理不尽な占領
「こ、ここが僕の家です……」
「へー、寮の部屋ではなくビルのようですが」
シロコさんに部屋を案内するのがどうしても嫌だったので、スラム街にあるけど、そこには似合わない巨大なビルに連れて来てやった。
怪しい人がたむろっているスラム街、夜に近づいているから空が暗くなっているのが込みで、シンエンの雰囲気が漂っている。僕はともかく、シロコさんには似つかない。
「まあ、昨日まではギャング組織がいたらしいですが、壊滅させてやりました」
「ちなみに方法は?」
「どんな組織でもお金は必須ですよね」
「ギャング組織に喧嘩を売るだなんて、後が知りませんよ?」
「シロコさんよりはマシなので」
僕を脅すように、シロコさんは言ってくる。
正直な話、そこら辺にいるギャング組織より白人三人衆――アンズ先輩、スズ先輩、シロコさん――の方が怖い。
「へぇ?」
「いしし、どれだけ強大な組織でも、より巨大な組織には勝てませんよね?」
「ふーん?」
「ちょっと、痛いです」
得意になって説明していたら、普通に殴られた。理由は知らない。
「という事で、今日からここは僕の家です」
「そんな戯言を言っていないで寮に案内してください」
「戯言じゃないです! ショウシンショウメイ僕の家なんです!」
「さっき、スズ先輩と連絡先を交換したんですよね」
「さあて、こっちですよ!」
二対一とは卑怯な、だけど勝てるわけがないので、仕方なくシロコさんを自分の寮に案内する事になった。
「……それにしても、リクさんは恐れ知らずですね」
「シロコさんは怖いですけどね」
「殺しますよ?」
「すみません……」
「……巨大なギャングに喧嘩を売るなんて、普通はしません。ましてや一人で、無謀ですよ」
隣で僕の腕を掴んでいるシロコさんは、大きなリュックサックを揺らしながら、神妙な顔つきで呟いた。
「ムボウ? 簡単ですよ?」
「は?」
「組織を混乱させて、マフィアに売るんです」
「はぁ……」
「こんな事をするより、アンズ先輩に喧嘩を売る方が怖いですけどね!」
「報告しておきますね」
「マジでやめてください」
「……後ろに気を付けた方が良い発言ですね」
スラム街、歩いていると日が完全に落ちて、夜の暗闇が広がっていく。灯りはあんまりなくて、周りにはガラの悪い人や、僕のように制服を着ている人がちょくちょくと見られる。肌の色はあまり関係ない。白人も、黒人も、引いては黄色人も、タトゥーを彫っている。
シロコさんは浮いていた。制服ではなく私服だが、結構お金持ちのようなフウボウをしているし、生意気にも身長は僕よりも高いし、明らかにスラム街にいて良い存在じゃない。
本来だったら、後ろに気を付けた方が良いのはシロコさんのはずだ。大きなリュックサックを持っているから、狙われやすいのもこっちであるはず。
「まあ、シロコさんは怖いので襲おうだなんて命知らずはいないと思いますけど」
「はあ、そんなに死にたいのならここでトドメを刺してあげます」
「いや、褒めてるんですって! シロコさんならスラム街でも簡単に生きていけるだろうなって!」
「本当に褒め言葉ですか?」
「ち、違いましたか……」
シロコさんはこういうのは望まない、メモメモ。
やっぱり、恐怖の権化は考え方が違う。僕とは住む世界が違うっていうか、歩いているだけでもその雰囲気は伝わってくるっていうか。
こんなのと一緒に過ごさないといけないだなんて、大型の肉食動物と一緒に住むようなものだ。普通の人は無理なのに、僕が耐えられる訳がない。
「うーん、とりあえず、シロコさんは強いって事です」
「リクさんの家、楽しみですね」
怖い笑顔を浮かべて言ったシロコさんに、僕は恐怖した。
◇◇◇◇◇
寮というのは、学生が住む場所だ。夜中、門限ギリギリになって、寮の中に入り、自分の部屋へと向かう事になるだろう。
スラム街から脱出して、先程までキョロキョロしていたシロコさんはいなくなっていた。
「あの、ここは男子寮なのですが」
寮の受付で足止めを食らってしまっては、本末転倒なのだが。
受付の人が、柔らかい口調でそう言った。
