第12話 新人潰し
睡眠花のお花畑へと入って行く。
睡眠花は私の腰くらいの高さがある大きな花で、リラックス効果のある香りが特徴的だ。そのリラックスできる香りにはかなりの人気があるって聞いたことがある。自宅で睡眠花の香りを楽しむ愛好家がけっこういるんだって。
あと睡眠花はその名の通り、生き物を強い睡眠効果で眠らせる特徴があるんだよね。花の蜜にその特徴が強くあるらしくて、蜜を吸った虫が眠ってしまって地面に落っこちてしまうのだそうだ。そうなったらもうおしまいで、あとは根に絡め取られて生命力を吸い尽くされてしまうとかなんとか。
睡眠花の恐ろしいところは、その蜜の睡眠効果を自分の意志でばらまけるところなんだよね。そのせいで中型のモンスターも餌食になることが多いのだそうだ。
ホイップが前を歩いてお花畑を進んで行く。睡眠花の怖さをホイップはちゃんと知っているのだろうか。しっかりと注意しておこうと思う。
私はホイップの背中に手を当てて呼び止めた。
「ホイップ、待ってください。睡眠花は刺激を与えてしまうと睡眠作用のある香りを放ちますよ。それでもしも眠ってしまったら、根っこにひたすら生命力を吸われてしまいます。じゅうぶん気をつけてくださいね」
こっそりとホイップの背中に無詠唱魔法【ストロングカフェイン】をかけておいた。この魔法をかけられると対象者は絶対に数時間は眠れなくなってしまう。もちろん自分にもかけておいたよ。
私はこの魔法を6歳のときに賢者の森の村の長老様に教えてもらったんだよね。いや、教えてもらったというか、長老様の家にあった魔法の理論書を読んで勝手に覚えたって感じだったっけ。
私、それで徹夜に挑戦したらママにもの凄く怒られて、次の日に長老様は私のママにもっと怒られていたんだよね。今では良い思い出だ。
私に何かの魔法をかけられたことにホイップがしっかり気がついたようだ。
「大丈夫よ。ちゃんと分かってるから」
私を安心させるように言ってくれた。考えてみたらホイップの着ているブラウスやスカートも高級品だった。私の服に状態異常耐性アップのスキルがあるように、ホイップの着ている服にも似たようなスキルが付与されているのかもしれない。
ただまあ、状態異常を完全に無効化するのはきっとムリだから、念には念を入れるくらいでちょうどいいと思う。ホイップは王女様だから、万が一があったらダメだからね。
「へえ~、新人なのによく知ってるじゃねーか」
振り返ってみれば、モヒカンの人とスキンヘッドの人がとても悪そうな顔でニヤニヤしていた。
ちなみに、二人とも布を顔の下半分に巻き付けていて、鼻と口をしっかりとガードしている。ついに本性を現したかって感じだ。
私は可愛い感じの愛想笑いを作った。何も知らない新人冒険者を装えていると思う。
「あっ、お二人とも、ここまで案内してくれてありがとうございました。おかげさまで初仕事を無事に終えられそうです」
モヒカンの人が大きな剣を鞘ごと手に持った。そして大きく振りかぶる。
「おう、お役に立てたみたいで俺たちも嬉しいぜ。うおりゃーっ!」
大きく横に振った剣が睡眠花に強烈な刺激を与える。
睡眠花が強い香りを放ち始めてしまう。とても強力な睡眠効果のある香りだ。吸ってしまったら人間でもモンスターでも抗えずに眠ってしまうだろう。
スキンヘッドの人が金属製の杖を構える。あの人は魔法使いだったんだ。見た目の印象とはだいぶ違ってびっくりだ。その人が魔力を杖に込めながら詠唱を始める。
「大いなる風よ、優しく吹きやがれ! 【ウインド】!」
風を起こす簡単な魔法だ。本来は強い風で相手の動きを妨害したり、突風で相手を吹き飛ばしたりできる魔法だね。ただ、今回は攻撃に使うわけじゃないから、そよ風を発生させるにとどめたようだ。
スキンヘッドの人がいやらしく笑む。
「ふはははははは、睡眠作用のある香りをたっぷりと吸い込むといいぜ!」
モヒカンの人がいやらしい視線を私とホイップの身体に這わせていく。私、気持ちが悪くて身震いしてしまった。
「な、なんてことをっ。そんなことをしたら、私たち、眠ってしまうじゃないですかっ」
「ひゃひゃひゃ、そうだろうなぁ。眠っちゃうよなぁ。だけど俺たちの狙いはそこなんだぜぇ。ぐへへへへへ」
「え? 私たちを眠らせるのが狙いなんですか?」
「若い女は金になるからなぁ。眠ったあとで身ぐるみを剥がさせてもらうぜぇ。悪く思うなよぉ。俺たちは名うての新人潰しさ。お前ら警戒心が足りなすぎたなぁ。冒険者稼業は常に危険と隣り合わせなんだぜ。悪意に気がつかなかったやつは痛い目を見るのは常識だぜぇ。ひゃはははははっ!」
