戻りたい気持ち
ナスタシア地方にある王家の宝物殿へ核石を取りに向かう。
その目標が定まった後、俺たちは野営場所を森の中からダファティ神殿内部へと移した。
神殿は外よりも瘴気が薄い。この神殿に仕組まれた古代の聖霊術が瘴気を和らげているのではないか、とリューネは言っていた。
ともかくそのおかげで神殿の中にいる間はオルハもまともに動けるようになった。俺たちが野営の準備をしている間も、オルハはずっと聖鎧ダファティを検分していた。「ここは補修が必要だな」「この関節の機構は最新機のものにも劣らないぞ」などとブツブツ呟いている。
「私はここでしばらくダファティを整備する。ずっと雨風の当たらない遺跡の中にあったから状態は良いが、それでも経年劣化があるからな。護衛騎士たちにも手伝わせる。悪いがリュネット、核石の確保は君に任せた」
リューネはオルハの言葉に「わかりました」と応える。
「ユーゴも良いですね。わたくしたち二人で核石を取りに向かいますよ」
「俺はそれで構わないが、……王女殿下の護衛が俺一人でいいのか?」
後半はオルハに向かって聞いた。
「君は十分戦えるのだから足手纏いを連れていく意味はないし、そもそも大人数は目立つだろう。君とリュネットは聖霊廟から追っ手を差し向けられているのだから、これまでのように君たち二人だけの方がごまかしが効いて安全だ。それに、メガリディアの宮殿には聖霊廟の関係者が常に出入りしているからな。これ以上軍を動かせばそれだけ聖霊廟に情報が漏れる可能性も高くなる」
もし聖鎧ダファティの存在と俺たちがやっていることが聖霊廟に知れれば、必ず妨害を受けるだろう。核石を取りに行くのも早い方がいい。
「とはいえ二人旅は大変だろうから、これを貸してやろう。持っていくといい」
オルハは懐から何かを取り出し、俺に向かって投げてよこした。咄嗟に受け取って見てみると、それは複雑な刺繍の帯がついたメダルだった。銀色で手のひらにやや余る大きさのそのメダルには細かい彫刻が施されている。
俺はこれと似たものを以前にどこかで見たことがあった。……そうだ。あの宿場町でリューネが王女の身分を証明するために見せたあのメダルと似ている。
「それは私の……メガリディア継嗣の徽章だ。旅の途中で困ったら使うといい。少なくとも南部の領主たちは力を貸してくれるはずだ」
「大事なものだろ。良いのか」
「あまり良くない。だから早めに私へ返せるよう、頑張ってくれたまえ」
もちろんそのつもりだ。いつまでも聖霊廟の連中を……ミラーナを生かしておく気はない。
「それではユーゴ、なるべく早く出立しましょう。今から出れば日没までに森を出られるでしょうから」
「護衛騎士を一人道案内につけよう。それなら日が沈むまでに近くの村まで行けるはずだ」
そうして話がまとまった。
俺とリューネはナスタシアにあるという宝物殿に核石を取りにいく。
オルハと騎士たちは俺たちが戻るまでに聖鎧ダファティの整備を済ませる。
リューネとオルハが細かい話し合いを済ませ、俺たちはさっそくナスタシアに向けて出発することとなった。
……かつての旅で目指したナスタシア。邪神を倒すための4人での道中のことを、俺は思い出さずにはいられなかった。
それは長い旅路もついに大詰めとなった時のこと。俺たちはとある村で宿をとっていた。
とは言っても、宿屋が営業しているわけではない。邪神の居座るフィクシュテ神殿にほど近いこの地域は、瘴気の影響で普通の人間が住める場所ではなくなってしまったらしい。
人がいなくなり廃墟と化した山間のこの村で、俺たちは一晩を明かすことにしたのだ。
「なんだかこうしてると、この世界に飛ばされた日の朝みたいだね」
俺の隣でフミヤがそう言った。
今の時刻は日没も目前の夕方。廃屋の釜戸を拝借して晩飯を作って食べ、あとは夜明けまで休もうというところである。
俺とフミヤは村の端にある物見やぐららしき小さな塔の上に並んで座り、地平線を眺めていた。
……そういえばこの世界に召喚されたその日、俺とフミヤは高台にある公園の滑り台の上から天体観測をしていた。その古い滑り台はちょうどこの物見やぐらのような木造で、日没前のこの空もやはりあの夜明け前の空とよく似た色だ。
「ねえ、ユーゴは日本に帰れたらなにをしたい?」
フミヤが不意にそんなことを言った。その顔にふと目をやると、フミヤは遠くの地平線を眺めている。
俺は、……言葉に詰まった。
家に帰りたいという気持ちは薄いし、俺はフミヤ以外にはロクな友達がいない。SNSやネットやらゲームやらにも興味がない。そうすると、帰ったらなにをしたいという気持ちが浮かばなかったのだ。
「お前はなにかあるのか」
考えた末に結局同じ質問を返す。フミヤは「うーん」と考え込んだ後、こちらを振り向いた。
「水星観測はタイミングを逃しちゃったし、まだやりたいことは色々あるけど……まずは受験勉強かな」
「優等生め」
そういえば俺たちはもうすぐ中学三年だから、そう遊んでばかりもいられないのか。フミヤは進学校を受験するつもりらしいから、それなりの準備もあるだろう。
「ユーゴも受験勉強いっしょにやろうよ。僕、ユーゴと同じ高校に行きたいんだ」
無邪気なフミヤの言葉に「俺は無理だ」と小さく答える。
「学費のことなら、今は奨学金とか支援金とかがあるから大丈夫だって母さんが言ってた。ユーゴの成績なら問題ないと思うって先生も言ってたし」
それは、中学の担任からも言われたことがある。俺はそれほど先のことが想像できないと適当に流していた。将来の話というのは俺にとって寝ぼけた時の夢みたいな感じで、どうにも具体的でなく実感が伴わない。俺よりフミヤの方がよっぽど俺の将来について真剣だ。
「それにね、僕は思うんだ。ユーゴはきっと困った人をたくさん助けられる大人になるって。……小さい頃の僕を助けてくれた時みたいにね。だから、君が高校に行かないのはもったいないと思うんだ」
……フミヤがあまりにまっすぐな目で言うので、俺は「考えてみる」と曖昧に返す。フミヤは「前向きに頼むよ」と笑って応えた。
「じゃあ僕は下で荷物の点検でもしてこようかな。見張りは頼んだよ」
フミヤはひらりと立ち上がり、服についた土埃を払ってから軽やかに梯子を降りていく。
しんと静かになった物見やぐらの上で眼下を見下ろす。梯子を降り切ったフミヤが宿代わりにしている廃屋に入っていくところが見えた。その家の煙突からはうっすら煙が立ち上っている。夕飯を作った時の残り火がまだくすぶっているのだろう。
フミヤの言う通り、高校に行く方法はいくらでもあるのだろう。
あいつと一緒ならそれなりに楽しく過ごせるだろうし、勉強もやりがいがあるのかもしれない。
だが、……その先は。
俺には将来の具体的な目標なんてないし、金を稼いで母親を楽させたいなんて考えも今更持っていない。
フミヤは元の世界に……日本に帰りたいと思っている。必ず家に帰らせてやらねばとも思う。だが俺自身があの世界に戻りたいとはどうにも思えなかった。




