天敵少女
この小説モドキ、普通に下ネタが飛び出してきますので、もし読まれるのなら、覚悟をしておいてください。
「……ふぅ」
震えた手で空のカップを持ちながら、ミロクは息を吐いた。
日が傾き始めた頃合い、一つのテーブルを介してミロクとゆっくりコーヒーを飲んでいた優雅な時間、そこにグリズリーを投じられたとでも言わんばかりの連絡がきた。
内容としては、アカント女子学園の正門から三十分程歩いた所にある下町、平民たちの言う繁華街で、原因不明の災害が発生したという事だ。既に多数の死傷者が出ていて、街が崩壊していっているらしい。また、リンが意識不明の重体に陥っているらしく、病院に運ばれたようだ。
「……なるほど」
情報を軽く整理していると、頭の中に詳細情報が湧いてきた。
エクシオ出身の平民がリンと戦い、圧勝。その後、監視という名の護衛をしていたミロクの部下が交戦。そして、戦闘の余波によって下町に被害が出ている、という事だ。
「どうやら、君の部下とエクシオ出身の平民が戦闘しているらしい」
「……本当ですか?」
「あぁ、直接情報が入ってきた。エクシオ出身の平民はシャチマキカズラの知り合いという事も」
「……寝ますね」
「ダメだ。君の親も私の親もここの近くにいない。だから私達に連絡が来たのだろう?」
「……」
カップを置いて、ミロクはゆっくりと立ち上がる。その表情は、ライオンの群れに放り出されたマウスのように蒼白だ。私も立ち上がる。
ふらふらとしているミロクは珍しくて、普段はあまり見せないような弱みだ。
「リンの心配は後だ。今は早く駆け付けよう」
「わかっています」
心にタイガーを宿して、準備に取り掛かった。
◇◇◇◇◇
「……エクシオとの戦争は避けたいですが、この方がミスター・リンを殺し……意識を失くそうとしたのですよね?」
「そうだね」
「では、極刑で良いでしょう。平民ですし」
「おい、これくらいの拘束なんて今すぐ破れるんだからな?」
わかりやすく怒気を含めながらミロクが言うと、エクシオの平民は反発した。
学園の一室で、私とミロク、サキ、そして平民の四人だけがいる。護衛は外で待機させていて、密会状態だ。
謎の災害、実際は戦闘の余波によって起こった事件、それを止めるために軍と風紀委員を動員した。正確に言えば風紀委員は独自に活動していただけだが、繁華街の避難誘導や安全維持を率先してやってくれていたので、協力した。
そして、頑張って戦闘を止めた後、この事件によって発生した被害の全容を確認し、簡単な後処理を行った。後日親に来てもらって事後処理を引き継いでもらう予定だが、それまでは私とミロクで処理しなければならない。
「落ち着いて。ミスター・カズラがこの平民の所在を知っている以上、下手に動けないだろう?」
「そうですが……!」
「はん、お前らがあたしを殺せるわけねぇだろうが。それともサキだっけか? そいつとここで再戦しても良いんだぜ?」
「……まあ、仕方ないですね。サキにこれ以上の負担はかけられないですし」
「ありがたきお言葉ですが、私は命を張って――」
「黙りなさい。あなたは私の意識が消えるまで仕えてもらう予定ですので」
ミロクは、胸を押さえて言った。それに、部下は黙る。
意外とリンみたいな所があるミロクだが、イノカミサキに対してはその限りではないようだ。利用しているのではなく、相当思い入れがあるらしい。
「それは置いといて、この平民の処遇についてだが」
「……サキとミスター・リン以外の死傷者については黙認しましょう。幸い、戦闘の余波とは思われていないようですし」
「イノカミサキも加担しているとなると、バレるのは好ましくない。原因不明の災害で押し通そうか」
「幸い、戦闘である事を知っているのは私、ミスター・シオン、その他軍の関係者のみですから、口止めも行っておりますし」
「状況を証明できなければ陰謀でしかないから、大丈夫であると信じようか……」
「この平民の身柄は、州境付近でミスター・カズラに引き渡しましょう」
「おい待て、何をするつもりだ」
平民の処遇を決めていたら、抗議するように本人が言った。
