メガリディア太守
「ユーゴ、さっきのことですけれど」
リューネが固い声で話しかけてくる。お説教の気配だ。
「わたくしも少し肝を冷やしましたよ。正義感が強いのはあなたの美徳ですが、事を起こす前に少しは考えなさい」
「考えろと言ったって、人が今殴られようとしてるって時に、悠長に考え事ができると思うか」
俺がそう言うと、リューネは困ったように「そういうことではありませんよ」と返した。
「あなたが騒ぎを起こしたことで注目が集まりました。あそこで仮にあなたが捕えられて終われば、あのメイドは大勢の前で主人に恥をかかせたとして、人目のない所でよりひどい折檻を受けることになったかもしれません。わたくしとしても、あなたが勝手な行動を取れば王女としての格を疑われます。それで太守の信頼を損なえば、困るのはあなたも同じでしょう。そういうことを日頃からよく考えておきなさい」
「……だが」
「だが、何です」
「あんなふうに殴られて、誰からも庇ってもらえないなんてあんまりだろ」
「それは……そうかもしれませんけれど」
リューネの表情が曇る。もともと俺よりもよっぽど優しい性格だ。あのメイドへの暴力を見過ごすことはリューネにとっても本意ではなかっただろう。
「おいおい、リュネット。君が流されてどうする」
不意に声がした。見ればオルハが壮年の女を伴って立っていた。女はファミレスで見るような給仕のワゴンを押している。
「立っていないで座ったらどうだ」
そう言われて俺たちはソファがあるにも関わらず立ち話をしていたことに気づく。俺たちがそれぞれ向かい合わせのソファに腰掛けると、オルハは俺のすぐ隣にどかっと腰をおろした。なぜこの広いソファでわざわざ。
「親父殿はもうすぐ来ると思う。もう少し待ってくれ」
「わかりました」
オルハと一緒についてきた女がローテーブルの上に皿とティーカップを置き、茶を注いでいく。茶と菓子を並べ終わると、うやうやしく一礼して部屋の隅に控えるようにして立つ。お姫様のリューネや貴族の若様のオルハは当たり前のような顔をしているが、生粋の庶民である俺からすると少し居心地が悪い。
「さっきのメイドだが、手続きが済めばうちの使用人として引き取ることになるだろう」
オルハがまず切り出した。ここの環境がどうなのかは知らないが、少なくともさっきの貴族の男のところにいるよりはマシに思える。
「あの貴族は前々から評判が良くなかった。これを口実に調査を入れる。叩けば埃がわんさか出てくるだろうな」
オルハは満足そうにカップを手に取り茶を飲んでいる。
「ところでそこの騎士殿」
「……ユーゴだ」
急にオルハは俺の方に水を向けた。そういえば名乗っていなかったのだったか。
「ユーゴくん。今回はなんとかなったが、いつもこのように上手くいくわけではない。君も王女殿下の騎士ならきちんと領分をわきまえることだな」
さっきもリューネに言われたようなことだ。俺が不承不承頷こうとすると、それより早くリューネが「良いのです」と声をあげる。
「ユーゴはもともと我が国の都合で召喚されたにもかかわらず、この国を救ってくれた勇者です。わたくしの騎士をつとめているのはお互いの目的のためで、我々は対等な関係。先ほどああは言いましたが、それはわたくしの意見を述べたまでです。彼の行動を決めるのはわたくしではなく彼自身であるべきです」
リューネは俺の方に顔を向け「いいですね」と念押ししてくる。
リューネはオルハに反論しているはずなのに、なぜか俺が叱られている雰囲気だ。俺は思わず「ああ」と頷く。
「ということです。オルハ。あなたこそわたくしの騎士に対して頭越しに説教を垂れられる立場ではないでしょう。わきまえなさい」
リューネはオルハが先ほど発したのと同じ言葉で彼をたしなめた。そうするとオルハは目を細めてすっと立ち上がり、仰々しい所作でリューネに頭を下げた。
「おっしゃる通り、リュネット殿下に対して不敬だった。申し訳ない。ユーゴ殿にも」
そう言ってオルハは俺にまで頭を下げてくる。俺としては謝罪されようとも居心地が悪いだけでどうでもいいのだが、リューネやオルハたちにとっては大事なことらしい。リューネは不愉快そうだった表情をようやく和らげる。
