜4日ほどだ。
「なるべく急ぎましょう。イスミル殿の情報通り、やはり聖霊廟と王国軍は南部……メガリディア方面に向かって兵や物資を送っているそうですから」
その情報の出どころは旅の商人や冒険者で、昨日女中を通じて得たものらしい。リューネはリューネで情報収集に動いていたようだ。やはりイスミルの情報通り、フェダニスはメガリディアと戦争するつもりらしい。