「どうかしましたか?」
「罰なら受けるから、カズラを呼ぶのは止めろ」
「おや、平民とはいえたくさんの死傷者を生み出したあなたに抗議する権利があるとでも?」
「くっ……」
目を細めて、口を歪めた笑み浮かべてミロクが言う。
もしこの件が漏れてしまったのなら、きっと反エクシオ運動が盛んになる。また、サキを部下にしているミロクの立場は危うくなるだろう。だから、原因を隠蔽する事にした。
間接的とはいえ人の生を奪ってしまった者に何のお咎めがないのは、あまりにも犠牲者が報われないだろうが。
「マスター、私はどんな罰でも受けます。どうか償いの機会を」
「……あなたの罪は全て私の罪です。それでも償いたいのなら、あそこの復興の協力を私と行いましょうか」
「仰せのままに」
「それで、君は何か?」
「……悪かった。何か償いはする」
「君一人じゃできないだろう? なら、ミスター・カズラに頼るしかないと思うよ?」
「……そうだな」
ミロクとサキの会話を余所に、私は平民を睨む。
大きく責め立てるわけではなく、とは言っても許す訳でもない。ただそれだけだ。
「さてと、そろそろミスター・カズラに連絡をするとしよう」
「え、まだ連絡していなかったのですか?」
「州境で待たせるのも酷だからね」
「まあ、そういう事にしておきましょう」
含みを持った言い方に抗議したいところだが、今はやめておく。この話は後でゆっくりしよう。
スマートフォンを取り出して、ミスター・カズラへ連絡した。
◇◇◇◇◇
「遺言はある?」
「待てって、悪かったから、もうしないから」
「問答無用」
「マジでやめろ!」
おぞましい殺気を放ったカズラがやって来た。両手には既に水晶玉が構えてあり、下手したらレーザービームを食らうかもしれない。
州の境目、ただのだだっ広い草原、車の免許を持っているらしいキゾクとかいう奴に乗せられて、ここまでやって来た。
「あの、ここではやめてもらえると……」
「そうね。殺すのは後で良い」
「ま、まあ、この平民の処置は君に任せるが……」
「頼むから、弁解の余地をくれ」
「はぁ、言い訳なんてどうでも良い。あなたが周りを気にせずに戦ったら被害を出した、のでしょう?」
「そうだが……」
よくわからない偉そうな二人の言葉を素直に聞いたカズラではあるが、あたしへの殺気は消えていない。
もしかしたら、本当に死ぬかもしれない。カズラの事だ、マジで殺られそうだ。いや、あたしが悪いのは確かだけど。
「……それで、アンズ……この子が出した被害について教えてほしいのだけれど、良い?」
「ふむ、後日連絡するって事で良いかい?」
「承った、弁償とかは私宛にお願いね」
カズラがそう言うと、拘束されているあたしを受け取った。
どうやら、被害額とかは受け持ってくれるらしい。これに関しては頭が上がらない。
「あなた宛に、ですか?」
「えぇ、今のシャチマキ家は私が当主だから」
「……了解しました」
違和感が感じた部分があったらしい、紺色の長髪の黒服女が気まずそうにする。
「……発言、よろしいでしょうか」
「何?」
不意に、あたしと実力が匹敵している奴が手を挙げる。
「……その方に喧嘩を売られましたのはマスター・リンです。喧嘩を吹っ掛けたのはこちらからですので、それをご考慮願えますか?」
「……で、あなた視点の話を訊きたいのだけれど」
まるであたしを庇うかのような言葉を聞いて、カズラがこっちを見てくる。「え」という間抜けな声が紺色の髪の女から漏れ出た。
「……マスター・リン、多分ピンク色の長い髪の奴だよな?」
「そうだ」
「正確に言うと、そいつが堂々と人を殺しそうになってた所に割って入った感じだ。そいつをボコボコにした後、こいつが来た」
「……近くにいなかったのかい?」
「申し訳ございません」
誠心誠意な言葉に対して嘘偽りなく情報を付け足しながら、強い奴に指を差す。すると、紫色の髪の女が目を見開いて、あたしの指差した方向を見た。
「ミスター・リン……」
「……理解した」
紺色の髪の女が額に右手を当てて、溜息をつく。カズラは何かを悟ったような声で呟いた。
