次の目的
「そうそう、これだ! これがメガル王国時代に作られた聖鎧ダファティだ。ああ、メガル王国とはメガリディアがバライバに併合される前の旧国名だよ。数百年前、バライバの聖霊廟がフィクシュテを降臨させた当時、メガルはまだバライバとは別の国……それどころか敵国だった。バライバもメガルもあちこちから湧く瘴気と魔物に参っていたが、バライバはそこから一抜けしたわけだな」
聖鎧の前に連れてくると、オルハは立板に水を流すように語り始めた。
瘴気酔いが治ったわけではないだろうし、現に顔色は青ざめたままだ。しかしその目は爛々とぎらつき聖鎧を舐めるように見ている。少し怖い。
「メガルはバライバの聖霊廟がしたように、聖鎧を依代に聖霊を召喚しようと試みた。聖霊学者が聖霊力に満ちた場所を選んで神殿を建て、その時代最高の鍛治師が聖鎧を作り上げた。しかし、どんなに徳の高い司祭の祈祷をもってしても、この聖鎧に戦場の聖霊ダファティを降臨させることはできなかった」
オルハは聖鎧ダファティを仰ぎ見る。そして「結局この聖鎧は見てくれだけの器だな」と結論づけた。
「そして数百年後の今、この神殿自体も瘴気に飲み込まれてしまい、打ち捨てられてしまった」
俺はオルハの隣で聖鎧ダファティを見上げている。その黒い鎧の表面には、よく見ればうっすらと土埃が積もっていた。
「それで、オルハ殿。あなたが『見た方が早い』と言っていたのはこの聖鎧のことですか?」
「まさにその通りさ」
オルハは胸を張って頷く。どういうつもりなのだろう。結局どうやってもこの聖鎧に聖霊を降ろすことはできなかったというのは先ほどオルハ自身が言っていたことだ。それとも何か、今ならそれを可能にする方法があるのだろうか。
「とはいえ、聖霊を召喚する方法は今なお分かっていない。それどころか聖霊廟でも数百年の間にその方法は失われてしまったことになっている。だがマア、そんなことは別にどうでもいいのだ」
オルハは手招きし、俺を聖鎧ダファティの前へ立たせる。
「聖鎧に触れて聖霊力を流してみろ」
言われた通りにしてみる。するとフォーシルやヴェルメーヌと同じように『反応』を感じた。操縦席が開く気配はないが、この聖鎧ダファティは他の聖鎧と同じように動かせるのだ。
「分かったか? このダファティは規格外にでかくはあるが、他の聖鎧と同じく動かせるように作られているんだ。とは言ってもこの通りでかいから、並の聖霊力じゃ指先一本動かせない。私や騎士たちにはもちろん無理だし、リュネットにもまず無理だろう。だがユーゴ、君ほどの聖霊力があればこれを動かせる」
その言葉に、騎士たちやリューネの視線が俺に集まるのを感じる。
「……オルハ殿の言う通り、これならば問題を二つとも解決できますね。わたくしたちはフィクシュテに対抗しうる聖鎧と、戦場の聖霊ダファティの加護を得ることができます」
リューネがそうまとめる。俺としては引っかかるものがあり「待ってくれ」と声をかける。
「ダファティは結局召喚できないんだろう? それなのに加護を得るとはどういうことなんだ?」
俺がそうたずねると、リューネは「本物の加護が得られなくてもいいのですよ」と答える。
「わたくしたちが聖霊の加護を必要としているのは、此方の士気を上げるために聖霊の後ろ盾が欲しかったからです。ですから、ダファティの加護を得たと大衆へ認識させるだけの『何か』があればそれで充分なのですよ」
言いながらリューネは聖鎧ダファティを見上げる。
「この常人には到底動かせない巨大な聖鎧が現れたら、人々はそれを戦場の聖霊ダファティとその御使いだと思うでしょう。聖鎧フィクシュテと聖女ミラーナがそう思われているように」
「それに、本物の聖霊ダファティを召喚できたとしても、私たちの思惑通りにお力を貸してくれるとは限らん。ならばリュネットが言うようにそのお名前とご威光だけをお借りするほうが余程良いとは思わんかね」
リューネの話に、オルハが信心のかけらも感じられない補足を付け加える。身も蓋もない話だったが、納得はできた。
「とはいっても、問題はそう簡単に解決しない」
オルハは聖鎧ダファティの胸を示した。そこには俺も先ほど気になったあの空洞がある。
「この聖鎧ダファティには『核』がない。核は聖鎧にとって、……そうだな、馬車に例えるなら手綱やくびきだ。それがなければ御者の命令を馬に伝えることができない」
「では、どうすればいいんだ?」
なにか解決策を用意していそうな口ぶりだったのでそう尋ねたのだが、「まあ焦るな」と制されてしまった。オルハはリューネの方に視線を向けたので、この先は彼女に話させるつもりなのだろう。
「聖鎧の核を作るには、核石が必要です。この大きさの聖鎧を動かすとなれば並の核石では足りません。大きさも質も格別のものが必要ですが……」
リューネは話しながら考え込んでいる。
「その核石とかいうモノは貴重なのか?」
「ある種の宝石を加工して作るモノだからな。貴重だと思ってもらっていい」
俺の疑問にはオルハが答えた。宝石だと思えば大きくて質のいいモノを即座に手に入れるのは難儀な話だろうと想像がつく。
「鉱山にでも行けばどうにかなる話か」
「いいえ、これほど大きな聖鎧を動かせるほどの核石とあれば、その価値はもはや国宝にも値するもので」
そこまで口にしたリューネは「あっ!」と声を上げた。オルハは「やっと思い出したかい」と訳知り顔だ。
「ナスタシアにある王家の離宮……その宝物殿に『エシュテイン』と呼ばれる巨大な核石が収められています。あれを手に入れることができればあるいは……」
「なら、その宝物殿とやらに向かおう。ナスタシアとはどこなんだ」
「おいおいユーゴ、君は知らずに旅をしたのかい?」
オルハがいちいち芝居がかった所作と口調で突っかかる。「オルハ殿」とリューネが咎めるような声を上げ、彼は「おっとすまん」と肩をすくめた。
「ナスタシアはここから北東の地域です。……あなた方が邪神と戦った浄化の聖霊フィクシュテの神殿もナスタシアにあるのですよ」




