オルハ
「ここから宮殿へはまだしばらく歩くよ。もう宮殿自体は見えているからすぐ着くだろうと思うと意外と遠いんだ。城は大きいからねえ。ああ、あれは最近流行ってる揚げ物の露店だね。卵のソースがかかっていて美味いらしい。飯がまだなら食べてみるといい」
ギター男はぺちゃくちゃ止まることなく喋りながら歩く。観光ガイドだとしてもやかましい。そうするうち、俺たちは一体の聖鎧とすれ違う。
「あれは聖鎧フォーシルだ。旧式だが衛兵の巡回用としてこの街では現役で使われてる」
よく見てみると、塗装は違うが確かにリューネの乗っているフォーシルとよく似た形をしている。
「ずいぶん詳しいんだな」
「私は聖鎧マニアなのさ」
……学校でも戦車マニアのミリタリーオタクがいたが、ああいう手合いだろうか。
どこの世界にもそういう奴はいるものだなと考えていると、道端で何かを強く叩く音がした。
音のした方に目を向けると、やけに豪華な馬車が停まっている。その前には壮年の男が立っており、足元には俺と同い年くらいの女が倒れていた。彼女は使用人のお仕着せらしき服を着ており、その左頬は赤く腫れている。状況からみて男がこの女を殴ったと見ていいだろう。
男は女の腕を乱暴に掴んで立たせる。どう見ても助け起こしてやった雰囲気ではない。俺は思わず二人の方に歩み出る。
「……なんだ、貴様は。貴族たるこの私に向かって、平民風情がなんたる不躾な物言いか」
男は不機嫌丸出しで振り返る。
「貴族だろうと、あんたのやってることは犯罪だろ」
マア建前でしかないが、一応貴族であろうと王であろうと一方的な暴力はこの世界でも犯罪だ。貴族相手には「なあなあ」になりがちらしいが、この衆人環視の中での騒ぎなら流石にうやむやにはならないだろう。案の定、遠くから二人の衛兵が駆け寄ってくるのが見える。
「ダメです。早く逃げて……」
しかし、殴られた女はそう言って俺たちを追い払おうとする。理由がわからず困惑していると、駆けつけた衛兵はその槍の切先を俺の方へ向けた。その時ようやく俺はこの衛兵と貴族がグルなのだと気づいた。
「不敬罪だ。こいつを牢に放り込んでおけ」
衛兵は俺の両側から腕を引っ掴む。リューネが「おやめなさい!」と声を上げるが、彼女がその先の言葉を発するより早く「まあ待ちたまえ」と男の声がした。例のギターの男だ。彼はこれまでと違う大仰な口調でさらにこう続けた。
「彼は私の客人だ。貴公らこそ非礼であるぞ」
その言葉に、貴族は男の方を見た。いかにも面倒くさそうだったその貴族の顔が、みるみる驚きに染まっていく。
「衛兵の君たちも考えたまえ。君たちが真に従うべきはその小男か、それとも次期メガリディア太守たる私、このオルハのどちらなのかを」
それからギターの男……オルハは「追って沙汰は言い渡す」と時代劇みたいなことを言って事を納めた。
俺たち(と、さっき殴られていたメイドの女)はメガリディア宮殿へ連れてこられた。
「いやあ、城に着くまでは黙っていようと思ったのだけれど、バレてしまっては仕方がないね。改めて名乗らせてもらうが私はオルハ。メガリディア太守イスミルの跡取り息子だ。リュネット、君とはいとこの関係になるね。ああ、私の顔を覚えていなくても無理はない。私と君が最後に会ったのは私が跡取りに指名される前だからもう十年以上前だ」
……やはりぺらぺらとよく喋る。
宮殿の前に着くと門番の兵士が「若様、また勝手に出かけられて!」と怒りながらも通してくれた。本当にこの城の「若様」らしい。
間近で見るメガリディア宮殿は「壮麗」という言葉がまさに相応しい建物だった。外壁は白い石造り、玉ねぎ型の屋根がいくつも並び、それらは金や青のタイルで装飾されている。
「メガリディアはバライバ王国の一地域になる前は一つの王国だったこともあるんだ。我が一族はその王族の血筋で、ここはかつて王城だったのだよ」
オルハによる歴史の講釈とともに、俺たちは宮殿に足を踏み入れた。宮殿の内部はやはり外と同じように壁のタイルや豪華な絨毯で装飾されている。どう見ても下っ端ではない使用人たちがすれ違うたびに立ち止まり、俺たち(というかオルハだろう)に頭を下げる。わけもわからず連れてこられたさっきの女は可哀想なほど怖気付いており、まるで盾にするように俺の影へ隠れている。
やがて俺たちはひときわ広くて天井の高い部屋に通された。大きな窓から明るい日差しが差し込んでいる。一目でいい部屋だとわかった。部屋の中央には大きなローテーブルと、何人掛けなんだと言いたくなるようなでかいソファが向かい合わせに二つ。それからひときわ豪華な一人掛けのソファが一つ。これはたぶん、この宮殿で一番偉い太守のためのソファだろう。
「少々ここで待っていたまえ。父に話をつけてくる」
オルハはそう言って部屋を後にする。俺の母親くらいの歳の女がメイドを連れ出したので、部屋の中は俺とリューネだけになった。