何か、あたしが知りえない情報があるらしい。あたしだけが除け者扱いは流石に納得がいかないが、訊いても無視されそうなので黙っておく。
カズラを含む、ここにいるあたし以外の奴らが苦虫を食ったような顔をしている。
「まあ、そのときはイラついてたのもあるんだけどな」
「やっぱり殺す」
「なんでだよ!」
「……ふぅ、リンには強く言い聞かせておかないとね」
「生きていれば、ですけどね」
「途中から手加減はしてたぞ。だから、うん……」
最初に戦った相手、リンって奴を朧気に思い出しながら、自信なく言った。
喧嘩するっていう前提でいたからなのかわからないが、あたしは避けられているような感じだった。普通に話しかければ普通に反応されたが、喧嘩する気で話しかけると逃げられるし、ハエの羽音くらいにはうざかった。
クソったれな気分を紛らわすために、殺すつもりはなかったとはいえ、サンドバッグにした。
「……今回は撤収する――次に会える事があれば、楽しみにしてるから」
「君の考えているような事態にはさせない。だから、協力してほしい」
「わかってる、心配しないで」
カズラと紫髪の女が簡単な会話をしてから、あたしはエクシオに帰る事になった。
◇◇◇◇◇
「おや、目覚めていましたか」
「ミロク?」
「私もいるよ」
学園に近い病院の一室に、リンがいた。
騒動が起こった先週から、事後処理に追われていた。そんな中、病院からリンが目覚めたという連絡を受けて、時間を無理矢理作ってきた。
「……」
病室に入ってから、リンはベッドの上で起き上がりながら、窓の外を眺めていた。
声をかけると初めて、こちらに向いた。笑顔を浮かべるとか、悲しそうにしているとか、表情を作っているわけではなく、真顔だ。
「全く、私に余計な心配をさせないでください」
「君が眠っていた間に、私たちは大変な思いをしていたんだ。だから、謝罪か感謝の言葉を所望する」
「……ごめんなさい」
「え?」
冗談交じりに言うと、謝罪が返ってきて、驚いた。
ベッドに近づいて、ミロクの幼馴染の姿形を確認する。間違いない、チトラリンだ。
「……どこか元気がないようだが」
「別に」
「君が素直に謝るなんて、ラングフィッシュが湖の底に出る程の事だ?」
「いちいち例えがわかりにくいなぁ……」
私の崇高な例えに呆れるような反応、間違いなくチトラリン、確定だ。
「……そういえば、一線を越えようとしたらしいですね」
「だって――」
「だって、ではありません。自らの手で平民を手にかけようだなんて、めんどくさい事になるに決まっているでしょう?」
「周りには誰もいなかったよ!」
責め立てるように言うと、リンが少し声を荒げた。
ミロクの顔を真っ直ぐと見据えるリン、見られている方が少しだけたじろいでいる。
「いたのでしょう? その平民に、そんな無様な姿にさせられて」
「っ……」
しかし、ミロクの言葉を聞いて、目を逸らしてきた。
「確かに、無様だね。タイガーがチキンに負けるだなんて、滑稽以外の何物でもない」
「うるさい」
「おや、いつもより覇気がないね。まあ、仕方のない事だ。自身がタイガーであると思い込んでいたのに、実際はチキンであっただなんて、君のプライドが許さないのだろう?」
「……」
「殴ってこないだなんて、相当効いているらしい。平民らしく言うのなら――ざまぁ見ろ――と言ったところかな」
「そこまでです」
いつもより覇気のないチトラリンに対して煽り続ける。と、ミロクに止められた。
「……泣いているのですか?」
「泣いてない」
「……そんなに嫌だったんですか?」
「だから、泣いてないって。見ないで」
どうやらリンは目に涙を浮かべて、いかにも我慢しているといった様子らしい。
プライドが高くて、傲慢なチトラリンは、初めての経験に挫けている。私の煽りがマジ効きするくらいには。
小さい頃から何もかも思い通りに事を運ばせてきた彼女だ、ここまでの醜態を晒しているだなんて恥ずかしいに決まっている。
「もしかしたら、私たちは来ない方が良かったかな? 醜態を晒されるなんて、セックスを見られているみたいだからね」
