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七尾城からの知らせ、未だ来ず

改稿終わりました。

七尾城から離れたところにある手取川付近にようやく織田軍は差し掛かっていた。織田信長は七尾城の状態こそが今回の戦いの肝になると確信したので越前で柴田勝家らと合流し、さらに加賀で前田・佐々らの軍を加え、総数は四万に達する大軍を叱咤し越前から手取川まで僅かな時間でたどり着いた。


 織田軍は手取川の手前で一旦陣を張り、七尾城の状況を知るために斥候を放った。


 本陣では信長が椅子に瞑目して座り、その両脇に長男信忠と三男信孝が控え、二の字に各武将たちが立ち並んでいた。筆頭宿老柴田修理、滝川左近、丹羽五郎佐、明智日向ら四大家臣が威圧を放っていた。それ以外の家臣も皆黙りこくって物々しい雰囲気が立ち込めていた。


 放った斥候が先ほどから全く帰還してこないのだ。織田軍は過去に情報で数々の戦で勝利をしてきたので情報の大切さを他よりも熟知している、だからこそ今回の異常な事態に焦っていた。


柴田勝家が怒気を孕ませ、怒鳴った。


「七尾城に向かった斥候はまだ戻らぬのか!これでは城がまだ落ちていないのか、落ちているのかが分からぬ。殿、早速にでも霧を抜けて七尾城に向かうべきです!」


勝家は信長が同意するのを期待して更にがなりたてた。


勝家の割鐘のような声に諸将の何人かは顔をしかめたが、沈黙を保った。


信長は未だ瞑目したままであるし、ちょうど勝家を遮る声が耳に入ってきた。


「修理殿、そのように怒鳴られては皆も困る。ここは冷静になろう。」


穏やかな声で勝家を宥めるのは丹羽長秀、通称丹羽五郎左と呼ばれ、尾張統一前時から織田信長を支えて来た堅実な戦いと振る舞いで信長の信頼を得た人でもある。柴田勝家とは古くからの付き合いであるため、激昂しやすい勝家をよくなだめていた。


此度もいつものように長秀が話すことで落ち着くかに思われたが、少し様子が違った。


「長秀!貴様はあの猿の戯言に心動かされているのではないのか!」


勝家は逆に長秀をなじった。軍議前にある一隊が戦線離脱をしていた。羽柴秀吉率いる軍である。秀吉は離脱前に上杉と戦う事の愚を信長に言ったので、勝家は秀吉の言葉に今頃長秀が心を踊らされたのではないかと思った。


秀吉は別に勝手な理由で戦線離脱をしたのではなく、播磨の状況が緊迫して来たので離脱を願っただけで、信長もそれを承知して特に叱責はしなかった。ただ、上杉との戦いを避けることについてはあまりいい顔をしなかったが。


勝家は前々より貧相な面をした秀吉が気に入らなかったから古来の友である長秀につい噛み付いてしまった。


 「なっ、何を言われる修理殿?」

 「貴様は前も猿が名を羽柴に変えたときもほだされていたのう、此度も同じように猿に味方をしているのであろう。」

 「…それ以上言われたらさすがに我慢が聞きませぬ。」

 勝家に罵倒の言葉を浴びかけられても耐えていた長秀だがここまでいわれては堪忍袋の緒が切れそうになったので抜刀の姿勢に入った。


 堀秀政が二人を見かねて発言した。


 「それぐらいにされよ、御二方。上様の御面前で見苦しい。」


 勝家と長秀が慌てて織田信長の方を見ると未だ沈黙していたが、微かに青筋が眉間から表れていた。二人は慌てて平伏した。


 「...よい、修理と五郎佐は戻れ。」

 「ははっ!」


 二人が戻ると信長は目を微かに開けた。


 「久太郎、七尾城への救援に赴くべきか、否か。」

 「某は反対です。只今、我等は畿内にも敵を沢山抱えておるのにここで兵力を分散させるのは得策ではないので、ここは引き返して筑前守殿と同心して松永を討つべきかと。」


 秀政は言い終るとすぐに座った。信長は気にも留めずに直ぐに次の人物を名指しした。

 