その後は無難な世間話をかわしながら宮殿の主を待った。すっかり冷めたティーカップの中身が空になった頃、ようやくその人物はやってきた。
「お待たせして申し訳ない、リュネット殿下。少々立て込んでいましてね」
「構いません。急に押しかけたのはこちらですから」
現れたのは、豪奢で丈の長いガウンを羽織った大男だった。肌は日に焼けて黒く、黒髪でたっぷりひげを蓄えた顔はいかにも男らしい男といった外見。細身の優男である息子のオルハとはあまり似ていない。大男は自分から名乗ることをしなかったが、彼がこのメガリディアの太守イスミルで間違いなさそうだ。
「殿下のお話の前に、こちらからもお伝えしたいことがあります」
イスミルは茶を用意しようとした使用人の女を手で制し、彼女に退室するよう命令する。静かになった部屋でイスミルは切り出した。
「……国王陛下の命令で、王国軍と聖霊廟が挙兵を始めています。おそらく、このメガリディア方面へ進軍してくるでしょう」
「なんですって!」
「名目は勇者によってメガリディアに連れ去られた妹君の救出とされています。……我々としてはこの情報の意味や真偽を図りかねていたのです。メガリディアは王都から遠い。その分情報は速さや正確性を欠きますからな。立て込んでおりましたのもそれが原因で」
そこで太守イスミルが俺の方に目を向ける。
「君が聖霊廟が召喚した勇者のうちの一人だな?」
「その呼び方は気に入らないが、間違いない」
俺が答えると、太守イスミルはその顎ひげに手をそわせながら考え込むような仕草。そしてリューネに向き直り、問いかける。
「ふむ、だいたいの事情は分かりました。ですが殿下、あなた様から直接何があったのかをお聞きしたい」
「いいでしょう。お話します」
それからリューネがことの次第を話し出す。
リューネの父である王の死について、それからの司祭フェダニスの怪しい動きのこと。リューネが彼を問い詰めて水晶の中に閉じ込められたこと。そこからは俺も説明を求められ、この世界に召喚されてからこれまでのことを話した。もちろん、フミヤが聖女ミラーナに殺されたことも。
俺たちが全てを話し終わって、太守は重く頷いた。
「事の次第はよくわかりました。それならば我ら一門、リュネット殿下にお味方し、国王陛下をお救いいたしましょう」
ただし、とイスミルは付け加える。
「我々にもかなりのリスクがある話ですから、条件をつけさせていただく」
「条件ですか」
「ええ。確実な勝算として一つ、あるものを手に入れてきてほしいのです。そちらの勇者殿の力があれば、容易いことでしょうが」
俺はイスミルの回りくどい言い方にイラついて先を促す。
「もったいぶっていないでさっさと結論を言ってくれ」
「それについてはそこの愚息から聞いてもらおう。オルハ、この件は一切お前に任せる」
その一言にオルハは「ええ〜」と不満げに声をあげる。
「それではリュネット殿下、どちらにしても私には準備がございますので、これで御前を失礼いたします。部屋とお食事を用意させます。まずはゆっくりお休みください」
そう言い残してイスミルは本当に部屋を出て行った。なんだか思っていたのと違うが、その条件とやらを達成すれば手を貸してくれるということだろう。
「ということらしいが、何のことか説明してくれないか」
俺が聞くと、オルハは両の手のひらをこちらに向けて「まあまあ」というような身振りをする。
「親父殿もああ言っていたし、ひとまずは休め。それに、剣を持つのはフォークの次だと言うだろう?」
……そんなことわざは知らないが「腹が減っては戦はできぬ」みたいな意味だろうか。まあ確かに王都を出てからここまでロクなものを食っていなかった。ここ数十日もほぼ野宿に近い。
「そうですね。ユーゴ、ひとまずは申し出に甘えて休みましょう。」
「……わかった」
「では部屋に案内させよう。話は……そうだな、夕食の時にでも」
それから俺たちはそれぞれの客室らしき部屋に通された。
俺が日本で母親と住んでいるアパートの部屋がまるごと四つは入るんじゃないかと言う部屋だ。
ベッドも言うに及ばず広い。俺は久しぶりに一人きりになり、そのベッドに身を投げ出す。そうすると存外身体が重たく感じるのを自覚した。目を閉じるとすぐに意識が遠くなる。俺は一眠りすることにした。