「口を閉じてください。でないとその口に彼氏のチンチンを突っ込まないとなりません」
「ここはリンの前なのに、そんな事を言っても良いのかな?」
「おやおや、あなたが先に言い出した事でしょう?」
卑猥な言葉を使いながら煽りをいれたら、バカが釣れた。
久しぶりに、紺色の女性から私を非難するような笑顔を作られる。負けじと、私も見下すような視線を向けた。
「……気まずいなぁ」
私達痴女の醜態に、リンが力なく呟いている。
「彼氏ができない君は、永遠にチンチンを拝む事なんてできないよ」
「あなたこそ、永遠にセックスを体験する事はできません」
「ねぇ、貴族の品格を下げるのはやめようよ。わたしも巻き添えになるし」
「なんだと? 君はチンチンとセックスが嫌いなのか?」
「そんな、この世で最も崇高な存在と神聖な儀式が嫌いだなんて、それでも私の幼馴染ですか?」
「味方がいない……」
呆れて何も言えない、そんな表情を浮かべながら、リンはミロクの方を向いた。
まあ、こんな会話を聞かれたら間違いなく貴族の品格を疑われるだろう。現トップ『パレオセネ派』首長の娘であるチトラリンは巻き添えだが、その下の現二大派閥である『ミオセネ派』『ホロセネ派』は間違いなく疑われる。
「まあ、崇高な存在と神聖な儀式はどうでもいい」
話が逸れてしまったのを、軌道修正した。
「ところで、お見舞いの品とかないのー?」
「自販機という物で買った飲みかけの水ならありますが」
「それで良いってどうして思ったの?」
自販機で買った水をミロクが見せると、リンは不満そうに首を傾げる。
忙しくて、何とかして開けた時間だ。お見舞いの品を用意する暇など存在していなかったし、普段は利用しない自動販売機で水を買うくらいには何も準備していない。
「うーむ、忙しい中慌てて時間を作ってきたもので、用意が特にないんだ」
「すみません、次に来るときには必ず用意しますので」
「そっか、楽しみにしてる」
調子を取り戻したらしいチトラリンは、笑顔を作ってそう言った。
作り笑顔というのは、珍しい。彼女が笑顔を浮かべる時は、本当に嬉しいと思っている時だけなはずだ。
「来たばっかりで悪いのだが、今日は様子を見に来ただけだ。忙しい私たちはこれで失礼する」
「一瞬しか来てないけど」
「意味ならありますよ? あなたの安否を直接確認したかったので」
「そっかー」
私達の心配に対して、この傲慢な女は素っ気ない返事をする。
他人の心配を全くしない女は、自分自身の事すらも顧みていない。他人なんてどうでも良い、それは私と、彼女の幼馴染のミロクに対しても思っている事なのだろう。
思わず嘆息をもらしてしまいそうになるが、それを抑えて、リンに背中を向ける。
「次来る時は連絡してね。具体的には、一日前までに」
チトラリンの言葉を聞き、外に出た。
◇◇◇◇◇
「はぁ……」
陰鬱な気分になりながら、目が覚めた。
カズラの屋敷の一室に住んでいるあたしは、布団を使っている。
「……戦闘は楽しかったんだけどな」
激しい攻防、身体を震わさんとする轟音、あたしの身を壊そうとしてくる敵。カズラとの戦闘では味わえないようなものがあった。
しかし、戦闘をする場所はもっと考えるべきだった。犠牲者を出してしまったとなると、ハジメに嫌われてしまうだろう。それは絶対に嫌だ。
「まあ、あれこれ考えても仕方ねぇ。人を殺す事自体は初めてじゃねぇし、前を向くか」
前を向くように、起き上がる。
今回は間接的であったが、昔は直接的に殺しをやっていた。その時は生きるのに必死で、向かってくる敵を躊躇なく殺していた。黒歴史だ。
「うし、そろそろ下に行くか」
布団から起き上がって、着替える。暑い夏だから、服装は白い半袖Tシャツに白い半ズボンだ。
そうして、着替えてから布団を畳む。そのまま放置して、部屋から出る。
「おはよう、アンズちゃん」
「おっす、使用人」
廊下ですれ違ったカズラの使用人に軽い挨拶をして、二階から一階に降りるための階段を降りる。
今は朝の七時半で、カズラから怒られる心配はないはずだ。
という事で、カズラがいるであろう無駄に広い食事室に向かう。無駄に大きい机があって、椅子が二十個くらい並べてあり、大人数で食事をするにはもってこいだ。