「細かい事は良いんです。リクさんが許可をくれたので」
「ですが、僕の許可を出していません」
「いしし、シロコさんは諦めて帰るんですね」
「黙っててくださいね」
「ひぃ……」
寮の人が僕の味方をしてくれたので得意気になっていたら、シロコさんに怒られる。
「お願いします。この人は本当に問題児で、監視が必要なんです」
「まあ、それなら良いでしょう。シノビグサリクは超が付く程の問題児ですからね」
「そんな!?」
「これ、許可証です。せっかくですし、『リクの監視係』という札も作っておきますね」
「ありがとうございます!」
「嘘ぉ!?」
速攻で裏切られて、お腹が空いて食べ物が欲しいってときに死体を見つけたが既に漁られていたときのような気持ちになった。
受付と玄関を隔てるガラス板、声を届かせるために開けられたそれ越しから、受付の人を睨む。
「それでは、これを持っておいてください。リクさんの部屋に、暗証番号なしで入れるようになります」
「おい!? なんて物を作ってんだ!?」
「では、行きましょうかー?」
「く、くそぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!!!」
理不尽に対して叫んだら、シロコさんに引きずられた。
叫び声は響かない。寮の構造として音が響かないようになっていて、どれだけ大声を出しても声は籠らない。
「理不尽! 理不尽! 理不尽!」
「同じ事を繰り返さないで、語彙を使ってください」
「わかりませんよ!」
「理不尽、横暴、不条理……いろいろ表現はありますが、まずは簡単なのを覚えてくださいね」
「何言っているんですか?」
「はぁ、本を読ませます。これは確定事項です」
「そんなぁ……」
こんなに恐ろしい、ライオンがいる檻に放り込まれたシマウマみたいな気分に、僕は絶望せざるを得ない。
同じ事を繰り返す事は、良いと思う。相手に間違って伝わってしまう可能性を考えたり、繰り返し言ってちゃんと記憶させたり、確認の意味だって込められる。それに、難しい言葉はわからない。
あと、本を読みたくない。
「せっかくですし、新しく本を買ってあげます」
「数学本とかなら大歓迎です」
「小説が中心に決まっているでしょう」
「他人の作った物語なんて読んでもつまらないです」
「小説というのは著者の経験から書かれる事が多いです。そして、他人の経験は歴史です。いろいろ学べますよ」
「歴史から学べる事なんて、バカな人たちの失敗からの教訓だけです」
「賢者の成功からも学べますから」
えっと、なんだったかな、押し温度だったっけ、そんな感じの言葉が似合う程に、僕とシロコさんは言い争っている。
「これじゃ押し温度ですね」
「押し問答です。やっぱりダメですね」
「うぐっ……」
く、本を読んでいない事が裏目になるとは。でも、めんどくさい。
いろいろお金儲けをしたり、漫画を漁ったり、忙しい。小説とか読んでいる暇なんてないんだ。
そろそろ、僕の部屋に着く。本当は人を招き入れたくないのだけれど、もう逃げられない。どうにかして尻尾を噛みたいけど、そんな隙はありゃしない。
「……」
「おや、部屋はここですか」
一階の、寮の奥ら辺にある部屋を見て、シロコさんは呟いた。
「忍草陸」という文字と共に、扉がある。大きくも小さくもない、人が出入りするのに丁度良い作りだ。
木造建築で、木の匂いが漂ってきそうな程、ここは木材に囲まれている。ただし、イタズラでキクイムシとかシロアリを放っても、それらが繁殖できないような処理を施しているらしいから、そこは異質だ。
「ちぇ、めんどくさいな」
「あら、私に勝てると思っているのですか?」
「別に、もう抵抗はしませんから。だから、そのオーラをどうにかしてください」
「ひぃぃ」だなんてわかりやすい悲鳴を出して怖がる。そうしたら、シロコさんの目つきが鋭くなった。
世界は残酷で、僕は草食動物であったらしい。やっぱり、肉食動物には勝てないと、抵抗してもいずれは食べられると、理不尽なウンメイに毒づきながら、僕は扉を開けた。
