ジュゼッタ
「……ユーゴ」
オルドーネから聖鎧ごしに女の声が聞こえた。その声はやはりジュゼッタだ。その一瞬のうちにリューネのフォーシルも追いついてくる。
「ユーゴ。この聖鎧の主が分かるのですか」
「ああ。聖霊廟が差し向けた追っ手だ」
もともと一緒に旅をした仲間だった。だが、そんな忌々しいことはもはや本人の目の前で口にしたくない。
「ボクのことが分かっているなら、一応説得する。ユーゴも王女殿下も、武器を捨てておとなしく投降するならこれ以上危害は加えない」
「で、そのあとはどうする。またあの石の中に俺たちを閉じ込めるのか?」
「……それは」
ジュゼッタは言い淀む。
まったく図星か、そうでなくとも似たような処遇になるのだろう。
「まるで話にならないな」
俺はヴェルメーヌの短剣の一つを、浮遊する二つの円盤のうち一つに向けて思い切り投げつける。それはど真ん中に命中し、動力部を傷つけでもしたのか派手に爆発する。
その爆炎に紛れ、俺は逃げ出すふりをしてサトラの方角へとヴェルメーヌを走らせた。先頭は俺、それにリューネが続き、少し遅れてジュゼッタが追いかけてくる。
不意をつけたお陰で少し引き離せたが、それでも相手の足の方が早いことには変わりない。
リューネはいったい何を考えているのか。……
森の木々を抜けると、即座に視界が開けた。目の前には岩場に挟まれた急流の川があった。その岸辺をたどって進むと、左右の岩壁は次第に高くなっていく。その崖の頂上を見ようと思えば、もはや九十度上を見上げねばならないほどだ。俺がそう思ったところで、リューネが叫ぶ。
「そのまま走りなさい、ユーゴ!」
背後からそんな声が聞こえてくる。俺はその指図の通りに速度を緩めず走った。背後で聖霊力が急激に膨れ上がり、爆発する。轟音。空気がビリビリ震える感覚が聖鎧ごしにも伝わってきた。
振り向きたい気持ちを抑えて走る。すると先ほどとは種類の違う轟音が響く。大量の瓦礫が崩れ落ちた時のような……。
地面が揺れる。俺はさすがにヴェルメーヌを振り向かせて後ろを見た。するとまさにその瞬間、岩壁から転げ落ちる落石が、ジュゼッタの乗る聖鎧オルドーネに直撃する。
それどころか、俺の足元へも一抱えほどある岩が転げ落ちてきた。
「立ち止まらないで! 巻き込まれます!」
リューネの言う通り、岩壁からは大小さまざまな落石が次々と降り注ぐ。
しばらく全速力で聖鎧を走らせる。背後から感じる足音は一体分だ。そして落石の音が鎮まり、その気配が十分遠ざかったところで足を止めた。
走り通しで息が荒い。聖鎧を制御するための集中力も切れかかり、その場に膝をつかせる。すぐ後ろでリューネも同じように立ち止まり、息を整えている。
「何をしたんだ、あんた」
ようやく喋る気になった頃、俺はリューネにそう尋ねた。
「簡単な話ですよ。火の聖霊術で崖の岩を爆発させて破片を落としたのです」
「めちゃくちゃなことをする。姫様のくせに……」
俺はついぼやく。リューネは「姫様はおやめなさい」とお決まりの台詞。しかしさっきのは本当に死ぬかと思った。致命的な直撃こそ避けられたものの、雨あられのように石が降ってきていたのだ。ヴェルメーヌの装甲もあちこちへこんでいる。
俺はある程度回復したのを自覚して、再び立ち上がった。振り返って来た方向を見る。もう落石は見て取れない。
「……生きていたらとどめを刺してくる。あいつもフミヤの仇だ」
フミヤが殺されたあの時、ジュゼッタは確かにミラーナに加担していた。事情はどうあれみすみす見逃したくはない。
「よしておきなさい。これ以上落石が起きない保証はありません。それにわたくしたちは地図も見ず滅茶苦茶に走ってきたでしょう。通ってきた道に戻れるとも限りませんし、この上よけいに動くと道に迷って遭難するかもしれませんから」
……言われてからよく後ろを見てみる。一直線に走ってきたつもりだったが、背後は峻険な岩場と鬱蒼とした樹海が入り混じっている。真夜中でまだ視界も悪く、月と星の光だけが頼りだ。
「それもそうだな……」
ここでジュゼッタを逃すのは惜しいものの彼女の生死は不明だし、それでこちらが遭難したのでは本末転倒だ。俺の目的はあくまでミラーナ。もし生きていたらジュゼッタにもいずれ報いは受けさせるが、今は後回しだ。
「……ひとまず夜明けを待って、それから行動を再開しましょう」
今日のところはリューネの言葉に従って、俺たちはその場で朝まで休むことにした。