「ったく、カズラの奴、当主になったのなら家も変えるべきだろ」
不満を呟きながら、食事室の扉を開けた。
「悪かったね」
「うげ、聞かれた……」
扉の近くにある椅子に座っていたカズラが淡泊に言った。
周りには、身の回りの世話をする使用人が五人程座っている。シャチマキ家の使用人は現在八人しかいないので、椅子は埋まっていない。
細かい事は考えず、カズラの隣の席に座る。
「……」
「お、今日の朝は卵焼きなんだな」
「そうね」
用意された朝ご飯――卵焼き、パン、スープ――おおよそお金持ちとは思えないような飯を食べる。
今はお金がないとか、カズラが倹約家とか、そんな事はない。ただ、こんな物で良いってだけだ。使用人も同じ物を食べている。
一応、素材は良いのを使っているらしいが。
「ん、美味い」
「今日は予定ある?」
「ない」
「なら、今日は稽古」
「あいよ」
食事をしていたら、今日の予定が確定した。
稽古とは言うが、実際はただの戦闘だ。エクシオのだだっ広い草原で、軽く戦う。
「そういえば、あれから連絡は来たのか?」
「来た。ただ、事態が悪い方向に向かわせたくなから、金銭面の補助だけを求められた」
「そうか」
気になる事に対する答えが返ってきて、複雑な思いが湧いてくる。
「謎の超常現象によって街が崩壊した事になってるって、ニュースでもやってた」
「本当に押し通したのかよ。すげぇなあいつら」
「チトラリンでない限り、貴族が関係する事で事件が起きたら信用問題になる。それに、エクシオも関わっているとなると戦争の火種になりかねないし」
「……チトラリンだったら問題にならないのか?」
「そうね、問題にはなると思う」
隣に置いてあった、お茶の入ったコップを持って、カズラは言った。
「――ただ、彼女の場合は例外で、誰も逆らえないの」
「なんでだ?」
「物理的に逆らえない。財力・権力・暴力、全てを持ち合わせているチトラリンには、反逆する事ができない」
「そうなのか?」
コップに口をつけてお茶を飲んだ後、カズラはゆっくりと話し始める。
「チトラリンが起こした問題は、全て都合よく対処される……例外なく、全てが思い通りよ」
「よくわかんねぇな」
瞼を閉じて、何かを考え込むように、カズラは言う。
正直な話、よくわからない。政治の話はあたしとは無縁だし、力がいくらあっても及ばない所はあるはず。
全てを力で解決するなんてできっこない。ジャガーでさえサスライアリの軍勢にはからは逃げるのに、一人の人間が多数の人間を相手にできるとは――
「……いや、カズラ以外のエクシオの奴らが襲ってきても、勝てるな」
「暴力だけじゃなくて、財力と権力も忘れないで」
「なるほど……」
意外と現実的かもしれないと、朧気に考えた。
「……いや、あたしくらいの実力者がいるのにそれは無理か」
「何? 負けたの?」
「負けてねぇわ」
カズラの事実無根な予測を制して、チトラリンについて考える。
おそらく、そいつはただのお嬢様だ。戦った経験くらいならあるかもしれないが、普段は守られる側にいるはず。事実、あたしのスピードを追えていなかったし、戦闘経験はそんなにないはずだ。
実はスラムにいました、なんてシンデレラストーリーを考えれば一考の余地があるが、その様子はない。人を殺そうとしていたが、立ち振る舞いにはフォーマルの場にいるカズラみたいな雰囲気を醸し出していたし、温室育ちなのは間違いない。
「……チトラリンって奴、あいつは碌な戦闘経験がないだろうな。あったとしても、相手を蹂躙した経験だけ」
「それがどうかしたの?」
「いや、何か勿体ないなって。あたしと対峙したとき、確かにあいつからは威圧感って奴があったんだよ、ボコボコにしたけど」
「お嬢様なのに期待したあなたの方が勿体ない」
「うるせぇ」
独り言みたいに呟いて、食事に戻る。
せっかく力があるのに、それを活かせないなんて、宝の持ち腐れって奴だ。ダチョウが中途半端に知性を持ったくらいには勿体ない。