「暗証番号がいらないって事は、それで開ければ良いんじゃないんですかね」
「1545……覚えましたからね。絶対に変えないでください」
「えー、一週間に一回は変えてるんですけど」
「なら、毎回教えてください」
「めんどくさ……」
扉を開けて、部屋に入る。
「うわ、散らかってますね」
「効率良い配置にしてるんですよ」
「はぁ……あなたの部屋なので、細かいことは言いません。ですが、私の生活スペースは勝手に作りますから」
「まあ、それくらいは良いです。もう反論しません」
畳んで床に積み上げられている衣服、僕の身長くらいしかない冷蔵庫、敷きっぱなしの布団と枕。合理的な部屋だ。それに、シロコさんは嫌悪感を示すように、死体を貪っている黒い虫の臭いを嗅いだような顔をしている。
「そんな顔をしているって事は、泊まりたくないという事ですよね?」
「うふふ、あんまり女の子の心を読まない方が良いですよ?」
「図星ってわけなら、帰り――」
満面の笑みで殴られるけど、もう慣れた。
そうして、シロコさんは僕の部屋の片隅、積まれている数学本や漫画を縦に置き直して、壁に寄りかからせていく。その際に、表情に怒気が含まれているような気がして、身構えた。
でも、すぐに無表情に戻る。何がしたいんだ。
「ここが、私の寝るスペースです」
「狭いですね」
「あなたの部屋に上がらせてもらっているので」
「今更すぎますね」
僕の言葉を聞いたシロコさんは、さっきから背負っていた大きなリュックから、寝袋を出す。
準備は万端、という事か。大きめのリュックサックを壁に寄りかからせて、寝袋は置いている。そして、リュックの中身を漁った。
「では、僕は用事があるので」
「門限が過ぎているのに、どこへ行くんですか?」
「決まってます、お金稼ぎですよ」
「そんな事より、私にこの寮を紹介してください」
「酷い!」
せっかくの夜が、シロコさんの寮案内で潰れた瞬間だった。
◇◇◇◇◇
「起きなさい、朝です」
「眠いので嫌です」
「さっさとしろ」
「はいぃ……」
鉄砲玉みたいな鋭い声に、思わずビビって、勢いよく布団から飛び上がる。
嫌な朝、目覚めたくない。日差しはよくて、絶交の万引き日和なのに、こんな仕打ちがあってたまるか。
「うぅ、せっかく良い夢を見てたのにぃ……」
「どんな夢ですか?」
「うーんと、人の死体が新品同然で、いろいろ漁れた夢です!」
「どこが良い夢ですか」
「良い夢ですよ! 死体には大体虫が寄って来てるし物は盗まれているのに、死んだばかりで生温かいし、物が大量に残ってたんですから!」
僕が熱弁しても、シロコさんにはあまり届いていない。なぜだか、冷ややかな視線を向けてくる。
「……いや、それはあなたが殺してません?」
「しませんよ!? 人殺しなんてしたくありませんから!」
「本当ですか?」なんて鋭い声のシロコさんに、僕は精一杯反論した。
人なんて殺さない。僕は殺されたくないんだ、だから、そんなリスクしかないような事は絶対にしない。死体漁りはするんだけど。
そんな事を言っていたら、シロコさんは溜息をついた。
「はあ……そんなんだったら油まみれの手で本を触らないでください。この部屋にある本が全て汚いですし」
「何か問題でもあるんですか?」
「教育の必要がありますね」
「意味がわかりませんよ!?」
僕の漫画を一冊手に持ち、埃を払いながら、シロコさんは睨んでくる。
こんな会話をしている内に、時計を覗く。服とか下着とか、散らかっているものを退けてデジタル式の時計を見ると、「06:35」を示していた。
それにしては、眠気があまりない。良い夢を見ていた直後にはまだ残っていたであろう眠気も吹き飛んでいて、ほんの少し驚いている。
「昨日、シロコさんに無理矢理二十三時に寝かされたんでしたっけ。まあ、おかげさまで眠くないんですけど」
「さっきまで寝たいとか言っていた人とは思えませんね。本の使い方も、直せそうです」
「酷くないですか? 僕は好き勝手やりたいのに」
「やり過ぎも毒なんです。大体、人の事を思いやるのなら当たり前ですよ」