 「左近、キンカン。」


 「我々は進撃を進言します。」

 「ほう。」


 ここで初めて信長は面白そうに口を吊り上げた。


 「なぜだ、キンカン。」


 「では...某が思うに、上杉軍はこの国でも強兵と謳われています。戦国最強の武田軍が長篠にて大損害を受けし後は上杉軍が最強となっていますが、それはひとえに上杉謙信という個人的崇拝とそれによる家臣団の団結力によるもの、仮に謙信が敗北するか、死んだ場合は必ず上杉には争いが起こります。ここは上杉謙信を殺す目的で軍を進めるのがよろしいかと。」

 「左近殿の甲賀衆の腕利き共と、鉄砲を全部使うことで殺害は確実かと。」


 「負けるのを覚悟の上で謙信の殺害に全力を注げと。」

 「左様で。」

 キンカンのいうことは魅力的だ、以前の信玄の病死により包囲網は脱せられたがあのときは信玄は余命いくばくもないのは周知の事実だった。ただ待つだけで信玄の命は尽きたが、謙信は目だった病の噂も聞かぬ。健康そのものだから病死は期待できない。なるほど、考えたらキンカンらの策は理にかなっている。


 「キンカン、左近、進言を取る。」

 「おおっ。」 「なんと。」


 「だが、折角の暗殺だ。必ず成功させる。織田軍全員に伝えよ、『足軽、侍、鉄砲奉公、武将、皆関係なくただ一人...不識庵謙信の首を取るべし』と。」


 「ははーーーーーーーっ!」


 織田信長は四万の兵全てを使い、謙信を殺す策に出た。



手取川は近年まれに見る大霧に包まれて手取川を越えた先は全く見えない。織田軍の兵卒たちは霧を見てまるで霧がこちらを誘っているようだと、恐れを漏らしている。


 信長としてはここで謙信を完膚なきに打ち破ることで天下に響く上杉軍でさえも織田には敵わないと周囲に知らしめたかった。


 謙信の奴はなかなか尻尾を掴ませぬ...これ以上ここで時間を喰うわけには行かぬ。畿内で泳がせておる松永久秀らの動向も怪しくなってきておる、更に武田と毛利、本願寺が今回の戦に乗じて包囲網を縮めて来ようとしている。ちっ、長篠で上杉に逆襲されたことがここまで響くとは...


 長篠において武田は織田に敗北を喫し、多数の家臣、兵を失ったが終盤の上杉の逆襲により織田軍の追撃が無かったことで史実の戦いよりも損失が減った。更に内藤昌豊が生還したことにより、家臣たちの動揺を押さえつけることに成功して親族衆穴山信君らの力を奪い、武田は中央に軍事力を集める道を順調に進めていたので直ぐに軍を起こせる体制に戻っていた。


なので、織田は以前と変わらない状況のまま上杉とぶつかる事になっていた。


 武田・上杉らにあじわされた屈辱は忘れぬ、この屈辱はあやつらを灰燼に帰すことで晴らしてやる。

 だが、今は包囲を崩さなければいけない。そのためには今回の戦を手早く終わらせなければならん、織田の勝利で。


 「諸将、立て」


 言葉が響き渡るや、将はすぐに立ち上がって命令を待つ姿勢に入った。


 「手取川を渡る、先陣は修理、中には前田・佐々、遊撃に日向、今回の戦で上杉不識庵めを殺す。分かったか。」


 『ははっ!』


 織田軍は士気を上げるべく槍を天高く掲げながら意気揚々と手取川を途河し、霧の中に入った。


 霧の中では数千を超える黒い塊が辺りに散らばり動いていた。

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