最低でも二年、しっかりと鍛えれば強くなれるはず。あたしとかカズラのレベルになるのはもっと年数が必要だと思うが、二年の戦闘経験があれば善戦くらいはできるようになるはずだ。
「せっかくだし、もう一回くらいあいつに喧嘩売りに行くか」
「外交問題まっしぐらよ」
「あっちから喧嘩を売ってきたら、責任を相手に押し付けられるだろ?」
「ダメ、チトラリンは特に反エクシオ思想が強いって言われてるのに」
「そうかよ。仕方ねぇな」
思いつきをそのまま言ってみたものの、カズラに却下されてしまった。
そうやって会話をしながら食事をしていると、すぐに終わる。量も多数あるわけじゃないし、こんなもんだ。
「ごちそうさま」
「ごっそうさん」
「それじゃあ、早速外に行くよ」
「はいよ」
カズラの一言に、返事をしながら席を立つ。
使用人に挨拶しながら、食事室を出た。そして、玄関に直行して外に出る。
向かう場所としては、いつもの平原だ。虫しかいないような場所で、見通しが良い。戦闘をする目的じゃなくても、心地よい気分になれるから、エクシオにいる時はここに来る事が多い。
「よーし、気分を晴らすか」
気合いを入れるために、強い意志を込めて呟いた。
◇◇◇◇◇
「……」
深夜の病院、眠れない中で、平民に負けた時の事を思い返していた。
記憶の中で、あの赤い髪の平民が、エクシオにある中学校の校章をつけている制服を持っている事を思い出した。
「……わたし、負けたんだ。エクシオにある中学の生徒に、しかも平民に」
『ただし、あたしに勝ったら……だがなぁ!?』
生意気にもそう言ってきた平民の表情は、とっても楽しそうだった気がする。
まるで、今まで貯めてきた鬱憤を晴らすかのように、わたしを笑顔で睨んでいた。期待するように、他とは見る目が違うように、狙いを定めたイーグルのように。
「……悔しいなぁ、格下のはずな相手に手も足も出ないなんて。それに、イノカミサキも……見えなかったな」
凄まじい速さで戦い、意識を失いかけていた頃には既に近くにいなかった二人の事を思い出す。
平民のはずなのに、素晴らしいパフォーマンスだった。わたしでは到底真似できないような、ただ蹂躙するだけじゃない、相手を倒す意志を提示させられた。
「……何やってるんだろ、わたし」
『チッ、期待外れだな』
必死に抗おうとして、それを無碍にされたような言葉が頭に過って、怒りが湧いてくる。
「……報復しよっと。わたしに恥をかかせたんだし、不意打ちならいける気がする」
このまま負けていられない、エクシオの平民に報復したい。こんなに惨めな気持ちになったのは、全部あの中学生のせいだ。
動き出してしまうと見えなくなるのなら、動かないようにすれば良い。大きな物を直接ぶつけてしまえば、大怪我をするはず。
「絶対に許さない、わたしが一番強いって、証明しなくっちゃ」
この事は絶対に誰にもバレてはいけない、特にミロクとシオン。どうせ、エクシオという単語を出さずに有耶無耶にしようって魂胆だろうけど、しっかりと目撃してますよーっと。
そりゃ、ミロクもシオンも戦争はしたくないって言ってるし、エクシオの平民には暴力くらいしか通用しないから、今回は大事にはしない予定だけど。
「……バレないように抜け出せば良いよね」
来るっていう連絡は貰っていない。だから、安心して行ける。
無音の部屋、そこから脱出するには、やっぱり窓の外からだろう。丁度三階だし、飛び降りる事が可能だ。辺りが真っ黒で、誰もがわたしの事を認識できない、それ程までには暗い。
万が一誰かにバレたとしても、わたしの力で口封じをすれば解決するから、行動あるのみ。
「……そぉっと窓を開けて、っと」
ヒューっという音を聞きながら、わたしは窓から飛び降りる。獲物である虫に忍び寄るオウルみたいに、隠密行動を心がけていく。
周りには誰もいない。大きい病院だから、中庭がある。そこには生物の陰が一つなくて、まるでドライバーアントが通った森みたいな静寂が存在していて、不気味な気分だ。
今なら、きっと誰にもバレない。
「……病院から脱出したら、全速力でエクシオに走ろう。変装は、しなくても良いや」
