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朝駆け

戻ってきました。長きに渡る休載申し訳ありません。次の投稿は年明けを予定しております。宜しくお願いいたします。


 スノウ

七尾城は濃霧に包まれていた。現代時間で言うなら朝五時くらいの早朝で太陽は未だ顔を出さず、辺りには寒気が漂っている。


 ほうっ、と誰かが息を吐いた。息は周りの寒気に当てられ白く染まり広がっていく。


 七尾城が上杉軍に囲まれてから三日経っている。囲まれた当初は上杉軍がすぐに攻めてくると予想したが上杉軍は一向に攻めてこない。夜襲があるかもしれないと思い、夜も不寝番を立て警戒した。普通なら篭城勢を疲労させるために銅鑼などを打ち鳴らしてくるかと予想したがそれすらもしてこなかった。


 予想していたことが全部外れたので兵達は拍子抜けした。危険が無いと知ると兵達の間にはあっという間に気の緩みが広がっていった。


 「噂に聞く越後の鬼とか呼ばれる奴らもたいしたことねえべな」


 「油断は禁物と上は言うがのう、こうもまったく動きが無いのを見るとのう」


 こうした言葉が飛び交って城壁の上に所狭しと配置されていた足軽は数を減らし、最低限の人数しか配置されなくなった。その者達にも立ちながら寝ている者が出てきた。


 こうした現状にある七尾城を城主や家臣達は危うい目で観た。


 「このままではいかぬ、どうにかして気持ちを引き締めさせなければならぬ。」


 甲高い声を出したのは幼少の城主畠山春王丸だ。春王丸は齢十歳の子どもながらもしっかりとした視線を持ち、居並ぶ家臣たちを見回した。だが、意に沿う回答は返って来ない。皆目を伏せている。家臣らとて分かっている。敵は天下にその名を轟かせる軍神上杉謙信。攻めてこないのは何らかの策があると観ている。しかし、下のものにはそれが伝わらない。どうしようもないことだ。


 春王丸はこの状況を苦々しく思っていた。城内は抗戦派と降服派、二つに分かれていた。長続達を筆頭とする抗戦派は織田に擦り寄り越中を守ろうとする意志が強い。降服派は上杉に降伏して春王丸を城主の地位から引き摺り下ろして遊佐続祐を新たな領主に押し立てようとする派閥だ。


 春王丸としてはどっちでもよかった。自らが犠牲になることで領民が助かるならよし。そのためなら上杉にでも織田にでも下ろう。


 問題は遊佐続祐だ。あ奴は欲望に走りすぎるきらいがある。だが、遊佐は古くからの豪族なので排除は出来ぬ...それが懸念の種だ。


 どちらにしろ、今するべきことは篭城戦においての士気の低下を防ぐことだ。


 

 七尾城で春王丸が苦慮している間に城壁では異変が起ころうとしていた。


 延々と続く城壁の門には五人組の兵が番をしていた。そのうちの一人が奇妙な音に反応した。


 「何だ?この音は?」


 何か物がバチバチと燃えているような音がかすかにだが聞こえてくる。耳を澄ますと門の中から聞こえてくる。


 なぜかその音に言い知れぬ不安を感じた兵は休憩を取っている足軽組頭に事を伝えるために動こうとした。突如として音がバチチチチという騒音に変わり激しいリズムを取り始めた。最初に気づいた兵以外の四人にも聞こえたようで不安そうに顔を歪めた。


 大きくなっていく不安に耐え切れなくなった兵士が門に恐る恐る近づいた。何が起こるのか、そういう不安に胸がどくどくと脈打つが、なんとか兵士は門に耳を寄せた。


 その兵士の耳に聞こえてきたのはゴオオオオと唸りを上げる音だった。瞬間、門が爆ぜとんだ。大きな唸りを上げて門は破壊を伴う咆哮を上げて内から弾けとんだ。


 兵士は己のみに何が起きたのか認識する暇も与えられず、細かく切りさざまれた木の破片に頭を破壊され、脳漿を撒き散らしながら吹っ飛んだ。吹っ飛んだ兵士は残りの四人の兵士の前に降りた。無残に頭をぐちゃぐちゃにしながら横たわる兵士はもう二度と動くことは無い。


