メガリディアへ
次の朝、陽が出ると同時に俺たちは行動を開始した。
明るくなってみて唖然としたが、全方位見渡す限り果てまで森が続いている。きのう無茶苦茶に逃げ回ったせいでどの方角がメガリディアに続くのかもわからなかった。
だが方位磁石と同じような道具がこの異世界バライバにもあり、俺たちはそれと地図で現在地をなんとか特定することができた。リューネの持っている地図には森の地形や起伏が詳細に記されていたのも幸いした。これがなければ俺たちが現状からこの森を突っ切るのはかなり難しかっただろう。
この詳細な地図はこの国では軍事機密に当たるらしい。一般に流通している地図しか持っていなかったら俺たちはここで詰んでいた。リューネがこれを持ち出せたのは王女殿下だからとのこと。王女様万歳だ。
ともかくルートを再度設定できたところで、再びメガリディア方面へと旅立つ。
聖鎧を走らせ、時にはこちらに怯まず襲いかかってくる魔物と戦い、特に危険な魔物が多いと言われるエリアは迂回し……俺たちが蝕まれた森を抜けて人里に着いたのは、それから三日と半日後のことだった。
森を出てしばらく進んだところにあった小さな村で一晩宿を取り、次の日からは街道沿いにメガリディアを目指す。
「南部は穀物の生産と酒の醸造が盛んなのですよ。この辺りもほら、麦畑です」
リューネが聖鎧の中からいきいきと解説をする。まるで社会科見学の引率みたいだ。見渡せば、若い稲穂が風に吹かれて揺れている。綺麗な光景だった。
「いいところだな」
素直な気持ちからそう言うと、リューネは「そうでしょう」と満足げだ。
それから聖鎧に乗って旅をすることさらに十数日。その間もリューネはあれこれ社会科の講義を行ったので、俺はすっかりバライバ南部の産業や地理に詳しくなってしまった。
そうして街道に行き交う馬車や人の列、時には聖鎧が増えて賑やかになってきた頃、遠くの海辺にその街が見えた。
「あれがメガリディアです。南部の中心都市で、バライバ最大の港も擁しています」
大きな街だ。遠目で見る分には王都と比べても遜色がないくらい栄えている。
さすがにこの街に入るのに聖鎧に乗ったままでは目立ちすぎるし警戒されてしまうので、近くの林に二体を隠して徒歩で向かうことにする。
メガリディアの城門をくぐって街に入ると、俺はそのあまりの賑やかさに驚いた。人が多く、露店や行商が道端で声を張り上げている。馬やロバが行き来し、小さな子供達がその間をすり抜けて走っていった。
王都もかなり賑やかな都市だと思ったが、こちらはそれを上回る。まあ、雑多と言い換えてもいい。
「王都とはずいぶん雰囲気が違うな」
「メガリディアは貿易都市で商いが盛んですからね。派手で賑やか好きが南部の気風でもありますから」
リューネの言う通り、人々の装いだけ見ても王都のそれよりも派手だ。
腹が減ったので、露店で王都で買ったのと同じ潰したサンドイッチを買う。値段は王都よりも少し安い。王都のサンドイッチにはコメが入っていたが、こっちでは塩気の強い魚のペーストのようなものが入っていた。どっちにしろ食べなれない味だ。
「それで、俺たちはこのメガリディアの太守とやらに会うんだろう」
俺はメガリディアの街の山側に顔を向ける。少し小高い丘に、見るからに城と分かる石造りの建物があった。あれこそがこのメガリディアの太守一族の居城……リューネの母親の実家らしい。現太守はリューネの叔父「イスミル」という男。
「……いきなり行ってどうにかなるモノなのか?」
何せ明らかに「宮殿」である。
おそらく衛兵や門番が居て「お約束がない方は通せません」と言うのがお決まりなのではないか。
リューネは太守の姪かつこの国のお姫様ではあるのだろうが、写真も動画もないこの世界で、下っ端門番が彼女の顔を知っているとは思えない。それとも、アシドに見せたあの紋章の入ったメダルでどうにかなるのだろうか。
「行くだけ行ってみましょう。だめなら手紙を出します。一週間以内に会えれば御の字ですね」
気の長い話だ。だがここまでも長い旅だったのだから今更だろうか。俺とリューネはメガリディア宮殿に向かう道を進む。王都とは違いリューネも顔が割れていないから、帽子などで顔は隠さず、長い金髪の三つ編みを揺らしながら歩いている。しかし綺麗な顔は隠しきれないのだから、変なやつに目をつけられては厄介だ。
俺がそんな心配をした矢先、案の定というか一人の男に声をかけられた。
「もし、お嬢さん。お一人かな? この街は初めてかい」
……ナンパか。声のした方に顔を向けてみれば、金髪の優男が立っていた。それなりに歳は食っているように見える。俺より一回り以上は年上だろう。服装は派手で見慣れない弦楽器(ギターに似ている)を持っている。ファンタジー世界の吟遊詩人といった感じの見た目。
「一人に見えるか?」
反応が一瞬遅れたリューネに代わって、俺が返事をする。
「おや、騎士様がご一緒だったとは」
ギターの男はわざとらしく残念そうにして見せた。俺は思わず舌打ちをする。バライバ王国ではどうだか知らないが、もしここが日本ならこの年頃の男がリューネのような10代の女をナンパするなどロリコン呼ばわりされて然るべきである。俺は警戒心を強めて男を睨みつける。男はそれにも全く怯まずヘラヘラと笑う。
「おそらくだが君たちは、ここメガリディアの太守に会いに行こうとしているのではないかな?」
まさに言い当てられて、俺たちは顔を見合わせる。その様子を見てか、ギターの男は可笑しそうにまた笑った。
「それならば私を連れて行きたまえ。メガリディア太守には顔がきくのだ。きっと役に立つ」
男は得意げに言った。
「どう思いますか、ユーゴ」
リューネは小声で俺にたずねてくる。
「勝手にさせればいいんじゃないか。嘘だったら門の前で追い払えばいい」
俺もやはり小声で返す。この男は武器も持っていないし、聖霊力も感じられない。ただのナンパ、あるいは悪意のある人間だったとしても実力行使でなんとでもなるだろうし、本当にメガリディア太守とのコネがあるなら儲けものだ。
かくして俺たちは謎の吟遊詩人を加えて再びメガリディア宮殿へと歩き出す。