黒い病院服を着ているわたしだけど、エクシオでは問題ないはず。
わたしが住むべき世界の裏側、そこを歩く。ただ歩くだけ、点灯していない灯り、耳に入ってこないシケイダの歌、冷たい風の感触、異常で不思議な異世界、心の底から湧いてくる異様な好奇心、ここにわたしは存在してはいけないと、強く訴えかけられている。
そんなのはどうでも良い、今重要なのは、あの生意気なエクシオの平民をぶん殴って、謝罪させる事だ。
「ふぅ、楽勝だね。もう正門まで着いちゃった」
いろいろ考えている内に、出入り口まで来た。もちろん正門は閉まっているが、飛び越えれば問題ない。
やっぱり、わたしは最強だ。わたしこそが最も尊い存在で、全てはわたしのためにある。
「少し離れてから、全力で走ろうっと」
そうやって、わたしは病院からちょっと離れてから、全速力でエクシオに向かった。
◇◇◇◇◇
「……あの平民って、どこにいるんだろう」
広大無辺な平原、暗闇に包まれるエクシオ、わたしは今どこにいるのだろう。
こんなはずではなかった。確かに何も考えずに突っ走って来たけど、迷うとは思わないじゃん。おかしい、誰かの陰謀を感じる。
「迷った……終わった……」
果たして無事に家に帰れるのか、この広大なテロム超大陸で迷うという事は、最悪な事態を意味する。
世界は広い。太古の昔は大陸が分かれていたらしいけど、今は島が数個あるだけで繋がっている。なんでこんな所にいるんだろ。
「えーと……」
周りを見渡しても、つまらない景色が続く。
別世界、悍ましいカルト宗教がそこら中に蔓延していそうな空間、息をするのが苦しくなるほど真っ暗で視界を奪われる戦慄、何もかもがわたしに牙を向いてくる。今すぐ逃げ出したいのに、ライオンの群れに追い詰められたゼブラみたいに、死が脳裏にチラつく。
「おっと、誰かいるのか?」
「え?」
不意に、マイペースな、この世界に似つかわしくない声が響く。
「……っと、お前はあの時の奴か」
「……」
その姿を視認した瞬間、わたしは空に右手を突き上げて、隕石を落とす。
凄まじい轟音、それと同時に起こる衝撃波を想像する。世界を揺るがし、終焉へと導く程の大きさで、その規模の隕石をリニアくらいの速度で落とせば、いくら強くても耐えられないはず。
「なんだ、急に隕石が降ってきたな」
「え?」
落としたはずの隕石、しかしいくら待てども落下してこない。
いや、少しの衝撃波くらいなら伝わってきた。大きかったはずの隕石が粉々になって少しずつ落ちてきた感じ。
「危ない危ない、あれが落ちてきたら世界は終わってたな」
「……斬ったの?」
「お前が落としたのか? 危ない奴だな」
衝撃的、だけど納得できてしまう答えに、わたしは燃え上がる。
暗闇の世界が、はっきりと姿を現してきそうだ。何も見えてこないけど、姿が見える相手だけは睨みつける。
「チッ、やっぱり強いね」
「そうだな。というか、お前はなんでここにいるんだ?」
「どうしてだと思う?」
「あたしへのリベンジだったりするのか? それにしては意味不明な場所にいるが」
「うっざ、生体反応を止めてあげる」
「面白そうだな、やっぱり勝負っていうのはこうじゃないとなぁ!?」
相手が昂った瞬間、わたしは距離を開ける。
多分、最高速はわたしの方が速いはず。異常な初速に、モンキーみたいな俊敏さ、それが体感的な速さを並外れた物にしていたのだと思う。だから、それを利用される前に距離を開けて、遠くからチマチマと物を落とした方が勝てそう。
「おいおい、逃げんなよ」
「……」
やっぱり、一度スピードに乗れてしまえば、わたしの方が速いらしい。
あんまり小回りは効かないけど、どうにかして――
「このまま走れば追いつけないって、油断したな?」
「くっ……!?」
いつの間にか目の前にいた赤髪の――少女という表現が似合う女の子は、わたしに蹴りを放ってきた。それはものの見事にわたしの横腹に命中し、大きく横に吹っ飛ばされそうになる。
ここで踏ん張る事はできたけど、大きく吹っ飛ばされる。その方が、相手と距離を開けられると判断した。
「……」