 四人の兵士は目の前で何が起きたのか分からずただ呆然としていた。


 呆然としている兵士たちの前で破壊された門が地響きを立てて勢い良く外から開かれた。


 開かれた門の前には殺気に身を包んだ上杉兵が勢揃いしていた。


 越後兵が放つ殺気が体を撃ったとき防衛反応が働いた兵は正気に戻った。


 「うーー上杉兵が」


 それを言う前に兵の喉を風切音と共に飛来した槍が貫き、言葉を封じた。


 じゃらんと音を立て、武者が越後兵の中から進み出た。


 武者は兜を被っていなかったので顔が剥き出しになっている。


 絶世の美男子、その言葉が酷く似合う風貌を武者はしていた。 


 すうっと縦に伸びた面長の顔は凛々しく整い、ちりばめられた化粧に飾り立てられていた。肌のつやは氷の結晶よりも深い雪のような輝きを放つ。口についている唇は血のように紅い色をしており、悪魔の微笑を形作った。万人が見たら美しき姫君ともてはやしそうな美貌を男は放っている。


 男は口を笑みの形に歪めて、七尾城の兵たちにとっては地獄の始まりを告げる言葉を吐いた。


 「私は上杉不識庵の子、上杉三郎景虎。者共、七尾城を落としなさい。」


 凛とした響きが行き渡った瞬間、大地が揺れた。それまで静かにしていた越後兵が一斉に動き出したのだ。踏み鳴らされた地面は地響きを伴い、七尾城の兵たちをまともにたてなくさせた。それでなくても門の周囲を覆いつくす大軍に士気は激減していた兵にはこの事態には耐え切れなかった。


 忽ち七尾城の門は抜かれた。門にはすでに百人を優に越える兵が居たが、数千を数える数の暴力により蹴散らされた。勢いを得た上杉兵は七尾城の本丸を一気呵成に攻め落とさんと迫る。


 このときになると騒ぎを聞きつけた周りから兵が続々と集まって来たが、既に門は抜かれ、そこから波のように湧き出てくる上杉軍に対応するのが精一杯であった。


 七尾城の本丸に集まって軍議に参列していた長続達は突然の轟音に驚いて外に出た。外を見ると門が決壊してそこから次々と上杉軍が進撃してきていた。味方は持てる全兵力で懸命に防いでいるが、圧倒的に数が多い上杉軍に徐々に押されている。


 ばかな、上杉軍が何故門を破ってここまで来ているのだ?しかも門は粉々に破壊されている。もはや大群を防ぐすべはなくなってしまった…春王丸様を御守りせねば、我等はこのまま討たれてもかまわぬが春王丸様だけは無事に織田の陣に御送りするのだ。よいな


 「続達、すまぬ。」


 いいえ、辛い思いをさせたのはこっちです。父が追放されてより春王丸にはこの七尾城の主として重い義務を背負わせました。今更罪としては許されませんが、私達の血を持って生き延びて平和な生活を送ることを祈っております。


