第二話 いつの間にやら森の中
「え、どこ…?ここ…」
いや本当に何処?
キョロキョロと辺り一帯を見渡してみるも、広がるのは見渡す限りの森!森!森!
背の高い木々が空までも覆い隠している。実に緑が目に優しい。
…ってさっきまで部屋に居たはずなのになんで!?なんで私ってばこんな所にへたり込んでるの?
「何がどうなってるの!?」
落ち着こうといつもの癖でメガネのブリッジに触れようとして、指先が眉間に触れる。指の腹が顔を撫ぜる柔らかい感触でふと気がついた。
「あ…、そう言えばケガしてない。良かった…」
ハサミの切先が真っ直ぐに眉間に飛び込んで来た気がしなくもないけど、腫れてもないし切れてもいない。血が出ている様子も無い。良かった。こんなアホな理由でケガしたなんて洒落にならないし…。
おや、そう言えばメガネが無いのに妙に視界がクリアだ。
「裸眼なのにちゃんと見えてる…?」
小学生の頃から夜更かしして漫画やゲームにどっぷりだった私はすぐに目を悪くした。結果として10歳の頃にはメガネと一心同体の生活をしていた訳だが、どうした訳か今は景色が実に鮮明に見えている。
以前だと裸眼のままでは森なんてぼんやりした緑と茶色の塊としか認識できなかったのに、今は木の葉一枚一枚が正確に見て取れる程だ。
「どういうこと?森の癒し効果?それともハサミでツボがいい感じに刺激されたとか…」
素っ頓狂な事を言っている自覚はあるので許して欲しい。
あれ、そう言えばなんか声も変だ。少し低い?違和感の正体が分からず、喉に触れながら声を出してみる。
「あ、あー。…喉風邪?なんかショタボな感じ」
喉に違和感はない。でも確かに声が以前とは違っている。高くもあるけど、なんというか中性的?上手く表現出来ないけど少年を思わせる声色になっている。
森の中で寝てたら風邪を引いてもおかしくはないけれど…。いやそもそもなんで森で寝てるんだって話だけどさ。
違和感がどんどんと積み上がっていく。
なんか服もボロっちくない?というか服なのこれ?布切れじゃない?
頭から被るタイプの、いわゆる貫頭衣と呼ばれるそれだけど…。
服の様な何かの裾を持ち引っ張ってみる。麻なのかな?チクチクして気持ち悪い。
試着した衣服を確認するかの様に、立ち上がりながら前面と背中側を見ようと試みる。
…?
「なんか私、全体的に小さくない?」
視界が低い。それに手のひらも、腕も、足も、背丈も含めて全体的に小さいし短い気がする。鏡も何もないから確認の術は無いけれど、腕を見る限り確実に短くなっている。元から短い?ほっとけ!
いやこれ絶対に気のせいじゃないって!え?コ◯ンくん?黒の組織が自宅押しかけして来た?アポト◯◯ンなんとかかんとか飲まされた?
わたわたと忙しなく、どうにか自身の全貌を明らかにしようと試行錯誤しているとこれまた新たな事実が発覚した。
「なんか股間で揺れる感触が…」
妙にスースーするし。…って、え!?まさか下着すら付けてない!?バッと胸に手を触れてみると麻布越しに感じる確かな小さなぽっちりの感触!
「まじで!?」
ブラなしじゃん!…じ、じゃあこのスースーする風通りの良さは、やっぱりパンツすら!?慌ててバッと服を捲り上げ、私は言葉を失った。
確かにパンツは履いていなかった。でもそれどころじゃ無い新たな事実が発覚したのだ。
「な、なんか生えてる…」
ぷらん、と親指ほどの小さな何かが股間で儚く揺れていた。その下にはちっちゃなまん丸い玉状の膨らみがぽてっとしている。
「は、はは。ちんちんだこれ」
一体何の冗談なのだ。気がつけば森の中にいて、視力が劇的に回復したかと思えば、衣服は全部剥ぎ取られて残っているのはボロい麻布。しかもどういう訳か体は縮んでいて、終いには股からアレが生えてる始末。そう言えば胸もぺたんこになってる気がする。え?元からぺたんこ?ボコボコにするよ?
「………夢だよね?こんなの」
…き、来た!これだ!きっと今の私はハサミがぶつかった衝撃で気絶しているのだ。これは気絶した私が見ている夢。意識はハッキリしてるから明晰夢ってやつに違いない!
「ぜ、ぜぜぜ絶対そう!そうじゃないとおかしい!だって、こんなのTS転生じゃん!」
落ち着け私!夢ならば何も恐れる事はない。恐れる事は何もないぞー。
妙に感触がリアルだし、森の香りや何処からか聞こえる獣たちの鳴き声が夢にしては鮮明すぎるけれど、きっとこれは私の想像力の賜物だ。
チュンチュン!