いくら相手がすばしっこくても、進路に物を落とし続ければ流石に止まらざるを得ないはずだ。ここら一体には強力な一撃を与えられる事ができそうな物があまりないから、先程と同じく宇宙から隕石を落としていく。
「無駄だぁ!」
落とした隕石は、全て斬られた。
吹っ飛ばされた状態のまま、わたしは追いつかれる。このままでは攻撃に――
「オラァ!」
「ぐはぁ!?」
また、相手はわたしに蹴りを放ってきた。そして、強烈な吐き気が襲ってくる。
先程から、相手は持っているレーザーソードを使ってこない。わたしの見下しているのか、それとも何か作戦があるのか、今は区別がついていない。
とにかく、態勢を立て直そう。一度地面に着地して、反撃しないと。
「……」
上手い事地面に両足を付ける。
「もう一発!」
「……ぐふぅ」
もはや、手に持っているソードは飾りなのかと疑うくらい、相手は蹴りに執着している。またまた横っ腹に蹴りを入れられた。
ただし、今回は吹っ飛ばされず、逆に足を掴んでやった。
「へぇ?」
「……やっと、反撃のチャンスが回ってきたよ」
掴んだ相手を、わたしは思いっきり地面に叩きつける。その際、相手を五回くらい振り回してから、勢いをつける。
手ごたえはあった。ドンというハンマーで地面を叩いた時の音が響いて、ダメージを期待した。
「中々やるじゃねぇか」
「……結構自信あったんだけどなぁ……」
叩きつけた後、相手がわたしの腕をレーザーソードで斬りつける。切断こそされないけど、焼き切れるような痛さを感じて、思わず相手を解放してしまった。
「いった」
「もっと根性見せてくれよぉ!」
「……」
そこから、わたしはまたボコボコにされた。相手の間合いに入った結果、スパイダーのネットに引っかかってしまったみたいに抜け出せない。何とかもがこうと必死に走ろうとしても、相手は許してくれない。
ダメだ、勝てない。どうにかしてプライドを保つために、報復に来た。それなのに、また負ける。
「う、うぅ……」
「……今回は、少しは楽しめたぜ?」
耐えきれず、わたしはうつ伏せになって倒れる。相手は、不敵な笑みを浮かべて、わたしを見下している。
「……」
「ただ、お前には戦闘経験があんまりないらしい。小さい頃から英才教育を受けてきたあたしにとって、お前は地上に出たモグラだ」
「……うるさい」
「はん、負けたくせに口答えする気か?」
「うるさいって、言ってるじゃん!」
「おっと、隕石を落とそうったって、そうはいかないぜ? お前、空に手を挙げないと隕石どころか、物を落とせないだろ?」
「あがっ……!」
右腕を思いっきり踏まれた。タイガーに、グリズリーに、キラーウェールに噛まれたと錯覚する程、踏まれた部位に痛みが襲ってくる。
痛い、痛い、痛い、やめて。
「良いか? お前は確かに強い。おそらくあたしくらいにはな。だが、戦闘経験とかセンスがねぇ」
「いたっ、いたっ、痛い……」
「地中では無敵なモグラだが、地上に引きずり出された瞬間にザコになる。お前の周りにはお嬢様しかいなかっただろうからな、必死で戦う相手がいないままここまで来たんだろうな」
「やめてっ……!」
「こればっかりは生まれた環境が悪かったとしか言いようがねぇ――いや、良かったのかもしれねぇな――だが、あたしと戦おうってんなら、話は別だ」
「うがぁぁああぁぁ!!!」
痛くて、痛くて、意識が飛んでしまいそう。相手に言い返したいのに、それができない。
相手の踏む力がどんどん強くなっている気がする。
「……ダメだな、こりゃ。腹とか頭とかを踏まれてんなら考慮するが、右腕を踏まれた程度でこれじゃ、まるで話にならねぇ」
「痛い、痛い、痛い……!」
「……はあ、トドメを刺すか。つっても、殺しはしねぇ」
溜息をついて、相手は言った。
「……あたしは、スミアンズってんだ。執着とか、プライドとか、そういうのが強い奴程、面白れぇ……だから、もう一回リベンジに来な」
「シャチマキカズラの家を調べてから来い。夏休みはそこにいるから」、スミアンズって名乗った平民は、そうやって不敵な笑みを浮かべた。
その後、わたしは気を失った。
下ネタが出る回はしっかりと警告します。