 「すまなかった、すまない…頼む。」


 春王丸様は数人の近衆に袖を引かれて七尾城の本丸の隠れ通路に向かった。


 もう懸念すべきことは無し、今ここで敵を食い止めるのみよ。


 続達は槍を引っさげて最前線に向かった。


 喧騒が続く。所々では討つか討たれるか血みどろの戦いが繰り広げられていた。


 侍衆よ、今一度意地を見せるぞ! かかれっ


 雄叫びを上げながら前方に蠢いている兵の群れに突進した。槍の一番端を力強く握り締め、四方から迫ってくる兵に向かって横薙ぎに振り回した。


 唸りを上げて槍は数人の兵の顔を傷つけて吹き飛ばした。


 まだまだぞっ、わしとて伊達に七尾城の筆頭家臣と言われただけではないぞ。


 体は熱を持ち、槍を握り締める手には若き時の活力が戻ってきていた。その感触を確かめるように咆哮した。


 「おおおおっ」


 右から突き出された槍を顔を下に動かしてかわした。下から槍を突き出して喉を突いた。兵はそのまま喉から血を流して崩れ落ちた。すぐに次の兵が二人打ち掛かってきた。


 槍が二振り迫る。さすがに危うい。汗が滴り落ちるが、目を凝らした。両膝を下げて下から槍を振り上げた。二つの槍はキンという金属音を立てて上空に浮かんだ。慌てた二人の兵士の内、一人の心臓を貫いた。槍が抜けなくなった。


 抜けなくなったなら飛び掛るまでじゃ


 抜けなくなった槍から手を離してもう一方の兵士に飛び掛った。組み合いがはじまる。すぐに馬乗りになって相手の顔を殴った。痛い、我慢できる痛みだな。一発、三発、十発と繰り返していくうちに兵士は顔を歪に変形させ、動かなくなった。


 立て続けに三人もの兵を倒した続達を越後兵は恐ろしげに見つめて遠巻きに囲み始めた。


 「老兵一人に手をこまねいているのですか。」


 生臭い戦場には似合わぬ美しい響きを持った声がどこからか聞こえてきた。あたりを見回すと破られた門のほうから若武者が出てきていた。


 顔を見た瞬間、なるほどと思った。あまりにも美しい容貌をしていて女子のようじゃ。


 「御老人、首を頂きます。死出の土産に名前をお聞かせいただきたい。」


 若武者はその声とともに馬からひらりと飛び降りた。


 面白い、上杉軍でも名のありそうな武者だな。冥土の土産にあやつと一戦交えようか。


 「畠山春王丸筆頭家臣長続達、掛って参られよ。」


 若武者は獲物を狙う蛇のように舌を出して唇を舐めた。


 「筆頭家臣長続達殿とは、これはいい獲物が出てきましたね。上杉三郎です。」


 上杉三郎ということは謙信の養子か! これは良い獲物だな。


 そのまま互いに槍を突き出す。きいん、と音を立てて槍がお互いの身を削りあいながら拮抗する。やがて拮抗が崩れて槍は弾かれた。続達は直ぐに次の行動に移した。景虎の脚を突いた。景虎はとん、と軽く飛びのいた。


 そこだ!続達は咆哮をあげて胸めがけて槍を突き出した。だが、突き出した槍を景虎は槍を細かく回転させて受け止めて絡めとろうとした。


 させるか! 続達はぐむむう、と腹に力を混めて槍を引き戻した。


 「やりますね、筆頭家臣だけはある。」


 「はっはっは、そう簡単に首はやれぬのよ。」


 「だがそれも次で終わりにしましょう。」


 神速をもって突き出された景虎の槍がごおおおん、と空気を切り裂きながら続達に迫る。


 続達はその突きを半歩横に僅かに動くことで紙一重の回避をした。槍を突き出した景虎は腕が完全に出ており隙を晒していた。


 これで終わりじゃ! 続達は今までに無い渾身の突きを繰り出した。



 突きは虚しく空虚を切り裂いた。


 ばかな、どこに


 「惜しかったですね。良い突きでした。」


 声が上空から聞こえたので振り向くと景虎が居た。


 なんと、景虎は突きを繰り出された瞬間に上空に飛んだことで回避したのだ。優雅に上空を舞うその姿は古の源義経が乗り移っているようであった。そして夜叉は飛びながら腰に差している刀を抜いてこっちに踊りかかってきた。


 これに対応しようにもすでに全力の突きを繰り出してしまった続達には余力は残されてなかったので対処は出来なかった。続達には悔いは無かった、願わくば春王丸様の無事を祈ります。


 どうかご無事で


 その思考とともに続達の喉を焼けるような痛みが走った後ゆっくりと闇に沈んでいった。




 


 


 


 


  

 



 

 


 


 

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