ギャー!ギャー!
ガルル…!
ぷっちょ!
「なに最後のやつ」
さ、さてと、夢ならば好きにさせてもらおっかな!まずはこの薄暗い森から脱出したいところだけど。どっちの方角に向かえばいいのだろう。
太陽の日差しがほとんど入らない暗い森の中、よく見える目で連なる木々の向こうを眺める。うーむ、かなり深い森なのかな。獣の声以外には何も分からないや。
せめて、人の気配さえあれば助かるんだけど。というか冷静になるとかなり怖いなこれ。私、ホラゲーは見る専だから勘弁して欲しい。
バキバキバキ…
「ん?」
木々が薙ぎ倒される音がすぐ背後で聞こえ、私の上に影が差した。なんとなしにそちらへ振り向く。
「グルル…!」
…うわぁーお。すっごい。
初めて見た。目の前にいたのは虎だった。ただしサイズは象くらいデカい。見上げる程の大きさだ。それに柄が水色と黒の縞模様。あまりにも食欲減退色。新種かな?なーんて。
「見逃してはもらえない…よね?」
「グルルルルル…ジュルリ」
ヨダレだらだらです。本当にありがとうございました。あ、ゆっくりとにじり寄らないでください。舌舐めずりも止めてね。怖すぎておしっこ漏れそう。
「………あ!あっちにデッカい肉!」
勢いよく右方向を指差すと虎の様な巨大な化け物の意識がそっちに向いた。
チャンス!
慌てて指差した反対方向へと駆け出した。こいつ私の事を明らかにご飯として見てた!
短い手足でどうにかなるものか、と心配したが案外走れる。ま、短い手足の割にだけど。後、裸足なのが辛い!足裏痛すぎ!後、股間!なんか揺れてるの違和感やばい!気にしたく無いのに無理くり意識させてくる!
「…なんで夢なのにこんな怖い目に遭うのー!明晰夢なら好きな夢見させろ!フェデリック様に会わせろ!誰が好き好んで虎とチェイスする夢見たいんだっての!」
ぽてぽて、と駆け始めてすぐに「ガルルルルァ!!!」と激おこタイガーの低く爆ぜる様な鳴き声が木々を揺らした。
ひーん!無理無理無理無理!足音聞こえる!爆速で近づいてくる!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!
「いだっ!」
木の根に足を引っ掛けてしまい盛大に地面に転がった。
咄嗟に振り返るが、すぐ眼前でヤツは嗜虐的な笑みを浮かべていた。大きな口が涎の糸を引きながら開かれる。
真っ赤な口内が私の視界を埋め尽くす。平たく大きな棘のある舌は一舐めで私の肉を刮ぎ落としてしまいそうだ。連なる牙は一瞬にして私の骨すらも噛み砕いてしまうことだろう。
生臭く熱い呼気が体を撫でた。勝手に目尻に涙が浮かび始める。怖い。体に力が入らない。無意味だと分かっていても思わず腕で顔を庇う。そして、これまた無意味だと分かっていても最後の抵抗に震える声を張り上げた。
「ひ、ひっ…だ、誰か助けて!」
「おらぁ!」
「…ギャンっ!!?」
死んだ。そう思った次の瞬間、スカイブルーなクソデカタイガーの顔面が大きくへこみ、木々を薙ぎ倒しながらぶっ飛んで行く。
「大丈夫かぁ。うわ、涙と鼻水やば」
「ぐずっ、だ、大丈夫じゃないぃ」
目の前にとんと軽い着地音と共に一人の少年が舞い降りた。涙でぼやけた視界を晴らす為、腕で顔を乱暴に拭う。でもなかなか止まってくれない。心臓はまだバクバクしているし、体の震えも止まらない。
「…って、え!?お、お前!その目、その髪、もしかして日本人!?」
お礼を言う間もなく驚愕の声が私に向かって投げかけられた。
どういう意味だろう。彼の言葉の意味が分からず、半べそをかきながら彼の顔をじっと覗き込んだ。黒髪黒目で猫っぽい形の目。快活さを感じさせる顔立ち。見覚えしかなかった。
「に、日本人だけど…」
疑問に答えつつも、私は上の空だった。だってあり得ない事が起きている。
目の前の彼の顔。その顔は間違いなく漫画『FREAKS』に登場するメインキャラクターで、第一話に登場した少年時代のリュウだった。
「やった!!に、日本人だ!!おれ以外の日本人初めて見たよぉ…」
そんな彼もどうした事か泣きべそをかきだした訳だが…。