「し、新人潰し……」
まあそうだろうなって思っていたよ。だって登場したときから怪しさ抜群だったし。
スキンヘッドの人が魔法を止めてこちらに向かって歩き始める。
「さあ、そろそろ眠くなってきただろ。次に起きたときには、いやらしい服を着させられて、人身売買会場のステージの上にいるだろうな。ぎゃはははははっ、二人とも高値で売れること間違いなしだぜ。あのお方も喜ばれることだろうよ」
「あのお方……? って誰ですか?」
聞きながら私は剣を抜いた。
「クライアントの名前を教えるわけねーだろ。って、まさかこの状況で戦うのかよ。泣けるねぇ。もうまぶたが重たくてしょうがないだろうに」
そうね、とっても眠たいわー、と言いながらホイップが可愛らしい魔法の杖を構えた。その先端の宝玉に魔力が集まっていく。
「だから私ね、ちょっと本気を出せそうにないの。私たちはか弱い女の子だし、ちゃんと手加減してちょうだいね。というわけで、【マジカルバースト】!」
スキンヘッドの人が目を見開いた。想像よりもずっと強力な魔法が発動したんだと思う。
ホイップの魔法がスキンヘッドの人の胸のところで爆発する。
「ぐぎゃあああああああああああああっ!」
肋骨が何本か折れたような感じだった。完全に油断をしていたところにホイップの強い魔法を受けたんだから、大ダメージ間違いなしだろうね。
スキンヘッドの人が尻餅をつく。
「な、なんで……。眠たくねーのかよ」
「いえ、眠たいわよ。ふあーあ、眠たい眠たい。すっごく眠たいわー」
「バ、バカにしてんのか……」
「してないわよ。ほらほら、さっさと立たなくていいの? 私たちはあなたの身ぐるみをはいでしまうし、人身売買会場にも連れて行くわよ?」
「や、やっぱり、バカにしてるんじゃねーか。おい、やっちまえよ」
「え、やれって。戦うのかよ。傷ものにしたら売値が下がるじゃねーか」
「そんなことを言ってる場合かよ。こいつら、なんか変だ」
「とりあえず、もう一回眠らせてみよーぜ。おらあ!」
モヒカンの人が剣を振るう。そして、たくさん発生した強い香りを、スキンヘッドの人が尻餅をついたまま【ウインド】の魔法で私たちに向けて飛ばした。
ホイップがあくびの仕草をする。それがとても可愛らしかった。
「ふあーあ。眠たいわー。あー、眠いー」
そんなホイップの様子を見てモヒカンの人が首を傾げる。
「……まさか重度の不眠症か? 売値に響きそうだな」
「だからお前も戦えって言ってるだろうが。俺も魔法でサポートするからよ」
「ちっ、めんどくせーな。仕方ねーか。売値には響くが。ここはC級冒険者の俺様の力を見せつけてやるときだな。俺様は強えーからよ。新人には絶対に勝てねーぜ?」
大物感を見せるようにゆっくりと大きな剣を鞘から抜いた。実際には小物感あふれる感じにしか見えなかった。
私はホイップを見た。そして前に一歩出る。
「では、あとは私がやってしまいますので」
「ええ、お願いね」
私は剣の柄に手を当てた。そして二人の敵を見る。たいした人たちじゃない。一瞬で終わらせるよ。
私は地面を蹴って高速に移動した。私の動きに二人が反応できていない間に剣で斬ってしまう。
「えっ。今、俺、斬られ――?」
「身体をひんやりと何かが通った……?」
二人の身体から血しぶきがあがる。
「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!」」
「安心してください。急所は外しましたから」
って、もう聞こえてないかな。二人とも白目を剥いて仰向けに倒れてしまった。
ふう、つまらないことに労力を使ってしまった。
「ホイップ、ごめんなさい。私が悪い人たちに声をかけられてしまったばっかりに」
「いえ、世の中を綺麗にするためにも、ここで倒せておいてよかったわ」
「この二人、どうしましょう? ここで放置しておきます? 睡眠花とかモンスターとかの餌になると思いますけど」
「面倒だけど連れて帰りましょう。この人たちの言っていたクライアントが誰だか気になるわ」
「あー、なるほど。それもそうですね」
しかし、連れて帰るとなると大柄な男性二人だから面倒だな。二人を縛れるロープはアイテムポーチに入っているけれど、王女様に悪党を運ばせるのは失礼にあたるよね。つまり、私が二人を連れて帰ることになるわけで……。はあ……、それはもの凄く疲れそうだなって思った……。