「別に、その人が本当にそう考えているかだなんてわからないと思うんですけど」
「私は考えています。そして、同じように考える人がいるから、やらないんです」
呆れて、叱るように言うシロコさん。確かに、一理あるかもしれない。
今度からは、自分の本にだけ、油にまみれた手で触ろうっと。
「私が今日から一か月間は住むので、本を触るときは必ず手を洗って、ハンカチなどで拭いてから、です」
「めんどくさぁ!?」
「強制ですからね?」
やっぱり、前言撤回する。細かい事を気にしている人なんて少数のはずだから、無視だ無視。
しかし、それは許してもらえない様子だ。
「く、そんな細かい事を人に押し付けないでください」
「はぁぁぁぁ……」
「あいたっ!?」
頬に、ほのかな痛みが伝わってきた。
◇◇◇◇◇
いつも通り登校して、長ったるい廊下を歩いて、教室で授業を受けた。授業中は全く眠くなかったから、仕方なく真面目に授業を受けていると、風邪を疑われた。
そうやって、今日は午前授業だけだったから、クラスメイトのコウと別れて、昼に生徒会室に出向く。
途中で、アミ先輩と会う。
「あら、リク」
「アミ先輩。またショタ漁りをしてたんですか?」
「まさか。規範を守らない背の低い男の子を注意しただけよ」
すんごい上機嫌で、スキップしそうな程に軽やかなステップを踏んでいるアミ先輩。これは、また発散してきたんだろう。
「いつか訴えられません?」
「お金は何でも解決してくれるのよ?」
「生々しい話題はやめてください」
当然のように言ってくるアミ先輩に、思わずツッコむ。
これだからお金持ちは困る。実家が太いだけじゃなくて、高校二年生にして自身も資産ウンヨウできるくらいのお金持ちなアミ先輩は、既に何件かの事件で警察を買収して、事件をなかった事にしている。
「はあ、それじゃあ、本命から嫌われますよ?」
「は? あなたに本命を話した覚えはないんだけど」
「バレバレです。コウですよね?」
「なっ……?」
ステップが止まって、黒い頬が赤く染まり、アミ先輩が思わず両手で顔を覆い隠す。やっぱり、予想的中だ。
「な、なんでわかったの……?」
人差し指と中指の間から目を覗かせて、アミ先輩が訊いてくる。
ここで理由を教えてあげても良いのだが、これは弱みに使えるかも。なら、茶化すだけで良いはずだ。
「どうしてだと思いますぅ?」
ありったけの煽り顔をして、アミ先輩を見た。
プルプルと震えていて、面白い。普段は暴力を振りかざしてくるくせに、こういう時は照れて反撃できなくなる。だから、好きな人だってわかりやすい。
「お、教えなさい! いくらでも払うから!」
「百万です。振り込んでおいてくださいね」
「チョロすぎるでしょ。もっと要求してきなさいよ」
「わかっていませんねぇ、アミ先輩は」
百万に対して少し疑問を抱いた先輩に、少し煽りながら続ける。
「百万は、引き返せるギリギリの額なんですよ。それ以上いったら、引き返せませんから」
「何を言っているのよ」
「まあ、理解する必要はないですよ。裏世界の事情なんで」
「アミ先輩は絶対に行かない所の法則です」なんてカッコつけた事を言いながら、笑う。
黒い髪に手を当てながら、何もわからなさそうに首を傾げるアミ先輩。特に何か考える事でもないけど、僕の生きている裏世界では確実に、最初に殺されておジャンだろう。絶対に行かないだろうけど、賢いし。
「訳がわからないんだけど」
「まあまあ、お母さんがよく言っていた事なので」
「え、あなたって孤児院出身よね?」
「その前はお母さんと一緒でしたよ。まあ、いなくなったんですけど」
「……」
何も言われず、真顔で見つめられて、少し怖い。
言葉を探しているような、考え事をしている顔だ。アミ先輩のそれは、あんまり見たくない。
「そんな事は置いといて、約束は守りますよ」
あまりにも長く考えそうだったから、さっさと話を済ませる事にした。
「アミ先輩、コウだけは襲っていないらしいですね?」
「……それが?」
「なんとなく、嫌われたくないんじゃないかって、そう思ったんですよ」
「……あんた、人の気持ちがわからないくせに、どうしてそういう事は鋭いのよ」
「うーん……そういう好意とか殺意には敏感ですからね。小さい頃から鍛えさせられてますから」
「何を言っているの?」
しっかりと丁寧に教えたはずなのに、訊き返されてしまった。酷い。
だけど、説明を理解できないのも、わかってしまう。経験していない事は、理解できるはずもない。
「うーん……」
「って、そろそろ時間ね。急ぎましょう、生徒会の集合時間に遅れるわ」
「はーい」
少し焦りながらも、アミ先輩の後をついて行った。
◇◇◇◇◇
「今回の議題は、明日の全校集会で話す内容についてと、夏休み中にある仕事についてだ」
カイキ先輩が切り出した話題に戦慄する。
「え、夏休み中って何もないんじゃないんですか!?」
「序盤と終盤だけだ。中盤には何もない」
「そんなぁ……」
冷酷な宣告に、震える。
こんなに大変な生徒会の仕事が夏休み中にあるだなんて、この世の中はおしまいだ。
「リクくんには、たぁっっっっぷりと働いてもらわないと、ですね」
「そうね、恨みもあるし」
「ひっっっっっっっっど」
「お前たち、一旦落ち着け」
スズ先輩とアミ先輩のこの世の終わりみたいな笑顔に対して睨み返す。
カイキ先輩が仲介してくれたので、とりあえず話し合いの構えをした。
夏の暑い日、生徒会室はクーラーが効いていて寒い。さっさと外に出たいし、これに違和感を持っていない先輩たちは異常で、おかしい。
「それにしても寒いわね。エアコン効きすぎでしょ」
全然おかしくなかった。
アミ先輩が、エアコンのコントローラを取って、温度を上げる。
「明日は、何を話す予定で?」
「生徒会の活動内容について少しな。五分程度で終わる」
「僕が立つ必要あります?」
「あんたが話すんでしょ」
「え」
リモコンを置きながら、アミ先輩は真顔で言ってきた。
「そうだな。去年だと、夏休み最終はアミ、夏休み明けはスズが話していたな」
「それだと、僕が明日と夏休み明けに話す事になるって事になりそうなんですけど」
「安心しろ。夏休み明けは私も一緒だ」
「嫌です! いくらカイキ先輩が一緒に立ってくれるからって、覚えるのがめんどくさいんですよ!」
なんとしてでも阻止したい、そういう思いで、僕は言葉を発していく。
嫌だ、絶対に。人前に立つのは良しとしても、言葉を覚えないといけないのがめんどくさい。僕はお金を稼ぐためにいろいろ考えないといけないのに。
大体、今日はシロコさんからとっても分厚い本を読まされる予定だし、猶更やりたくない。
「メモでも開いて棒読みしておけばすぐに終わりますよ」
「スズ先輩と一緒にしないでください。僕は文字が読めないんです」
「ふふふ」
「やりますね」
「即落ち二コマじゃないの」
恐ろしい笑顔、まるで殺人犯のように笑うスズ先輩。
逆らえないというか、逆らいたくないというか、とにかく、言い返すのはやめる。でないと、明日は黒い虫に群がられている気がする。
「だって! スズ先輩が怖くて!」
「へえ?」
「怖いのは、同意せざるを得ないけど……」
「酷いですね」
そんな愉快犯の笑みを崩さず、心なしか睨まれているが無視だ無視。虫に這われてたまるか、こちとら必死に生きてるんだ。
だけど、めんどくさい事が一つ増えてしまったのは事実。前に出されて文を読まされるというのは、学園内にいるアリの巣を全て数えるって感じで、超めんどくさい。準備するのも、実際に行うのもだるいし、もちろんやりたくない。
「スズって、たまにどうしようもなく怖い事あるわよね。うーん、スズメバチの巣に出くわしたみたいに」
「はぁ」
「いや、ごめん。だからそんな目で私を見ないで、怖いから」
「話す内容は事前に決めてある。だから、ただこれを見て話せば良い」
「はーい」
できるだけスズ先輩の方を見ないようにして、カイキ先輩の言った事に渋々頷いた。
「それで、話す内容の紙、渡しておくから、気分が向いたら読んどいて」
「気分なんて向きませーん」
「では、今ここで練習しましょうか」
スズ先輩のとっても冷たい言葉に、逆らう事ができなかった。




